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SS:影法師




この街は安全である。深夜に出歩いても物騒なことは無い。軍団が街を警護しているためだ。傭兵などではなく、王国の軍だ。国王が厚い信頼をおいて任せる、軍団長がいる。若いが指揮力が高く、堅実で誠実。腕も立つらしい。市民からも慕われているのだが、妙な噂が流れている・・・。『軍団長が流れ者を厳し目に取り締まるのは・・・。

深夜、繁華街のはずれにあるバー。
盛んな城下町といえど、この時間まで空いているのはここぐらいのもの。
その店から、大勢の客が出てくる。大半は若い女性だが、老人や子供、更に、この時間は、巡回しているはずの兵も混ざっている。出てくる人達のリアクションも様々だ。大声で歌う者、背中を摩られながら口に手を当てる者、そして、急いで仕事場に戻る者・・・。
店は大きくは無い。入れば左手に7席のカウンター、右手には4人がけのテーブル席が2つ、その奥、部屋の隅に予備の椅子が2つ。天井中央の少し大きめのランプにもう灯りは無い。間接照明である4つのランプのうち2つ、つまりはテーブルに乗っているランプも、今消えた。
カウンター席には初老の紳士が一人。ランプを消した従業員の娘が、カウンターに座る。
「疲れた・・・」
頬杖を崩しながら、娘がダランとうなだれる。ズボン姿の、見るからに男勝りな格好。首筋までしかない髪を束ねたポニーテールが、今は力無い。紳士が口を開く。
「『お嬢隊』の方々にも、困った人が多いですね」
とても静かな言葉だ。先程まで大騒ぎがあったとは思えない。
その、大騒ぎをしていた『お嬢隊』というのは、元々はある一人の人物を守るために発足した、ファン集団の様なものだが、最近ではその祭り上げられた一人の人物に倣って、街の警護の手伝いをしたりしているボランティア軍団。そして、時折こうやって祭り上げた人物の働く店に、出現するのである。多少の迷惑は街の者も目をつぶるのだが、ただ一人、祭り上げられた者は目をつぶりきれないようだ。
「アーパさん見てるだけなんだもん・・・」
愚痴られた店主が返す。
「ん?こっちは助かってるんだがな・・・」
ヨレヨレで、いたるところに染みが付いたシャツ。無精髭の強面には、うっすらと微笑み。手には湯気の上がる皿。その大きな手で娘の前に置く。
「アリガト・・・。毎日来るようになったね、あの兵隊さん・・・仕事しろっての・・・」
店主アーパが、椅子代わりの古樽に座りながら言う。
「そう言やあいいじゃねえか」
紳士が、目の前の水割りを持ち上げながら、続ける。
「彼は有頂天になるでしょうね。『話しかけてもらえた・・・結婚してください』の決まり文句で・・・」
娘はスプーンを手に取り、心底鬱陶しそうに呟く。
「はぁー・・・男って馬鹿ばっか・・・」
心地よい時間が流れる・・・
ドアが開き、客が一人入る。
頭までマントのような布で覆っており、顔も見えない。はたから見れば少し怪しい。よく警備兵に止められなかったものだ・・・。だが、この場にいる三人は彼を知っている。街にいる時はいつものこと・・・。
娘のポニーテールが、少し活気付いたように見える。顔は笑っているようにも・・・。だが、恋人を待っていた乙女のものではない。おもちゃを与えられた様な、子供の顔になるのを、アーパはしっかり見ていた。
「馬鹿の筆頭が来たよ・・・」
先手・娘。
「何か言ったかい?アサヒナちゃん?」
後手が、影から覗く口から放たれる。
(『ちゃん』は止めろって言ってるでしょ・・・)
軽いジャブの応酬。最早挨拶代わりだ。
彼が布を折りたたみながらカウンターに座る。紳士の横だ。20を過ぎたかどうかの青年である。だが纏っ
ている雰囲気は30代のそれ・・・。彼の右足の右にあるのもが、カチャカチャと音を立てる。
彼は気軽に口を開く。
「隊長、ウイスキーくれや」
だが店主に向けて言ったのは、マスターでも、店長でも、名前でもなく、『隊長』。
アサヒナ『ちゃん』が反応する。
「だから隊長じゃないって・・・マスター・・・」
第一ラウンドのゴングが鳴る。彼の反撃。
「っせーな・・・何て呼ぼうが分かりゃいいだろが・・・」
レフェリー『隊長』がブレイクを告げる。
「ロックでいいな」
古樽から腰を上げ、後ろの棚からグラスを出す。
「不機嫌ですね、何かありましたか?」
紳士が言葉を掛ける。どちらの味方か・・・。
「ん?・・・ああー・・・、まぁな」
「失敗したのですね?」
舌打ちが店内に響く。紳士はアサヒナと組んだようだ。
「珍しいですね」
予想外の口撃に、彼は怯む。
「んー・・・」
アサヒナが容赦無い追撃。
「ザマぁないね」
娘への返事代わりに、再度響く舌打ち。軍配、アサヒナと紳士。
店主が彼に、琥珀入りのグラスを出す。続いて灰皿も。
彼は香りを楽しみ、少し飲む。煙草とマッチを取り出しながら、横の紳士に大きめのジェスチャーと声で話し出す。
「ていうか聞いてくれよ!」
「言い訳ですか?」
「言いワ!?、んむぅぅ・・・。ロコじぃ・・・アンタ巧くなったなぁ・・・」
「『お嬢隊』のお陰ですかね?」
ロコじぃはどちらの味方でも無かった様だ。アサヒナの深い溜息が聞こえる。
「まぁいいから聞いてくれって」
ロコじぃが返事代わりに微笑む。
アーパが腰を下ろす。

 彼は森を歩いていた。普通の者ならば寄りつきもしない森である。そこで彼は狩りをする。魔物に恨みがあるわけでも、修行などでもなく、生活のため。
ここに入る者は少ない。狩りをする者など、更に少ない。狩る者が少ないということは、獲れる量も少ない。
獲れる量が少ないということは、それだけで価値がつく。
ここで獲れる気味の悪い魔物も、王族・貴族御用達のコックにかかれば、美味・珍味として彼らの胃に収まる。
彼は煙草とマッチを取り出し、火を点け、煙を吐き出す。
(森の奴らはこの臭いが嫌いだからな・・・)
そうは言うものの、ただ我慢しきれないというほうが大きいようではあるが。
(そろそろ危ねえトコからは抜けるな)
そんな時、何かが動く音と気配。彼は担いでいた戦利品が入った袋を無造作に放し、右足の右にあるもの・・・エモノを手に取る。
それはとても特殊な剣・・・。神聖な聖剣などという意味ではなく、見た目が・・・。
握る柄の部分はボウガンに近く、事実引き金がついている。だが柄から続くのは剣。両刃ではなく片刃。太めではあるが長くはなく、ほぼ直角三角形。柄と剣は『く』の字で繋がっており、つなぎ目に矢を射出できる仕掛けが2つ。
剣にボウガンを付けたというよりは、ボウガンに刃を付けたように見える。
引き金を半分引けば1本が発射され、完全に引けば2本目も出る。1発で仕留められる様なものではないが、遠間からも手を出せるのは、大きなアドバンテージ。
知り合いに無理と稼いだ金を積みに積んで創らせたものだ。
これに鞘は無い。が、常に片手が潰れているのも不便であるし、不利。腰のベルトにクリップのようなものを付け、ぶら下げるような形になる。そのほかの装備といえば、左胸に太目の両刃ナイフ、その程度である。
彼が袋を手放して、臨戦態勢に入るまでコンマ何秒とかかっていない。そして彼の持っている感覚を総動員して、相手を探ると同時に威圧する。
森が、彼を中心に、凍る!
動けるものはもちろん、植物までもが存在感を自ら消していく。
彼のセンサーに反応があった。
(羽音と、鎖の音?右手だ・・・)
普通であれば相手が去るまで待つか、危険だと判断し逃げるのだが、金属音は初めてだ。
森の危険部分の外の方という事もあり、多少興味が湧いた。袋を持ち上げ、慎重に進む。もちろんエモノは握ったまま。
(確かこの辺は綺麗な池があったが・・・)
自分も何度と無く使った場所である。
少し開けた場所に、綺麗な地下水が湧き上がる池。草花が程よく茂り。水の中には小魚。
そして何より静かな空間。
異様な森の中にあっては、異様な空間ではあるのだが。水分を補給でき、夜であってもここで何かに襲われた記憶は無い。そんなお気に入りの場所を、今日は少し唖然とし、見ていた。

 「セイレーン・・・ですか・・・」
「ああ・・・」
   ・・・・・・・・・・・・   
会話が止まる。
自らが使った皿を、アサヒナが洗う音だけが、少しの間響いた。
「あ、閉店、しといてくれ」
「はぁい」
アーパの問いかけにアサヒナは応じる。水割りを飲み、紳士が言う。
「セイレーンは海の生き物ですよ?」
煙草をもみ消し、彼も言う。
「だろ?でもいたんだよ。セイレーンが。森に。罠に掛かって」
「?・・・罠・・・」
アサヒナがカウンターに戻る。

 確かに・・・森にセイレーンである。しかも・・・罠に掛かった・・・森のセイレーンである。
(セイレーンってヤツか・・・歌声は、心を惑わせるって聞いたな)
セイレーン・・・海に棲み、翼を持つ。通りがかる船を、その美貌と歌で惑わせ、男の精を吸うとされる生き物・・・。
彼女はもがいていた。その理由は片足の枷。
おそらく元は囚人用。だが鎖が足されているようで長く、その先はいつも彼が休んでいる大木の根のほうに向かっている。一度掘り起こし、根に枷をはめた上で土を被せてある。セイレーンに手は無い。掘り起すのは至難であろう。
(見事なもんだ・・・)
彼の思考を停止させたのは、その翼・・・。森にあって一際栄える、虹色・・・。必死にもがく姿ですら、一流の舞の様ですらある。だが・・・
(透き通るっていう形容が負けるほどの白い肌と、その1本だけで富を得られるっていう金の髪・・・じゃ、なかったっけ?)
確かに、彼女のシルエットはセイレーンのそれである。だが噂に聞くセイレーンとは少し違う。まるで漁村生まれの娘のように褐色気味の肌。髪の色はオレンジ・・・と言うよりも茶色に近い。そして、それに気付いたという事は、彼の脳が再回転し始めたという事。
「なんだぁ?この状況ぉ・・・?」
やっと気付いた。森にセイレーン・・・。更に、それが罠に掛かっているという珍事。頭に更なる拍車を掛けるべく、煙を吸おうとしたが・・・
「熱っ!」
予想以上に時を経ていた。最早『本』とは数えられない程に短い。
思わず声を上げてしまった。感じる視線・・・。彼女は彼に気付いたようだ。そのことに彼は気付く。
(逃げたほうが良い・・・か?いや、歌われたらヤバイ!)
焦る彼女の口が開くより先に、彼の手が水平に上がり、逆の手から袋が落ちる。
「歌うな、撃つぞ」
「!・・・」
簡潔に相手を縛る一言。彼の表情は、狩りの時のものになっていた。
(この状況が一種の罠っていう可能性もある・・・油断はできねえ)
再び彼の探りが周囲に走る。他に不審なものは無いかと。不意に彼女の口が開く、反射的にトリガーを引きそうになるが、それは止まる。彼女の言葉によって。
「殺さないで!・・・お願い・・・見逃して・・・くだ・・・さい・・・・」
彼の表情は変わらなかったが、頭の中は疑問符でいっぱいだった。
「・・・あの・・・さ・・・何でここに居んの?ってか何してんの?」
「あの・・・お腹すいてて、食べるもの、探してて、罠にはまって、それで、どうしよどうしよって思ってて・・・」
動揺している彼女の返答は、要領を得ない。
(で、最初の何で居んの?には答えねぇのかよ・・・)
疑問符は増えるばかりだ。
(歌えば、俺を使って罠から抜け出せるし、食いモンも確保できるんじゃあ・・・)
自分が意外と窮地に居る事に、今更ながら気付く。だが、彼女は歌わない。
(まぁ、この状況が罠ってのは無いか。こんなモンで何を釣るのか解らん)
やっと手を下ろし、エモノを収める。
「分かった・・・別に俺が仕掛けたわけじゃねえけど、はずしてやるよ」
彼女に近づき、鎖の埋まる地面を掘り返す。
「え?あ・・・ありがとう・・・でもあれ・・・」
虹色の翼が、鮮やかになったような感覚がする。安心したのか?
「ああ、いいよいいよ。それよか危ねえから動くな」
もうエモノを持っている。仕掛けられて日が浅いのか、簡単に掘れたのだ。彼は枷の付けてある根の部分のみを断ち切った。
「ありがと、本当に・・・何か、お礼がしたいけど・・・」
珠玉の様な、鮮やかさを取り戻した翼を広げ、フワリと浮きあがりながら彼女は言った。
「だからいいって。なんだったら今度、その鎖切ってやるよ」
言いながら煙草に火を点ける。本日2本目。
「ん〜、お願いしよっかな?あ、さっきも言おうと思ったんだけど、あれいいの?」
「んあ?」
振り返れば、戦利品が入っている袋を、数羽の鳥が漁っている。死肉を食べる肉食鳥だ。
急いで駆け寄るが鳥はもう空。その逃げの速いこと・・・。一番大きな肉を、飲み込みながら飛んでいく鳥に照準を合わせるが、もう射程外。
残ったものは売り物にはならない。彼の耳には数羽の羽音と、鎖の擦れる音だけが残った・・・

 「それから急いで森に入って、狩り直してたんだけど・・・」
「狩れなかったと」
彼は不服そうに溜息をつき、反論を始める。
「元々5匹くらい持ってこいって話だったんだよ!」
少し興奮する彼に、ロコじぃが問う。
「それで、持っていったのは?」
少しの間・・・。
「2匹・・・」
「ダメじゃん」
アサヒナが吹き出す。第二ラウンド。
「ぐ・・・期日が迫ってたんだよ・・・うるせぇぞ!・・・隊長!コイツちゃんと躾けとけよ!」
形勢はかなり悪い様だ。笑いこけるアサヒナを指差し訴えるが、隊長ことアーパはニヤけるばかり。
「ふぅむ・・・森にセイレーンですか・・・。作り話としても三流以下ですね」
止めが刺さった。娘が先ほどより大きく吹き出す。アーパも声を上げて笑った。
「嘘じゃねえって!ホントにいたんだっ・・・」
「あたし寝るねー。今度はもっといい嘘考えるんだね。ま、笑い話としてはイイ線いってたよ。」
娘が彼の言葉を遮り、これにて終了!とばかりに言い放って、2階に消えていった。
「クソ・・・元居た村に送り返すぞコノヤロー・・・」
閉められた2階へのドアにむかって愚痴る。
「セイレーンの噂、ありましたよ?」
冗談は終わりとばかりにロコじぃが言葉を紡ぐ。
「あ?」
彼はまだ冗談モードから抜けてはいない。
「ここ最近でしたので、森にいるちぃ坊ちゃんは知らなくて当然ですが・・・」
「そういや俺も聞いたな・・・傭兵崩れの連中が、大声と馬鹿振りまきながら騒いでやがった」
ふぅんと鼻を鳴らす彼こと『ちぃ坊ちゃん』。煙草に火を点ける。
「それがここ何日か・・・パタリと聞かなくなりました。あまりに突飛な話でしたので、気にもとめていませんでしたが・・・」
「ここにチョイチョイ来てた馬鹿共も、見なくなったな・・・」
アーパも珍しくよく喋る。『ちぃ坊ちゃん』は少し考え、思い出したことを口に出した。
「・・・帰る時・・・あ、街にな。・・・池をまた利用していったんだが・・・そこよりも外の方、まぁつまり危険地帯との境界部分にな、死体があった。人のな」
「森流し・・・ですかね?」
「多分な・・・」
森流し・・・死刑よりも重い罰とされている刑。魔の森に囚人を放ち、境界部分には武装兵を巡回させ、森から逃げれば兵に、兵から逃げれば魔の森に・・・。巡回期間は2週間、それを過ぎれば逃げ出せはできるが、2週間生き延びた者は、記録では皆無である。
彼の記憶がフラッシュバックする・・・(ありゃあ地獄だ)。
「・・・だが引導は、人間が渡したようだった。心臓を一突きって感じだ」
「森流しは最近聞きませんね。その者が、罠を張ったのですかね・・・?」
「わかんね・・・無関係じゃあなさそうだがな」
「調べて・・・みますか?」
「・・・っへ。金になんねえ話は御免だぜ。こっちは魔物2匹、足元見られて生活に困ってんのさ」
煙草を深く吸い込み、そして吐き出した。
「私は少し、興味が湧きました。ちぃ坊ちゃんもそうでしたら、私のところに御出でください。」
彼は立ち上がり、二人に軽く言葉を掛け去っていく。金は・・・またツケだ。
「また来る」
「お待ちしています」
「金持ってきな・・・」

街に影が歩く。体を布で覆っている・・・彼だ。
あれからロコじぃの調べで色んな事が分かった。隊長の店にたむろしていた奴らは、覚えの無い罪で投獄され、釈放してほしけりゃあることをして来いと、言われたそうだ。最近森に現れるというセイレーンを捕らえろと・・・。一応刑だから、武器は取り上げられ、渡されたのは長い鎖の手枷。傭兵崩れも、武器が無けりゃただの人。どうやって捕らえたかは、プリズムから聞いた。・・・ここか・・・。
「何だ、貴様」

「へー。プリズムって言うのか、アンタ」
知り合いから借りた斧で、鎖を断ち切った後、彼女、プリズムは名乗った。
「うん・・・。母さんが付けてくれたんだ・・・。羽しか褒めるトコが無かったんだろうね・・・髪は、こんな色でしょ?肌は、ここに来るまでに焼けちゃったのもあるけど、元からそこまで白くない・・・あたしの歌にも、男を引き寄せる魔力は無かったの・・・あとはこの羽だけ・・・。母さんだって、島じゃ結構綺麗なはずなのに・・・」

どこでも一緒だ。立場も力も無いものは疎外される。母が死ぬと同時に、この島に居場所はないと、一人海を渡ったそうだ。そして流れに流れて着いたのが、この大陸、あの森、あの場所。伝説に聞く『男の精を吸う』という話は嘘ではないらしい。ただ、ご馳走ではあるが、それだけを食べている訳ではない。木の実や魚なども普通に食べるんだと。久しく食べてなかった海の魚。それが、何故ここにあるのかという疑問よりも、空腹と懐かしさの方が勝ったんだろう。無用心にも地に足を降ろし、好物を食べていたら、男が大木の陰から現れ、足に枷をはめて、走り去っていったんだと。男の末路は・・・考えりゃ分かる。これで自由だと思っていたら、巡回兵にザクリ・・・。

「あなたは何て言う名前?」

「俺か?何でか分からんが、シャドウって呼ばれてるな」
「実在しないとされる・・・影の男・・・強いな・・・」
大量の血を脇腹から流し、大柄な男は倒れた。
「オメーが弱えーだけだろ」
事切れる男に目もくれず目的の部屋に着いた。
(楽勝だね)
門番に『旦那さんの趣味のものを』と言えば通してくれる。ロコじぃの情報通りだ。
私室の前には、腕利きの槍使いが居るとのことだが、あの森を生き抜く影には、どうということは無かった。
(しかし、事実を知っているのは、この用心棒だけみてぇだな。門番は怪訝な顔をして、無言で通してくれた。『また団長はこんな奴らと・・・。一体何を・・・?』って、顔に書いてあったね)

この屋敷の主人は、王国軍の軍団長。城下町全体を警護し、事件があれば犯人を捜す。それは嘘ではない。街も平和になっている。普段は堅実で誠実。だがそんな光の強い人間ほど、闇も濃い。軍団長は異形の物を集める癖がある。しかし、今まで培ったイメージを壊したくない・・・。そこで軍団長は思い立った。森流しを受ける罪人に頼んでみよう・・・。交渉は成立したが、巡回兵に伝えておくのを忘れた。
---「男は逃げようと、歩いて森から出てきたので、私が斬りました」---
一瞬しまったと思ったが、その思いは罪人が斬られた現場に行ったとき、消えた。欲しかったものが、意図も容易く手に入った。
(元々罪人だ・・・約束通り逃がしても、あちらが約束どおりに他言しないとは限らない)
そう思い込んだ。そして段々と、罪無き者まで捕らえるようになった。それもバレぬ様、流れ者を選んで。
そして街に、噂が流れ出した・・・『捕らえた者を秘密裏に森流しにするんだと・・・』。

正直悪趣味な部屋だ。そこかしこに気味の悪い物が置いてある。
(売りゃあ総額幾らになるんだ・・・?居るのか居ねえのか・・・ま、用心棒が立ってたってことは居るんだろ。さてどこに・・・。)
目の前にある机を蹴飛ばす。やかましい音に混じって、おびえた声が聞こえた。
(流石は軍団長。気配は分からなかった。)
声は入って右手奥、クローゼットの中から。
(武器を持ってるかもしんねえ・・・)
慎重に開ける・・・男が居た。眼は諦めと覚悟の色に染まっている。
「旦那の趣味の・・・いや、旦那にお似合いのものを持ってきましたぜ」
「お似合いの・・・?」
クローゼットを閉める。影と男に壁ができる。何も持ってはいない、中から何かされることは無いだろう。
「ま、罰ってヤツですわ。やったことはあっても。受けたことは無いでしょ」
「罰、か・・・。いつか、誰かから言われると思っていたよ」
「そーですかい。でも別に命盗ろうってんじゃあ無いんですよ。アンタの仕事は結構いい。お陰で街は平和だ。ただ、あんま気張りすぎないほうがいいんじゃないですか?何か別の趣味見つけなよ?」
団長は黙って聞いていた。この血まみれの執行人が、何をしているのか、気になった。しかしクローゼットは開けない・・・。なんとなく、空けてはならない気がして・・・。全神経が耳に・・・。声と、足音。ボ!っとマッチの音。燃やされるかと思ったが、煙草の臭いがしたので納得した。
「もうこっちのモンには手を出さないほうがいい。徐々に、心が醜くなりますぜ」
自覚している。だが昔手柄を立て、与えられた栄誉と、異形の剥製。それを見る度、他も欲しくて堪らなくなる。異形の数だけ、手柄を立てられるような気がして・・・
「それに知ってますかい?あんまり森で無茶しすぎると、森から怒りを買いますぜ?なんでも、300からなるオークの群れに、潰されかけた村もあるそうで・・・」
知っている。亜流のドラゴンがいる、静かな村だそうだ。
「もう俺ぁここには来んでしょうが、もし来ることがあったら、それはアンタを殺さにゃあならん時でしょう。どうか、くれぐれも、御注意下さい。あ、それと。用心棒雇うの止めたがいい。アンタのがナンボか強いだろ?今度からは剣の一つでも置いとくんだね」
壁の向こうから、声と、足音と、気配が消えた。
(何が罰だったのか?ただ忠告しに来ただけの様に思えたが・・・)
恐る恐る、外に出る。
「!・・・成程、これは応えるな・・・」
影は堂々と門から出た。門番を殺した訳ではない。
出てきた者に変化が見られなかった為。少し動きにくそうにしていたが、気に留めることはなかった。
「なぁ門番さん。旦那の・・・変な噂。無くなるといいな」
「貴様のような怪しい者が言うか」
「っへ・・・それもそうか。怪しいのが出入りすんのは、俺が最後だといいなぁ」
門番はいつも、そうであって欲しいと願っていた。
「何も無い・・・どうやって持ち去ったのか・・・?まぁ・・・少し・・・すっきりした・・・かな」
それは、爽やかな笑顔だった。

「金になんねえ話は御免だぜ」
彼は被っている布の中に、もう一つ布を持っていた。
流石に血まみれになって出てきた奴を、見過ごす門番はいない。
クローゼットを一度空け、閉めた後、彼は血まみれになった布を取り、持っていた布を被り。そして血まみれになった布は袋代わりに・・・
(売りゃあ総額幾らになるんだ・・・?)
こちらの笑顔は、爽やかさなど・・・欠片も無かった。

 それから暫く、軍団長は『影の男・シャドウ』を探したのだが、結局何も分からず、謎だけが残った。
「随分探していましたよ、ちぃ坊ちゃんを。『ボウガンに刃が付いたような武器を持っている男』だそうです」
「そりゃあ公式には死んでる人間を探すのは、難しいさ。それに『剣にボウガン〜』だろうが!」
「それはいいとして、ほとんど森にいますしね」
「っへへ、事実いねぇ様なもんだ」
「軍団長さんの、妙な噂は聞かなくなりましたよ」
「へー・・・そうかい」
「その代わり、最近は女性の噂が絶えなくなりましたよ、彼は」
「・・・・・・何でだろーねー・・・」
(これだからマジメ君は・・・もっとマシな趣味見つけろ!)
会話が途切れたところで、アーパが喋る。彼が話を切り出すのは、少し珍しい。
「なぁ、だいぶ・・・儲けたんだろ?」
不思議に思いながらも、シャドウは返す。今日は上機嫌だ。
「ん?まぁな。いい仕事だったよ。軍団長は改心するワ、こっちゃあボロ儲けだワで」
アサヒナがカウンターから身を乗り出し、勢いよく言う。
「じゃあここのツケ。払えるよね?」
「あ・・・」
視線が痛いほど集まる・・・。
「いや・・・俺と隊長の・・・仲だぜ・・・?そんな金がどうのこうのって・・・」
「金になんねえ話は御免だぜ」 「金になんねえ話は御免だぜ」 「金になんねえ話は御免だぜ」
「!?・・・え・・・?」

(あいつら・・・絶対練習してたな・・・)
大木で待つ彼・・・その手には鍵。あの悪趣味な部屋には、これ以外の物もあったのだが、結局手元に残ったのはこの鍵と、魔物2匹分以下の金・・・。
唯一金にならないものを玩びながら呟いた。
「羽は綺麗だからなぁ・・・何枚か貰えねぇかなぁ」
一枚幾ら?の計算に必死で、近づく羽音に気付かない。
親指でピィンと弾く、そして落ちる。2度、落ちる。3度、落ち・・・ない?
「母さんが褒めてくれた羽だもん、絶対アゲナイ!」
足に掛かる枷の鍵を、その足でキャッチ・・・セイレーンに手は無いが、足は結構器用なのだ。フワリと優雅に、彼の前に降り立つ。その翼は、高級絵画の様・・・。
「もうちょっと素敵な人だと思ったんだけど・・・」
(こりゃあ・・・。遥かに高くつくね・・・)
ふて腐れた様に、図々しく言葉を吐く。
「悪かったなぁ〜。で、お礼、何かくれんの?」
彼女は器用な足で、彼に鍵を投げ渡す。
「なんで返すんだよ?」
「金属の音は珍しいんでしょ?」
「まぁ・・・そうだな・・・」
「これつけてたらさ、アタシが何処にいるか分かるよね?」
「近くに居りゃあな」
「じゃあ、お礼。あたしってことじゃあ・・・ダメ?」
池で、魚が、跳ねた。その音がよく聞こえた。つまりは沈黙。
「付き合え・・・っつー、こと?」
「え?え〜〜〜・・・『付き合ってあげる』かな?」
羽より鮮やかな赤に、染まり上がっていく彼女。対照的に、彼の表情は変わらなかったが、頭の中はいっぱいだった。そう、疑問符で・・・
(え?何コレ?罠?ああいや違う・・・。え〜・・・?何て答えりゃあいいんだ?)
そんな戸惑いで、いっぱいだった。

Fin


-モドル-

是非、作家さんの今後の製作意欲のためにも感想や応援を、拍手やBBSなどによろしくお願いします。 m(^о^)m

(拍手される場合作家さんの名前を始めに入れてくださると誰への拍手なのか特定できて尚嬉しいです♪)