本家[蒼見鳥]  >  もう一つの世界  >   SS  > 【卑怯者達の宴】


SS:神坂鬼一


彼は無表情のまま、目の前に広がる惨劇を見据えていた。
 微かながらも芽吹いていた草の芽に、血が降り注いでいく様を。人だった形の物達が血飛沫を上げながら、噛み千切られ解体されていく様を。音を立て、咀嚼される情景を。
 黒い毛で覆われた獣に犯され続ける女たちを、その中で一際目立つ黄色の毛を携えた獣に押さえつけられ、白濁の液を浴び続けながら泣き叫ぶ妹の姿を。
 彼は仮面を被った様に、何の感慨もなく見据えていた。
 ――暗転。
 目の前には目立ったお腹を撫でながら嬉しそうに笑う妹の姿が映る。
 焦げ茶色の長い毛を肩まで下ろし、背凭れのある椅子に座りながら、彼に向かい微笑む。
 まるで恋人の子供を授かったかのように、心の底から彼女は笑っている。顔からは血気が抜け、病人のように衰弱しているというのに、彼女は腹の子にやさしく笑んだ。
 まもなくして、小さな命が産声を上げ、そして一人の命の蝋燭が溶けきった。
 彼は床に零れ落ちた、その大事な命を両手で抱き上げ、誰にも聞こえないような声を零した。
 目の前が赤く染まっていく。まるで朱に染められたカーテンを閉じるように。
 慌てて彼は手を伸ばし、止めようとするが、両腕が鎖で縛られたように動こうとしない。
 赤から目を背ける様にして、目を閉じる。見てはいけない、あれは夢だ。
 カーテンが完全に閉じられ、赤い世界が訪れる。そして――側頭部に衝撃が走った。
 派手な水音と共に、体が軽く沈み、そして浮上していくのが分かる。
 まだ頭は重く、かなりの重量の物で殴られたかのような、そんな痛みを堪えながら彼は立ち上がった。膝位までの水が揺れ、波紋を作り移動していく。川底の岩にぶつけたのだろうか。
 ――いや違うな。
 彼は下に向けていた顔を上に上げ、すぐ目の前にある岩に目を向けた。
 銀色の長い髪を下ろし、爽やかな笑みを浮かべ片手を挙げる聖職衣を纏った男が視界に映る。顔を横に向けると、黒い髪の少女が心配そうにこちらを見ている……頭の上の猫のような耳を揺らして。時折、手を出そうとするが、すぐに引っ込めて、それを繰り返している。
 不意に頭の痛みが再発する。
「っ――てぇ」
 不機嫌そうな声が、川のせせらぎと共に流れていく。
「居眠りしている方が悪いんですよ。カロウ? そろそろテント張りますので、枯れ木を集めてきてください」
 そう言って男は、頭を押さえている『カロウ』に向かい布に包まれた鉈を放った。
 二度目の水飛沫が上がる前に片手で受け取り、そして首を傾げる。
「枯れ枝を探すだけだろ。鉈は要らんと思う」
 ああ、と男は相槌をうち、森を指差す。
「そこら辺、砂狗の住処ですから。ま、こっちが手を出さなければ良いだけですが」
 にこりと笑って、無言のまま早く行くように促す。木々の間からは、幾つかの目が此方を覗いている。ただ、襲い掛かってくる様子もなく、興味半分で観察しているのだろう。
 突然、少し離れた場所で、大きく水飛沫が上がった。
 カロウがそちらを向くと、あの少女が水を滴らせながら、両手いっぱいに魚を抱えていた。
 纏わりつく水を飛ばすように頭を振るうと、川の波間の様にきらきらと水の粒が反射する。
「イェル、新鮮な魚は取れましたか? 石で囲んで泳がせておいて下さい。カロウが薪を拾ってきてくれるまで辛抱しましょう。ん、おや? まだ拾いに行ってなかったのですか」
 少女、イェルが男が座っている岩の上に這い上がり、不服そうな目でカロウを見る。その横では、やはりニコニコと爽やかに笑みを作り続けている顔が映る。溜息がひとつ流れる。
 下を見ると、赤焦げた髪の中に、仮面を被ったような無表情な自分の顔が歪みながら映っていた。視線を逸らし、岸に上がって森のほうへ向けて濡れた服装のまま歩いていく。
 その水面には、乱暴に揺れるだけの鈍い光しか残ってはいなかった。

 
 森へ足を入れた瞬間、泥の中に足を入れたかのように膝が重くなっていた。
 周りからの警戒するような視線が、徐々に奇異へと、そして敵意へと変わっていく。
 穏やかであるという言葉は、忘れた方が良さそうだ。そもそも、何故こんな事になったのか。
 あの忌々しい、雇い主の一言が脳裏を過ぎった。

「取引している人が新しい犬っ娘を入荷したらしいから、護衛に付いて来て」
 そう言って、イェル達を強引に連れ出し、名義上は一般市民であるカロウを巻き込んで、街から歩き数十時間、その間雇い主は後ろの方でキメラに乗り、楽をしていた。
 そうやって着いた屋敷で待っていたのは、豚のように肥えた男と鎖で繋がれた犬耳少女達とメガネを掛けて、男の傍に立つ正装で身を包んだ、秘書らしき女。
 そして雇い主からの二言目が
「ああ、もう邪魔だから森に入って狼っ娘でも捕獲してきてよ。同意の上で」
 言いながら、小柄な身体に細い腕でグレートソードを突きつけながら、命令してきたのである。
 
 あの時、断れば良かったと思うが、断れば今頃は冷蔵庫の中で首を冷やされている頃だろう。
 カロウは溜息を吐き、渡された鉈と常時持ち歩いている手持ちナイフを見て思う。
 ――今、一斉に襲われたら間違いなく死ぬな。
 と、だが言い換えれば、少量なら充分に捌けるという自信。彼は、近くに立っていた木の枝をノソノソと渡っている手の平サイズの蜘蛛を手で摘み、足元に落とす。すると、泥に埋まっていくかのように小さな身体を沈み込ませていく。そして、十を数える頃には完全に姿を消していた。
 その姿を見ていなかったのか否か、草陰から唸り声が上がる。
 カロウが振り向くと、そこには栗毛の鼻息を荒くした大型のグリズリーが直立していた。
 その口許からは、唾液が沸き水のように溢れ出し、十歩半は離れているカロウの鼻にも腐臭が届いてくる。だが、それに対峙する少年の口許が微かに緩められ、ゆっくりと右手で十字を切った。
 べちゃりと、トマトが潰れたような小さな音が鳴り、グリズリーの足元から八本の細長い足が伸び、栗色の身体を拘束し押しつぶすように圧迫していく。一方的に喰われているグリスリーは叫ぶ他に手段も無く、ただ悲痛な助けを乞う目をカロウに向けたまま、土の中へ沈んでいく。
「こんなので、切り抜けるとは思えないが。無いよりマシだな」
 そう呟いた声が、森の中に静かに浸っていった。


 まだ空は赤味を帯びていたが、月が淡い光を放ち怪しげな雰囲気を醸し出していた。
 少年の胸には、掻き集めた枯れ枝が抱きかかえられている。
 一晩焚き火をするには、もう充分な量だろう。そう区切りをつけ、カロウは踵を返した。
 もう、周りからの殺意は気に掛けることも無い。結局、鉈も持つ必要は無かったかもしれない。
 そう思った時だった。
 視界に金色の獣が目の前を横切る。いつの間にか、右手に持っていた鉈の布を解いていた。
 自然に足が動き、気付かれないように足を忍ばせる。獣の目が此方を向いた。もう、隠す必要も無い。カロウの肩が揺れ、枯れ葉を踏む音と共に獣に向かい疾走する。ナイフを取り出し左手の指の間に挟み、鉈を振り抜いた。視界が赤く染まり、体が倒れる。目の前に真珠のような白い足が現れた。
 先程の獣の姿は無い。視線を上げると、動物の皮で作られた胸と局部を隠すだけの服を着た、ブロンドの髪のカロウより三つ程年上であろう犬の耳を付けた女が立っていた。その両手には、磨岩で作られた片手剣が握られている。鉄よりも硬度は落ちるはずだが、自分の手にある鉈の刃は崩れていた。
 そのまま、女に手首を握られ、押し倒される。そして、あっという間に首に刃先を当てられた。
「少しは良い腕をしていると思ったのだがな。この程度か」
 高飛車な声が降り注ぐ。
 地面に付いていたの腕が震え、手の平が枯れ葉と土を掴む。そして、囁くような声で短く呟いた。
「這い出ろ」
 ゴパリと言う音を立て、地面が泡の様に盛り上がり、栗毛に覆われた塊が這うように零れ出る。
 それは在り得るはずのない形。生きているのかさえ把握できない。
 ただ、塊の中心にあるピンク色の臓器が動いていることだけが、まだ"彼"が生きている証拠だった。地面へと下ろしている熊の頭部は半分が粘液に侵されている。そして四肢は……いや、四肢ともいえないのだろう。細い管のような節足動物の足が八本、塊の脇から飾りの様に突き出ていた。
 口許から、黄色い粘着質の液が零れる。だが、別に腹を空かしている訳ではないのだろう。
 その獰猛な森の主の目は白く濁り、痙攣するような動きを続けていた。その姿に数多の動物が恐れるような、威厳のある巨躯は影も無く、赤い舌には白い斑点が浮かび、口許から垂れ下がっている。
「なるほど。蠱毒を用いて使役するか。今の時世、よく古術が残っていたものだ」
 女の言葉に耳を傾けることなく、カロウは管状の足の一本を引き抜くと、金物を落としたような悲鳴が響き、濁っていた目に生気が戻る。しかし、泣き吠えるような悲鳴は収まることなく、毛の塊となった身体を唯一残っている前足で引き摺り、女の方へと向かっている。
 その速度は遅く、女が攻めに移るのには充分だった。石色の線が弧を描き、塊の片端が削がれる。
 しかし絶叫は響かず、それどころか無駄な肉が取れて身が軽くなったのか、今までの倍以上の速さで女に這い寄り、覆い被さるように襲い掛かる。と、化け物の口から黄色く濁った唾液が頬に当る。
 それは、まるで女の裸体に興奮している男のようで……まさしく、そうだった。
「蠱毒に生き残ったモノは、生に異常なほど執着する」
「ほう。その延長戦が種の保存の執着と言う訳か」
 女は冷静に呟き、塊越しにカロウを見据える。
「で? 犯すのだろう。なら、早くすると良い。もっとも、卑怯者に見せる表情など無いがな」
 その言葉に一瞬、カロウの眉が上がる。その間にも女を跨ぎ、興奮したように鼻息を荒げる化け物のソレはヒトの物の倍以上に太くなり、風呂の湯のように熱くなっている。
 化け物の中の防波堤は、限りなく薄かった。カロウの命令を待つことなく、決壊し欲望と言う波を目の前にいる無抵抗な女にぶつける。ソレは生物の殆どが種の保存の為に行う、生殖行動。だが
「ああ、すまない。少し未完成で、普通のより"下に付いてしまった"」
「――あぅ。うぅぅぅ!?――っ!」
 化け物のモノは、女の蜜壺を避けるように、その下にある菊座を貫いた。
 瞬間、女の小さな悲鳴が響くが、歯を食いしばり理性を押し留める。いつの間にか、その白い両手には蜘蛛の足の一本が硬く絡み付き、彼女が抵抗できぬよう拘束していた。
 それを知っているのか、化け物は溜まっている欲望を取り繕うように、腰を打ちつけ快感を貪る。
 種の保存や生殖行動などと言う、正当な行為とは全くちがう事を喜々として行う。
 その度に、高く澄んだ短い悲鳴が森の中に響く。その接合部分からは、透明な液が滴り落ち、化け物が出入りするたびに、沸き水の如く溢れ出ている。それに追い討ちを掛けるように、冷たい水のような声が掛けられる。
「言い忘れてたが、ソイツの精液には毒があってな」
 その言葉に女の身体が震え、続けていた喘ぎ声も止まる。
「態度次第では止めてやらない事も無い。ま、そろそろ限界らしいが」
 そのカロウの言葉通り、化け物の体が震え、咆哮と共に濁った欲望が彼女の中に吐き出される、はずだった。吐き出す瞬間、その歓喜に満ちていた顔が吹き飛び、彼女の身体から限界に達した肉棒が引きずり出され、その欲望は黄色を帯びた白濁色の液を漏らしながら、地に沈んだ。
 両手を拘束していた蜘蛛の手も切り落し、ようやく彼女の身体が解放されるが、その石の刃を掻い潜るようにして、カロウの手が首を圧迫する。不意を打たれた彼女は抵抗することも出来ず、再び地面に背中を押し付けられ、痛みによる悲鳴を上げた。目の前に冷酷な表情が写る。
「なにやってんだ。まだ終わって無いだろ? 俺の妹は、もっと酷い屈辱を受けてるんだ」
 その堅い指が、女の首を貫くように締め付ける。
 それでも彼女は悲鳴を上げず、その暴挙を許していた。
「お前たちの仲間の苗床にされて、それを理解すら出来ずに産まされたんだ。安全な所で見下ろしていたお前等に、分かる筈無いだろ? その取り分を掬えた黒い方は随分と満足していたらしいがな」
 また深く指が食い込む。だが、彼女のほうは苦痛の表情すら表さず、その話を聞いている。
「結局、街の中で生きてた女は妹だけだったけどな。その後は、悲惨だった。まるで、仔を孕んで育っているのが嬉しいみたいに、大きくなってる腹を触って笑ってるんだ」
 そう言いながら、無防備に曝け出している女の脇腹を触りながら呟く。
 その愛撫に一瞬、彼女の身体が跳ね上がるが、それを無視してカロウは話を続ける。
「仔が生まれたときにな。妹は最期まで笑ってたよ、俺じゃなくて、その醜い茶色い塊に向かって、な」
 そう言って、カロウは彼女の首を圧迫する手を緩める。
 仔は悲鳴すら上げなかった。それどころか、まだ生きるために目も開かぬまま、刃の生えていない口でカロウの指を食み、抵抗しながらオオカミ独特の声を上げ、手の中で目を閉じた。
 直後に口から出た言葉は懺悔でも嘲りでもなく、憎しみ。
 そんな姿を目の前で仰向けのまま、此方を見つめている彼女と写し合わせる。
 次の言葉を紡ごうとした瞬間、凛とした声が耳に届いた。ソレは偶然にも、彼があの時に唱えた言葉に似ていた。
「その仔は"なにもしていない"のに」
 ――オレ達はなにもしていないのに。
 まるで心を透かされたようで、気に入らなかったのか、カロウの両手が再びキツく締められる。
 だが、彼女は依然として表情を変えずに、しかしカロウを睨むことなく、ただ見据えている。
 その視線に、思わず両手を離す。いつの間にか、彼女の首には紫色の痣が出来ていた。これでは、もう当分消える事は無いだろう。ようやく喉が解放され、安堵のような溜息が下から漏れる。
 ――何も判らない癖に。
 ソレは彼女に宛て、呪うように呟いた言葉。きっと負け犬の遠吠えにすら聞こえていないだろう。
「ああ、私は産んだ事が無いから判らない。それでも、一応は砂狗を纏めているからな。赤子が産まれる時は大抵立ち会う。何度も見てるよ、好きな者と交えて出来た仔を抱える者も。別の群れに孕まされた娘も……お前達に孕まされた娘も、何度もこの目で見てる」
 最後の言葉に、カロウの息が詰まる。
「それでも、産まれてきた仔は皆に祝福される。私も何度か抱かせてもらっているが、抱いている私の指を甘噛みしたり、母親に強請るように元気な鳴き声を上げていた。うん、可愛かったぞ」
 まるで自らの子供を褒めるように、優しい笑みを浮かべながら、その異端の仔の事を話す。
 ソレはまるで、聖母のようで――そう、カロウは思った。
「……人間は、違うのか? 身内の子が亜種なら祝福もしないのか、笑う事もしないのか?」
 きっと、彼女なりの純粋な問いかけだったのだろう。その目は真剣に、カロウの表情を見ていた。
 不意に白い両手が、カロウの頬を撫でる。その手はカロウにとって温かく、熱過ぎる位だった。
 その温かさに身を委ねようとした瞬間、棘のような言葉が吐き出される。
 ――冷たいな。
 彼女は気付かれないと思っているのだろう。だが、その言葉はしっかりと貫いていた。
 そして、彼女の顔が近づいてくる。それを感じたカロウは身を引こうとするが、押し留められた。
「でも、水みたいで、きもちいい」
 そう言って、ネコが胸にうずくまるように彼の身体に身を預け、首元に唇を近づけた。
 そして……「っ――てぇ」噛まれた。カロウは睨むような視線を彼女に向けるが、当の本人は笑いを堪えるように手の甲で口を覆っている。その光景は酷く艶やかで、直視できずに目を背ける。
「ふむ。どうせだ、これで私の勝ちと言う事にしておこう」
「いや、待て。納得いかんから」
「なんだ。私と身体を交える事が出来るのに、それを無碍にするのか?」
「そういう事するの前提かよ」
 そう言われ、彼女はきょとんとした表情でカロウを見つめる。いや、またコレが可愛い。
「嫌なのか」
「嫌では無いけどな。それでも、負けるのは嫌いだ」
 地面に放り出されていた鉈の柄を取り、顔を顰める。
 手元にあるのは、指で挟んで投げるタイプの小さなナイフが数本。それから、腰に下げている重みのある袋。対して、向こうは片手剣を二つ。それも何かの加護を受けているのか、異様に強い。
 間延びした声を上げ、数少ないナイフを両手に収めた。
「とりあえず、痛いのも嫌いだから、一発怪我したら負けってことで」
 そう提案すると、彼女はクスリと笑い、その得物を構える。
「いや、普通そこはフェアじゃないからとか言って、剣を一本投げ捨てるとかだな」
「残念だが、私は手加減は嫌いだ」
 そう言って笑みを浮かべながら、右手の一本をカロウに向かい振るうが、それを見越したように身体を反転させ、躱す。が、それを追う様に次の刃が顔を掠めるようにして、目の前を通過する。
 遊んでいる……様子も無く、ただ殺す気も無いのか、こちらの様子を観察している。
 ある程度、間合いを開けてナイフを放った。しかし、当たり前のように彼女は避けて、再びカロウの元へと肉薄する。そして、三発目は胴を狙ったような薙ぎ。だが、拾っていた鉈の柄で防ぎ、反撃するように二本のナイフを同時に投げ、そして追撃の太刀に阻まれた。彼女の余裕の笑みが零れる。
 それに舌打ちをし、残っていた全てのナイフを構える。右手に三本、左手に二本。残念ながら、とても彼女に太刀打ちできそうにも無い。それでも、左手に持っている二本を投げつける。
 やはり、打ち落とされた。四度目の刃が迫り、それを後ろに跳び辛うじて躱す。
 そして、オマケのように追撃が飛び……乾いた破裂音が鳴り響いた。
 白い手首に巻いていたリストバンドが散り、黒光りする鉄が顔を覗かせる。片や少年の両手には、黒く鈍い輝きを放っている、今では無くなったはずの"銃"が握られていた。
 鉛玉を受けた彼女は顔を顰め、手首を擦っている。鉄越しとは言え、痛かったのだろう。
「痛い。にしても、随分と珍しい武器を持ってるではないか。最初から出しておけば良かったのに」
「さっき袋見たらあっただけだ」
 手に持っていた銃は、二つとも四発ずつ弾が入っていた。右手の方は一発無くなっている。
 銃の背の部分をスライドさせ、空薬莢を吐き出させる。そして、呼吸を置くことなく、引き金を引いた。片方の剣で受けられるが、耐え切れなかったらしく、根元から砕ける。
 持ち主である彼女の表情が曇る。その隙を見て、続けざまに二発目を撃ち込み、体勢を崩させる。
 そして、間合いを詰めて近距離射撃。だが、引き金を引く前に銃身が割れ、弾が雪崩落ちた。
 目の前に、鋭利な刃物の切っ先が突きつけられる。ついでに、もう一つの銃も叩き落とされた。
「チェックメイトというやつだな?」
 渋る表情を見て、彼女はにこりと笑う。だが、その余裕はすぐに打破される。
「いや、まだまだ」
 カロウの身体が斜めに傾き、彼女の肩に重い衝撃が走る。気が付けば、その肩には細い足が乗っていた。咄嗟の判断で防いではいたが、やはり不意打ちであった為、対した防御は出来ていない。
 しかも、よく見ると靴は鉄でコーティングされており、充分攻撃力はありそうだ。
 再び、二人の間合いが開けられる。そして、同時に先足を踏む……。なるはずの無い音が鳴った。
 硝煙の臭いが漂い、振り上げられたカロウの足の甲からは煙が立っている。
 そして、女の方は――胸を覆っていた毛皮が散っていた。その代わりに、また黒光りした防具。
「それ卑怯だろ」
「ふむ? 落ちている銃弾を蹴り飛ばしたお前の出鱈目さに比べれば、マシであろう?」
 そう言って妖艶に微笑み、力なく足を下ろしたカロウに近づく。
「ところで、もう悪足掻きはないか?」
「ああ、ないな」
 その返事を終える前に、カロウは背中に手を回されて、そのまま押し倒された。
 鉄の擦れる音が聞こえ、視線を上げると胸当てを外した女が見下ろすようにして、腹の上に座っていた。少し息が乱れ、頬が紅く染まっているようにも見える。それに見惚れる暇も無く、彼女の唇が胸の真ん中に落とされ、そこが熱く熱を帯びる。その感覚に思わず、カロウは溜息を漏らした。
 それに機嫌を良くしたのか、女は妖しげな笑みを崩さぬまま、首筋を舐め上げる。
 そして、ついに彼の唇にまで達しようとした時、その唇から微かな音が漏れた。
「お前は温かいな。お日様みたいだ」
 それは年相応の笑み。不意を付かれた女は頬を染め、何の抵抗も出来ぬまま、押し倒される。
 そして、さっきまで目の前の彼にしていたように、胸に唇を当てられ……嬌声が上がった。
 っ――噛まれた! そう思った時には既に遅く、彼は滲み出てきた血を舌で舐め取る。
「俺の勝ち。で、いいよな?」
 まるで、イタズラが成功したかのように微笑む。それに応えるように、女は頬を紅く染める。
「卑怯、者」
「なんとでも言え」
 非難を躱し、カロウは愛撫を再開する。獣耳を撫で、胸の頂を吸い、腰を撫でる。
 そして、腹を舐めた瞬間、彼女の身体が震える。口を閉じて我慢してはいるが、そこから漏れる単調な喘ぎ声は隠しきれていない。脇腹から、口を離すと安堵したように目を薄らと開く。
 クスリと笑い、今度は手で撫で上げた。今度は耐え切れなかったのか、小さなネコのような悲鳴と共に、身体を小刻みに震わせる。目尻には水晶の様な涙が溜まり、そのピンク色の唇からは、興奮したような荒い息が何度も吐き出されている。手は空を彷徨いながら、何かを探っている。
 それを見たカロウは再び、イタズラを思いついた表情をして、指を鳴らす。
 すると下から悲鳴が上がり、白い手首に柔らかい触手のような物が巻きつき、地面に拘束した。
 キツくは締め付けないが、絶対に離そうとはしない。下から、か細い声が聞こえた。
「どうした? もっと触られたい、とか」
「違……ぅ。この体勢――は、ダメ。だ」
 その言葉に彼女の体勢を改めて見る。両手は地面に縛られ、仰向けに寝かされている。ああ、とカロウは呟き手を叩いた。この体勢は犬社会で言う"服従"を意味する格好である。
 ようやく理解した事を悟ったのか、拘束された彼女の頬は一層赤く染まる。そして、カロウの口と手が離れ、ホッとしたように溜まっていた息を吐き出したのも束の間、目の前に彼の顔が近づけられ、そして緩んだ唇から舌を割り入れられる。間延びした喘ぎが森に染み渡った。
「頼む、から……やめ、て――っ!?」
「そうと判って、やめる男は居ないわな」
 再び、腹への愛撫が始められる。今度は舌で舐めるだけでなく、軽く歯を立てながら。
 やはり弱点なのだろう。そこを攻められるごとに、彼女の目尻から雫が零れ頬を伝っていく。
 そして、その伝う雫も舐めながら、ようやく彼女の秘所に手が伸ばされる。
 既にそこは、布越しでも分かる位に愛液によって濡らされていた。それを掬い、彼女の前へ。
「なんだ、まだ殆ど何もしてないのに」
 その指からは、ねっとりとした液が糸を引きながら、彼女の腹に滴り落ちている。
 それを見た彼女は、目を閉じて顔を背けた。それを見たカロウはクスリと笑い、その愛液で濡れた指を掻き混ぜるようにしながら、秘所に音を立て侵入させ、そして引く。その度に、短い喘ぎ声が下から聞こえ、可逆心を煽る。ついに数分もしない内に、彼女の理性が壊れ、甲高い悲鳴が耳を打つ。
 地面に液が零れ染みを作る。それを作った主は、身体を震わせながら快感に耐えていた。
「っ――願、い。早……来て」
 涙を浮かべての懇願。それは、プライドの高い彼女の陥落を意味していた。
「言っとくが、あんまり優しくは出来ない」
 彼女は微笑みを浮かべ、首を縦に振る。
 それを確認し、カロウは既に熱くなっている自分自身を、彼女の秘所にゆっくり押し当てる。
 ねっとりとした液が絡みつき、そして解けていく。中に押し込んだ途端に、果ててしまいそうなくらい心地が良い。彼女はやはり恐いのか目を伏せながら、それに耐える準備をしている。
 その瞼に口付け、一気に彼女の最奥へと押し込んだ。
「ひぅ!? ――っん! く……ぅ」
 何かを擦り破るような感触と共に、彼女から悲鳴が上がる。
 カロウは、それを和らげるように背中を抱き、胸に舌を這わせ噛み痕をなぞる。
 白い肌の上に付けられた傷は、赤く染まり鮮やかに華を添えていた。
「綺麗についたもんだ」
「っ……言う、な――ひゃう!」
 顔を背けようとしたが腰を動かされ、その快感によって阻まれた。
 それでも、彼女はカロウの首筋に顔を埋め、同じように傷を付けた場所に舌を這わせる。
 慣れて居ないのか、腰を動かすごとに口が離れ、小さな喘ぎ声が端から漏れる。
 それを見て、再びカロウは快感を貪るように白い背中を抱いて、欲望に満ちた杭を打ちつけた。
 快楽を求める二人は、既に限界を迎えていた。彼女の中が急激に締まり、カロウの欲望を搾り取るように小さく震える。と、同時に耐え切れ無くなったカロウ自身も、その中に全てを出し、果てた。
 
 月影に照らされ、折り重なる二人の影が地面に映った。一人は赤く、血で汚れたような髪の少年。
 一人は空に在る、月のような光を帯びた髪を地面に散らした女。その綺麗な肢体の秘所には、先程まで純潔であった証拠の赤い跡が残っている。そんな、対照的な二人は向き合いながら目を瞑る。
 ようやく息が整ったのか、少年の方が目を開け声を漏らす。
「すまん。流石に初めてだったとは思わなかった」
「うるさい。あーその……っん」
「発情期だったとか」
 ぺちりと可愛らしい音を立て、カロウの頭が何度か叩かれる。
 その手を苦笑しながら軽々止めると、非難するような視線が目の前から飛ぶ。
 そして、不意に首に手を巻きつかれた。殺意をぶつけるような物ではなく、優しく撫でるように腕を回され、その行為に思わず動揺してしまう。無言のまま向き合っていたが、女が口を開いた。 
「お前の街を襲った狼の中に、黄色の毛で青い目をしたものは居なかったか?」
「……見てる暇も無かったから。でも、妹を襲っていたのは黄色い毛の狼だった。それが?」
「私の兄も、その中に居た筈なんだ」
 影を差す彼女の表情に、カロウは心臓が跳ね上がりそうになる。
「なあ、お前は私達の事を殺したいくらい憎いのか?」
 ああ。と答え、彼女の細い腰を抱きしめる。
「そ――か。私もお前の事が憎い。憎くて、たまらない」
 ――殺したいくらいに。
 そう言って、彼女はカロウの肩に頭を乗せる。その首には、赤い痣がクッキリと残っていた。
 まるで……まるで鎖で繋がれた首輪のように。
 その言葉にカロウはクスリと笑い、彼女の耳元で囁く。
「卑怯者」
 それは、彼女が見た中で一番穏やかな表情だった。
「なんだ。ちゃんと、あるじゃないか」
 ん? と短く声が跳ね返る。
「表情(かお)」 
 
 それは月の綺麗な夜の……卑怯者達の宴。

――後話

 赤い痣を擦りながら、彼女は少し恥ずかしそうに俯く。
 その様子を把握したカロウは、バッグから皮製の布を取り出し、首に巻いた。
「ん、これで見えんだろ。すまんね、ところで名前は? ちなみに俺はカロウな」
 そう言って、白い厚紙を取り出し、彼女の名前を聞く。
「ルサリィだ。よろしく、カロ」
 少し間があり、カロウのペンが止まる。そして、その厚紙が布の前に貼り付けられる。
 属に言う首輪なのだが、カロウは悪びれる様子も無く、ルサリィの嬉しそうな表情を眺めていた。
 その後、二人は待たせている二人の元へ行くことになるが、首輪を指摘されルサリィの恥じらいのいぬパンチが炸裂した事は別の話である。

――後々話

 彼は不満だった。限界だった。腹の虫は、既に無き疲れ眠っている。
 横に居る彼女に至っては、既に空腹に耐え切れず、ネコの姿に戻り生魚を食している。
 彼は思う。何故、彼女のように生魚が食えないのだろう、と。まあ、寄生虫やら何やらが居るから、と言ってしまえばオシマイだ。だが、今は限界だ飢えて死ぬ。いや本当に。
 手を置いていた岩が、豆腐のように潰れ、奇怪な笑い声が漏れ始める。
 それもこれも、あの少年が帰ってこないからである。ああ、もしこの場に居れば、問答無用で全身の骨を叩き潰している所だ。だが、居ない相手に愚痴っていても仕方ない。
 彼は手元に束となって置かれている、山菜に手を伸ばす。当たり前だが、灰汁抜きはしていない。
 案の定、一口目で撃沈した。だが、それでも……そう思いながら喰い続ける。
 そういえば、と彼は思い出す。砂狗の主は負けた男を一生のパートナーに選ぶらしいが、薪をとりに言った少年も充分な実力を持っている。もしも、こちらを忘れ情交していた時は……。
 そう考えていた時、見覚えのある顔が闇から現れた、犬耳の女付きで。
 ……
 ………
 ――――
 彼は爽やかな笑みを浮かべて、その少年の肩を握った。
「ちょっと座れ」
 その一晩中、人の悲鳴が響き渡ったという。

 

[fin]

 

 

 


あとがき

 いやーやはり犬系は使いやすいですね。自分としては、もう少しハードでも良かったと反省してます。いや、ルサの方も潜在的な攻めを持ってるので、どうも中和されますね。不覚です。
 エロが短めになったのも、少し不満。次作はエロばっかりになる予定です。触手攻め、獣姦、虫姦、産卵みたいなノリで制作予定。まあ、この作品で出てきた人たちは一旦休みと言う事で。
 ここまで飽きずに読んでくださった方、本当にありがとうございます



【 fin 】


-モドル-

是非、作家さんの今後の製作意欲のためにも感想や応援を、拍手やBBSなどによろしくお願いします。 m(^о^)m

(拍手される場合作家さんの名前を始めに入れてくださると誰への拍手なのか特定できて尚嬉しいです♪)