本家[蒼見鳥]  >  もう一つの世界  >   SS  > 【彼と彼女の話】


SS:黒熊





 月の光の届かない暗い森の中でその戦闘は行われていた。
彼の剣は一振りごとに風と命を切り裂いていく。
暗闇の中で彼の目は、夜行性の獣のように相手を捉えている。
彼は初手から数えて5度剣を振るい、きっかり5人を切り捨てていた。
(・・・残り、3人・・・)
彼は残り3人の立ち位置を確認して、スイッと右端の男に間合いを詰める。
男は槍を構えたまま動かない。
自分を襲う者がどこにいるのかもわからず、仲間も失い、思考がとまっているのだ。
それほどまでに闇の中の彼には気配が無かった。
彼が剣を薙ぐと、男の首に赤い筋が一瞬浮かび、噴き出す血に押し上げられるように、首は胴から転がり落ちた。
そのころには彼はもう、次の獲物へと移動している。
次の男を袈裟に切りおろす。
「ギャ!!!」
またも仲間の断末魔を聞いた最後の1人は逃げにかかる。
しかし、すくんだ体はうまく動かず、すぐに足がもつれて転んでしまった。
上体を起こし恐怖に引きつった顔を背後に向けた瞬間、彼の意識は頭ごとプッツリと絶ち切られてしまった。

 8人の命を奪った男は息も切れていない。
こともなげに剣を死体の服で血をぬぐい、懐に入れてある皮布で脂を磨き落として鞘におさめた。
彼が森を抜け、もとの街道に戻ると小さなキャンプの準備と、檻の入ったほろ馬車があった。
さっきの男どもはここで夜を明かすつもりだったのだ。

 彼は依頼を果たすために馬車のほろをめくる。

 「・・・・・・あ・・・」

 檻の中にいる少女と目が合い、少女がごく小さな声をあげる。
彼は声こそあげなかったが、戦闘中もまったく動かなかった彼の顔がわずかに表情を作る。
細い手足の肘や膝から先は体毛で覆われ、顔は犬のそれであり、まとったボロ布の裾からはフサフサした尻尾がのぞいていた。
それらのすべては銀色であり、めくったほろからさしこむ月光の反射でそうと分かる。
その姿に彼は心を奪われる。
そう、確かに彼は心を奪われたのだが、彼にはそれがわからない。
いつからか錆ついていた彼の心は音を立てて動き出したが、頭のほうはどうしようもなく止まってしまった。

しばし見つめ合っていたが、
「アゥ・・・」
少女の不安げな声が彼を現実に引き戻す。
「・・・・・・」
彼は彼女に声をかけることなく、ほろをかけなおし繋がれた馬車馬の紐を解きにかかった。
彼の操る馬車が来た道を引き返していく。
馬車に揺られる彼はぼんやりと月を見上げ、なぜさっき自分は我を忘れたのか考えはじめる。
答えは出そうに無い、と、錆びた心と永く付き合いすぎた頭はどこかでそう思っていた。

 ガタガタと、揺れる檻の中で彼女も考える。
どうやら自分を運んでいた奴隷商の手下たちはみんな死んだようだ。
このあたりに出没する野党の類が「商品」である彼女を奪ったわけではないようだ。
外から聞こえてきた手下たちの罵声で、それは想像がつき、彼の目をみて確信した。
彼女のいた集落を襲い、彼女を散々陵辱したあげく、奴隷商に売り渡した野党たちの目を彼女は忘れることができない。
彼の目には、その野党独特のギラギラした光はなかった。
というか、彼の目にはどんな光も浮かんでいなかったように思える。

 そこまで考えて、次は彼のことを考え始める。
強い血の匂いをまとっていた彼。
月の光の逆光でシルエットになって見えた細すぎるほど細い彼の体。
柔らかい月の光に目が慣れたのか、自分の体による照り返しなのか、ようやく彼女は彼の顔が見えた。
線の細い顔は端整であるが表情はなく、そのためか、今になって顔のつくりがだいぶん違っていたことに気がついた。
「異国人?見たこと無い顔つき・・・」
まあ、その点はどうでもいい。
彼女の思考は次に進む。
(あの人、何を考えているかまったく分からなかった・・・)
野党にさらわれたのが3年前。
相手の顔や目を見て相手の心情をさぐり、悦ばせてることでしか生きることを許されなかった彼女である。
さらに妾館に売られてからはそれを「技」として鍛え上げられた。
そんな彼女であっても彼がどういうつもりで男たちを切り殺し、これからどうしようとしているのかさっぱり分からなかった。

 (これ以上考えても無駄ね・・・)
(これ以上考えても無駄だな・・・)
鉄の檻とほろ1枚に遮られた彼と彼女は同時に考えることを放棄した。

 馬車は街道を途中で逸れ、山の中へと分け入っていく。
やがて見えてくるおおきな館。
その門前で馬車は停車する。
東の空は白みだしていた。
門の内側から男が現れて荷を確認するために門を開く。
「アンタか。首尾よくいったかい?」
彼は黙って後ろを指差す。
「ったく・・・、ちったあ喋れよ・・・」
と男はぶつくさ文句を言いながらほろの中を確認する。
「・・・よし、通れ。旦那が首を長くしてお待ちだ」
馬車は再び動き出す。
館の玄関に近づくと、それが勢いよく開き、中から丸々に肥えた男が転がりだしてきた。
「おうおう、ようやくきたか!ようやく!まったく、寝れなかったぞい。おお、そなたもご苦労じゃったの。どれどれ・・・、ホホウ!!やはり美しい!!・・・ああ、これじゃこれじゃ、グフフフフ・・ホラ何をしておる!早くワシの部屋に運ばんかい!!」
男がいっきにまくし立てると、玄関の中からワラワラと人が出てきて荷馬車に近づいていった。


 この太った男が彼の雇い主であり、街にある2つの妾館の一方の主人である。
男は奴隷商を生業としており、比較的大きな男の住む街や近隣諸国に広いシェアを持ち、多大な利益を挙げている。
この男の扱う商品は多種を極める。
人間の貴族から、町人、はては獣人までと広い客層のため、それらと交わることができる全ての生き物が商品対象となるからだ。
この街にはコレには劣る規模だが、人間の商品に特化することで競争に勝ち残っているもう1つの妾館がある。
そのもう一方の奴隷商から
「ちょっと前に珍しいのが入ってな、貴族用に調整を重ねてきたモノがやっと商品として完成した。ぜひお前も味わってみるといい」
と誘いを受けて、もう一方の妾館を訪れたときのことだ。
そこで男が見たものは、最近は入手が困難で、さらに中でも貴重な白銀の毛並みをもつ犬頭人の少女だった。
この少女は獣人好きの彼にとってのどから手がでるほど欲しい存在だった。
この少女を買い取りたいと申し出たが、すでに買い手が決まっていると断られてしまった。
もちろん相手が獣人好きと知っていて、相手が買い取る意を示すともくろんでの今回の招待である。
以前から仲が険悪だった商人同士の、陰湿なやり取りであった。
とりあえずその日は抱かせてもらったが、帰ってからもあの少女のことが忘れられない。
欲しいものは必ず手に入れてきた彼は『金で手に入らないなら奪う』という結論にたどり着く。
「あのくそ野郎・・・!ワシは絶対にあきらめんぞい!」
男はある計画を考えた。

 計画は単純である。
買い手の下に運ばれる少女を強奪し、自分の別荘に監禁する、というものだった。
男の手元には幸いなことに都合のいいカードが存在した。
最近雇った、まだ顔の割れていない手下がいる。
この男は流れ者で、一定の仕事をしたらよそへ移るという。
おまけに恐ろしいほど腕がたち、それはもう以前の仕事で確認していた。
少女が運ばれる日取りを知ると、計画は実行に移されたのだった・・・。


 馬車に鎖つきの首輪を手にした奴隷商の手下どもが近づいてくる。
彼は馬車を降り、ほろの中に頭をつっこんで檻にしがみついている男のでかい尻のうしろにまわった。
「仕事は終わりだ。報酬をもらおう。」
「ホウウ、美しいのう。・・・ん?報酬?明日まで待て。とにかくコレを味わんと納まらんわい。上等な部屋を用意させるからゆっくり休んでろい。」
男は彼のほうを振り返ろうともせず、そう言い放った。
どうやら今のこの男には彼女のことしか頭にないらしい。
「オウオウ、乱暴にあつかうなよ!首輪の痕もつけるでない!!コレに傷をつけてもいいのはワシだけなんじゃ!!」

 檻から鎖で引かれた彼女が降りてくる。
彼女はあたりを見回し、彼を見つけるとじっと見つめてくる。
彼もまた、彼女のほうを見つめていた。
朝日を受け、彼女の毛並みが白く輝いている。
(あぁ・・・、そうか・・・、これが目を奪われるということか)
彼はやっと、そう思いあたった。
しばし見つめ合った後、彼女は新しい主人に引かれ館の中へと消えていった。
引かれていく彼女もそれを目で追う彼も、お互いから視線を外そうとはしなかった。


 豪奢な部屋の広いベッドの上で彼女は犯されている。
顔をベッドにうずめてお尻を高く持ち上げるようにして揺らされている。
彼女の秘唇に突き刺した肉棒が、抜かれるたびにテラテラと光る。
荒い息を吐く男が、太った体に似合わないような小刻みな動きで彼女を攻め立てる。
「アゥ、アゥ、アゥッ、アゥン、アゥン」
くぐもった彼女の声が男の耳に心地よく届く。
男は腰を動かしながら、彼女の少し長くたれた耳、肩から背中の中ほどまである毛をなで、
動きにあわせて揺れるやわらかい尻尾、小さくてスベスベしたお尻・・・となでていった。
「ハッ、ハッ、よい手触りじゃのう・・・、美しいのう。やはり最高じゃ。ハァ、ハァ、アア!アァ!!もうイキそうじゃ・・・」
男は限界が近いことを感じると、彼女のより深いところをえぐるようにストロークする。
同時に首輪につながれた鎖をたぐりよせて彼女の上体を起こさせ、彼女のまだ小ぶりな乳房を力いっぱい鷲?みにする。
「アア、アアア、あぐぅぅうう!!」
胸を乱暴につかまれた痛みで体がこわばり、肉棒を締め付ける膣がより一層強く肉棒を刺激する。
どぷっ、ドピュルルル、ビュル!!
彼女の奥で限界を迎えた肉棒はドクドクと熱い汚濁液を吐き出し続ける。
注ぎ込まれた熱い液が腹に溜まっていくのを感じながら、彼女は体の力が抜けて崩れ落ちていった。

 火照る体とは別に、彼女の思考は彼のことにとらわれていた。
長く楽しむために薬を飲んだ男の肉棒はまだ反り返っており、男はまた彼女の体をまさぐり始めた。
されるがままの彼女は彼のことを思い描く。
馬車から降りて見つめたときも、やはり初めて会ったときと同じく何の感情も感じられなかった。
「あぁん、・・・あぅうう」
相手を悦ばせる声としぐさはもはや条件反射である。
今度は正上位で貫かれる。
(どうしてこんなにあの人が気になるんだろう。あの人はコイツの手下・・・、それだけのはずなのに・・・)
彼女は本能的に、彼の心が無色であるのを感じ、ともすれば自分の味方になってくれるかもしれないと感じているのである。
しかしすでに『助かりたい』という気持ちを刈り取られてしまっていた彼女には、彼に助けを求めようとは考えつかない。
どうして彼が気になるのか、そればかりを考えて思考は空転ばかり続けていた。

 彼は彼女たちの情事の声を聞かされ続けていた。
彼にあてがわれた部屋はこの館の主人の部屋に近く、またそのため彼の鍛え抜かれた聴覚はイヤでもあの声を捕らえてしまう。
彼もまた、考え続けていた。
彼女に見とれていたことは分かった。
それが分かったとたんに心がギスギスと動き始めたのだ。
自分が何を求めているのか分からない。
(・・・なぜだろう・・・、落ち着かない。あの娘が気になる。私はどうしたというのだ。どうしたいというのだ。今までこんなことはなかった。あの娘を見てからだ。こんな気持ちになったのは・・・)
声を聞き続けるごとに心のギスギスが大きくなる。
考えはまとまらない。
だが彼はそのギスギスに突き動かされるように、剣を抜き払っていた。

 彼女は男にしつこく揺さぶられている中、ふと彼の匂いを感じた。
ドアのほうをチラリと見ると、それはかすかに開いていた。
彼の匂いをいきなり近くに感じて、はっと振り返るとそこには彼が立っていた。
突然現れたような彼の存在に、彼女の上にのしかかって腰を振っていた男は驚きながら女から身を離す。
「・・!!なんじゃキサ・・・!」
がごっっ!
彼の放った平拳は男の両目とその中心の急所を正確に打ち抜き、男はベッドから転がり落ちる。
彼女の上にあった重石は取れたが、起き上がることができない。
度重なる暴行で体には力が入らず、顔だけを彼のほうにむける。

 三度彼と彼女の視線がぶつかる。

 彼も彼女もどちらも動かない。
しばしの沈黙のあと、彼がやっと口を開く。
「私は・・・、・・・」
続きがでてこない・・・。
「・・・・・・」
彼女はじっと彼の顔を見つめ続ける。
彼がとまどっているのが手に取るようにわかる。
別に大きな表情の変化があるわけではないが、彼女には分かるのだ。
ふいに彼女はそんな彼が急にかわいく思えてきた。

・・・目の前の少女がやわらかく微笑んでいる・・・。
それを見た彼の心の錆びはボロボロと落ちてゆく。
大きく動く心のままに、彼は言葉をつむぎだす。
久しく使っていない『心のこもった言葉』を・・・。
「私はお前を、助けたいと思う。・・・お前は、私の助けが必要か?」
彼女の刈り取られたはずの『助かりたい』気持ちは、その言葉を聞いて大きくなる。
まるで根を残して枯れていた草が、サンサンと降り注ぐ光と水を浴びて力強くのびるように・・・
彼女は瞳に涙を浮かべて、小さく、だがはっきりとうなずいた。

 彼は、
「そうか、ではしばらくここで待て。すぐに戻ってくる。その間に館を出る準備をしておいてくれ」
そう言うと部屋から出て行った。
彼女はなんとか体を起こすと、ベッドから落ちた男に目をやった。
男はそこで死んでいる。
その死体を見ていると、彼がどこに何をしに行ったかはすぐに思い当たった。
彼女はベッドから降りると汚れた体を拭いて、身にまとうものを探し始めた。
すると、おそらく彼女のために用意されたであろう服がどっさり見つかった。
趣味全開の服の中から2、3着比較的地味なものを選び身に着けて、残りはカーテンを裂いて作った風呂敷のうえにたたんで乗せる。
あとは金目のものをざっと物色して装飾品や金貨などを風呂敷やポケットにつめて、風呂敷を背に縛り付けて準備完了。
階下からは手下たちの断末魔が聞こえてくる。
彼はまた血の匂いをまとって彼女の前に姿を現すのだろう。


 館を出て街道に入るころにはもう空には月がかかっていた。
山からの道と街道の三叉路で彼と彼女は自然と足は止まる。
右に行けば彼と彼女がいた街、左に行けば彼と出会った森がある。
彼は振り返って彼女に尋ねる。
「・・・これからどうする?私は助けるところまでしか考えていなかった・・・。これからお前は・・・」
どうする?と彼の目は尋ねている。
彼女は笑う。
彼女にはもう帰るべき家も家族もない。
「私を助けてくれるんでしょう?それはまだ終わってないわ。・・・だから、貴方についていってちゃんと私を助けてもらうの!」
月の下で彼女は笑う。
銀の耳と尻尾が柔らかくゆれて光っていた。
それを聞いた彼は、ほんの少し驚いた顔になり、すぐに元に戻る。
「・・・そうか」
彼女には彼が笑っているように見えた。
「だから・・・名前を教えて?私はレノアっていうの」
だから彼が本当に笑う日はそう遠くはないのだろう。
「レノア・・・か、・・・私の名前は・・・」


【 fin 】


-モドル-

是非、作家さんの今後の製作意欲のためにも感想や応援を、拍手やBBSなどによろしくお願いします。 m(^о^)m

(拍手される場合作家さんの名前を始めに入れてくださると誰への拍手なのか特定できて尚嬉しいです♪)