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SS:黒熊



 館の縁側に一人の若者が腰掛けている。
年の頃は十四、五といったところか。
両手を後ろについてぼんやりと空を眺めている。

 空は抜ける様に高く、そして青い。
高く昇った日は、今は彼の真上に来ていて、庇に遮られて彼からは見えない。
暑さの厳しい季節は過ぎていて、今は心地よい風が彼の傍を通り過ぎてゆく。
風の流れる音と、時折高い所から聞こえるトンビの鳴き声だけが彼の耳に届く。

 彼は最近多忙につき疎かになっていた馬や弓の鍛錬で汗をかき、その汗を湯浴みで流したばかりだ。
まだ火照った体を、今は優しく包んでくれる風は、今からは寒くなる一方だ。
すぐにまた厳しい冬がやって来る。
こんな穏やかな風を感じていられるのもいつまでだろうか、などと澄み切った空を見ながら考える。

 今は刈り入れの季節で、彼の国も大変忙しい。
彼も昨日までは民たちと一緒になって、黄金色の田んぼで刈り入れの仕事を監督していた。

だが今日は一休み。
彼は朝起きて、一日をのんびり過ごそうと心の中で勝手に決めていた。
目下、それを実行中の彼なのである。

 な゛〜〜〜。
突然彼の足元から鳴き声がする。

 彼が空から足元へ視線を落とすと、そこに一匹の黒猫が立っていた。
黒光りしそうな美しい毛並みと、輝く金色の目を持った黒猫だ。

 「おぉ、なのはではないか」
彼は猫の名前を口に出し、笑顔を浮かべる。

それは彼が名付けた名前ではないし、この家で飼っている猫というわけでもない。
きちんと猫から『教えてもらった』名前だ。
ヒトが勝手に名付けた名ではない。

 なのは、と呼ばれた黒猫はひょいと彼の隣の縁側に飛び乗る。
そして乗ってもいいか?と言うような間を空けて、その答えも待たずに膝の上に乗ってきた。

彼は一度猫の頭を撫で、よっと両足を上げて尻を軸に体を右に九十度回転させ、足を縁側に投げ出す。
そして庇を支える柱に背を預けると、尻を少しずり下げて楽な姿勢を作った。

 彼が落ち着いたのを見計らって、黒猫はゆっくり膝から腹の上まで歩いて来る。
そこまではほとんど平らになる姿勢を彼が取っている。
彼は猫の四つの足の裏の感触を、今は力を抜ききっている下っ腹で感じていた。
それは少しこそばゆい。

 彼は腹の上に立っている黒猫を、両手を使って撫で始める。
あごのラインや背中を優しく撫でる。
猫は目を細めて、自らも手に体をすり寄せる。

 しばらく撫でているとすぐに、ごろろろ…、ごろろろ…と喉を鳴らし始める。
彼はこの唸り声を聞くのが好きだ。
彼を信じきっているのが伝わってくるからだ。

彼は黒猫の頭を片手ですっぽり包み、親指を使って喉をくすぐってやる。
猫は首をひっこめてじっとしている。
彼は猫が次にどうしたいか知っているので、左手も添えてやる。
まるでトンネルの様にした彼の手の中を、猫は気持ち良さそうにくぐってくる。

 この黒猫はこういう風に彼の体をくぐるのがお気に入りだ。
くぐりながら、腹から胸にかけての土手を登ってくる。
尻尾の付け根辺りまで抜けたところで、彼の顔に突き当たる。
この猫は、猫の中でも小柄な方で、その位の大きさしかない。

 黒猫は彼の唇に顔を寄せると、ぺろっと舐めてまた土手を降りてゆく。
彼の掌のトンネルから尻尾が名残惜しげに抜けてゆく。
しかしすぐに、今度は彼の左腕と腹の隙間に頭をねじ込んで、体を擦り付ける。
この猫は絶えず彼の上を歩き回って彼と戯れるのだ。

 ずいぶん動き回った頃を見計らって、彼の右手は黒猫を押し倒す。
掌を猫の頭に見立てて、腕ごと黒猫の腹にのしかかる。
それはまるで猫同士がじゃれ合っている様な具合だ。
猫は両手両足で彼の腕に軽く爪をたて、絶えず動かしている彼の指に甘噛みしてくる。

 そうやってしばらく腹の上で黒猫と格闘を演じ、遊ぶ。
彼はまたも頃合いを見計らって、猫の首根っこを撫でながら押さえつけてやる。
すると猫は抵抗を止めて、今度は噛んでいた彼の指を舐め始めた。
ざりっ、ざりっ、とざらざらとした舌が丹念に舐めあげる。

 (そんなにしても俺には毛はないぞ…)
確かに猫同士なら、ここは毛づくろいをする場面だろう。
彼は手の甲の辺りまで舐められ、くすぐったくなってきた。

彼はお返しに、舐められて濡れた所で黒猫の毛並みを磨くように撫でてやる。
自分では舐められない、頭頂部から首の後ろにかけて、耳の辺り、背骨にそったラインなどを重点的に。

 それにしてもさっきから黒猫は唸りっぱなしだ。
こんなに唸って疲れないものなのか?と思ってしまう。
改まって聞いたことはないが…
今度聞いてみるかな…

 彼はそんなことを考えながら、次の愛撫の思案をする。
手の方は、今はオーソドックスな喉元と背中で動かしている。
(そうだな…次は何を―――)
そして何かを思いついたのか、彼の顔がにや〜〜っと少しイヤラシイ顔つきになる。

 背中を撫でていた左手が、徐々に尻尾の付け根へと降りてゆく。
そして指の腹で付け根を撫で始めた。
すると今まで鳴りっぱなしの唸り声が止んだ。
黒猫は今から何をされるか悟ったらしい。
だがもう遅いわっ!

 に゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛あ゛。
彼は尻尾の付け根をクリクリッと揉む様に刺激してやる。
彼の指のリズムに合わせるように、まるでだみ声の様なつぶれた鳴き声を出す黒猫。
腰が砕けた様なヘッピリ腰になって、彼の左手から逃げようとする。
這う様な姿で彼の腹の上を歩き回った。

 だが、彼は逃がさない。
執拗に両手を使い黒猫に刺激を与え続ける。
(くっくっくっ、何度見ても面白いものだ…)

だが、そろそろか―――。
あんまりやり過ぎると怒ってしまうので、尻尾の付け根への攻撃は優しい愛撫に切り替え、代わりに今度はピンと張った尻尾から覗いているお尻の穴を撫でてやる。
ここは普通に気持ちいいらしい。
相変わらず彼の手から逃げようとするが、さっき程には嫌がりはしない。

 お尻への愛撫を繰り返していると、黒猫は彼の顔に近づいてきた。
金色の目が近づいてきて彼の唇を舐める。
彼もちょっと舌を出してそれに応えてやる。

 唇を舐めていた黒猫は、くるっと向きを変えてお尻を彼の顔に向ける。
彼の目の前に、猫のお尻の穴のどアップが迫る。
お尻と尻尾がプルプルと微かに震えている。
(おいおい、コレを舐めろってか…)
さすがにそれは―――ちょっと―――

 舐めてくれない彼がじれったいのか、黒猫は彼の顔の前を行ったり来たりする。
まるで誘う様に。
彼の唇を猫の横腹がなぞってゆき、頬を尻尾で撫でられる。
お尻を彼の口に押し付けてこない所が、また可愛い。
彼は目の前で少々体勢的にきついが、指でのお尻攻撃を再開する。

 遠くからドカドカと足音が近づいて来たかと思うと、
「若!!こんな所におられましたか!」
突然そんなしわがれた声が廊下に響いた。

 黒猫はびっくりして彼の背に隠れる。
彼も声のした方に目をやる。
「なんだ、どうかしたか?じい」
彼はちょうど、足のちょっと先の所で仁王立ちしている老人に声をかけた。

 「どうかしたか、ではないですぞ!今は刈り入れで忙しいというに、この様な所で猫と戯れている場合ではないでしょう!朝の稽古が終わったら行く、などとおっしゃったのにいくら待っても来やしない…」
(しまったな、さっさと館を出るべきだった…)
まだブツブツ言っている老人を見ながら、彼はちょっと悔やむ。

 この老人は彼のいわばお目付け役である。
先々代の当主のときからこの家に仕えている家臣で、一番の古株だ。
若いときは猛将の名を欲しいままに暴れ回っていた。
最近はめっきり老け込んだとはいえ、まだまだ元気なお爺ちゃんだ。
戦のことでも政治のことでも、とても頼りになる男である。

 ただ、彼の父が死んで彼がこの家を継ぐことになると、とたんに彼に対して口うるさくなった。
彼に立派な当主になってもらいたい、という想いの結果だ。
彼にはそのありがたさは十分に判ってはいるのだが…

 「わかった、わかった!もうよい!!」
まだブツブツと彼に対して、当主としての在り方などを説いていた老将を一喝して黙らせる。
彼は立ち上がり、当主の顔になって続ける。
「今日の作業はお前に一任する。俺はちょっと疲れた。このまま働くと倒れかねん。そうなったら困るだろ。だから今日は休む!!」
彼はきっぱりと言い切った。

 そう言って彼は回れ右して、すぐさま走り出す。
黒猫もそれに倣い、彼を追いかける。
この程度で下がる老将ではないからだ。
案の定、
「こ、これ!待ちなされ!そんな我侭が通るとでも―――」
とそこまで言ったが、彼は廊下の角を曲がってもう見えなくなってしまっていた。

 一人縁側に残された老将は、やれやれ、とため息をこぼす。
「困ったお人だ。こんなとこまで先代に似ずともよかろうに―――」
老将は普段の勤勉な彼を知っている。
こうやってたまに自分で息抜きをすることは、悪いことではない。
彼はそう考えている。

 先代が亡くなってもうすぐ二年になる。
その一粒種である彼も今や立派な若武者に育ちつつある。
先代に比べ気性は穏やかだが、民を思いやる優しい気持ちは負けずに強い。
このままゆけば父親に負けない立派な当主になることは間違いない。
その成長を見守ることは、この老将にとってこの上ない喜びだった。

 「さてさて、任されたからにはきちんと仕事をせねばなぁ」
そう言うと、来た道を引き返してゆく。
その顔は終始笑っていた。

 彼は部屋に戻ると、出かける支度を始める。
黒猫も一緒だ。
「続きは今夜だな―――」
猫に聞こえるように彼は言う。

 支度とは言っても上に羽織を着て、太刀を佩く程度だ。
「―――と、竿は何処にやったかな…」
彼は今から釣りに行くようだ。

黒猫は部屋の敷居の一歩外にじっと座って彼を見つめていた。
彼は猫を見て、
「お前も来るか?」
と尋ねる。
猫は答えるわけでもなく、部屋に入って来て畳の上に寝そべる。
まるで準備が終わるまでこうしてるわ、と言わんばかりに。

 彼は微笑むと、部屋の何処かに仕舞ったはずの釣竿一式を探し始める。

 彼の住む館は山に挟まれた細い平野部の、一番奥まった所に建っている。
館の正面は水堀と壁に守られ、背後は山になっている、難攻不落の堅城だ。
その館からは平野が末広がりの様に広がって見え、その両脇には館の後ろから続く山裾が縁取っている様が見て取れる。
そして館のすぐ横の山森からは川が流れて来ていて、平野部をまるで蛇のように下の方へと下っている。

 館の正面の門に彼と黒猫の姿が見える。
門番の郎党と二、三言葉を交わすと、堀の上に架かる橋を渡って、テクテクと歩き始めた。

 館の門をくぐって、橋を渡ると視界が開ける。
なだらかな斜面に黄金色の田んぼが続く。
その間を緑の土手に縁取られた川が流れている。
彼の目指している釣りの場所もその川だ。

 彼と黒猫は橋からそのまま繋がっている大通りを歩いてゆく。
大通りといっても、田んぼの間をくねくねと蛇行していて、他と比べたら比較的大きい道、その程度の物だ。
別に店とかが軒を連ねているわけでもない。

 そういった店はこの道をさらに下って、街道と交わる所に沢山立ち並んでいる。
この村は、ただこの一帯を治める領主が住む館があるだけの、静かな村でしかない。

 途中、遊びまわる子供たちと行過ぎる。
「若君、こんにちわー!!」
と、声を揃えて挨拶して、また駆け出してゆく。

 彼もにっこり笑って、彼らに挨拶を交わしてそのまま足を進めそうになった。
だが、ふと行過ぎた子供たちの中の一人の言葉が耳に入って足を止めた。

 「だめだよ、みんな〜、若君のこと若君って呼んじゃあ〜。ちゃんと御館様って呼ばなきゃ」
「あっ!そっか〜」
「ゲッ!?若ぎ…じゃない、おやかた様がこっち見てる!?」

 彼は苦笑して、
「ははは、気にするな。だが、次からは気をつけろよぉ〜?」
ちょっとおどけて言ってやる。
子供たちは、ハーイと元気よく返事をすると、キャッキャと笑いながら駆けていった。

 ―――若君、か―――
彼は再び歩き始める。

 彼は足元でトットットッと軽い足取りで歩く黒猫に目をやった。
こちらは見ていなかったが、視線を感じたのか、彼を見上げた。
その金色の瞳と目が合う。

 (今となっては、こいつとじいだけだな…。俺のことを若と呼ぶのは―――)
早いものだ、と思う。

 彼と黒猫は目的の土手にたどり着く。
そこはある程度川幅があり、ちょうど曲がっている部分の内側にあたる。
ちょっと急な斜面から、間をおかず、すぐに水面になっていて深さも申し分ない。

 親父が死んでもうすぐ二回目の冬が来る。
徐々に『御館様』という呼ばれ方にも、当主としての公務にも慣れてきた。
だが、それらに慣れれば慣れるほど、胸を占めるのは、亡き父親の偉大さと今の自分との落差に対する焦りである。

 そう、親父は偉大だった。
彼は今の仕事に追われるようになって、初めて気づく。
いや、それだけではない。
今は平穏を取り戻した近隣諸国との関係も悪かった親父の時代は、今の何倍も仕事の量があったことだろう。

 それにも関わらず、家の中で見せていたあの表情。
そんな苦労など微塵も感じさせなかった。
ただ俺に安心と尊敬を抱かせる親の顔だった。

 彼は餌になる手ごろな虫を探し出すと、針に刺して川へと投げ込む。
斜面に腰を下ろすと、さっきそこで採った猫じゃらしで黒猫と遊び始めた。
彼は日に反射してキラキラと眩しい水面に目を細めながら考える。

 俺が産まれて物心ついたころには、隣の国との諍いはなくなっていた。
先祖代々憎しみ合って、小競り合いを続けていた間柄なのに…
向こうの国に姫が産まれれば、俺と結婚することになっている。
そう互いに決めて長く続いた憎しみの連鎖を断ち切った。

 恐らくは俺のために―――

 魚はかからない。
なのはに食わせてやろうと思ったのだが――
黒猫はというと、まだ俺の動かす猫じゃらしに夢中だ。

 俺は戦を知らない。
隣国との関係回復に合わせて、近隣諸国と親父が結んだ不可侵条約が上手く機能している。
隣国との小競り合いが、この国の戦の全てだったから、この国から戦の陰は消え去った。

 戦の心配がなくなった民たちは、以前に増して活き活きと日々を過ごすようになった、とじいは言っていた。
隣国との商売も上手くいっており、国も年々栄えて来ている。
それに、俺もこんなにのんびりと釣りを楽しむ余裕もある。

 これらの全ては親父が残していったものだ。
それに比べて今の俺はどうだ?

 未だに公務はじいや他の郎党たちの手を借りなければおぼつかない。
未だに弓は親父の使っていた強弓を引けもしない。
郎党たちの心をしっかり掴んでいるか、自信が持てない。
これでは若と呼ばれるのも当然だ―――

 彼は竿を土手に突き刺して、そのままにすると、ごろり、と土手に横になった。
黒猫はそんな彼の腹の上に登って毛づくろいを始める。

 彼は空を見上げる。
雲がいくつか浮いているが、日差しは翳らない。
どこまでも高く、そして青い秋の空だ。
耳には風の音、虫の声、遠くから子供の声。

 彼にとってこれは日常だ。
とても穏やかで、静かで、そして暖かい。
彼にはこれを守る責任と、そして守ってゆきたいという彼自身の強い願いもある。
だから思うのだ。
親父の様になれるのか?と―――

 ふと肌寒くなって彼は目を覚ます。
日は大分傾き、空は茜色に染まりだしていた。

 腹の辺りだけやけに暑い。
彼が顎を引いて、腹の上を見ると案の定、黒猫がそこでまだ寝ていた。
彼の呼吸に合わせて、猫の丸くなった小さい体が上下する。

 彼はこの黒猫、なのはについて考え始める。

 彼が始めて彼女と出会ったのは、まだ彼女が産まれて間もない頃だ。
ふらりと彼の住むこの村に彼女の母親がやって来て、空き家に住み着いた。
彼はよくこの母親に会いに行っていた。
彼も初めて目にする『猫又』だったからだ。

 母親は彼女を産み、『なのは』と名づけた。
ちょうど菜の花がきれいに咲いていた春先のことだった。

 そしてなのはが産まれて一年たった頃、母親はまたふらりとこの村を出て行った。
ようやく母親離れしたなのはを残して。

 彼はなのはに寂しくないのか、と尋ねたことがある。
彼も母親を物心つく以前に亡くしていたからだ。
すると、なのははこれが当たり前なのだ、と答えた。

 猫又は子を生すと、普通の猫と同様の子育てを行う。
ただ、普通の猫と違う点は、一度の出産で一匹の雌しか産まない、という点だ。
その他は普通の猫と変わらないので、一年経ったら親が子から離れるというのが彼女たち猫又流の子育てなのである。

 なのはは次の春で二歳になる。
普通の猫で言えば成猫だ。
なのはは産まれたときからヒトの姿になれたので、彼から見ればなのはの成長は異常だった。
猫の姿での成長は普通の猫と変わらないのに、ヒトの姿では乳離れを境に急な成長を遂げた。

 今ではほとんど彼と同じ年齢の娘になのはは成長している。
そんな彼女と体を重ね、愛し合うようになったのはつい最近のことだ。

 彼は始めて彼女と愛し合ったときに、結婚しようと告白した。
彼のような国を治める家に、彼女のような猫を嫁にしようという、彼の色々な決意と覚悟をこめた告白だった。

 ところがなのははキョトンとして、すぐに笑い始めた。
彼は怒ったが、彼女から話を聞くと納得するしかなかった。

 彼女が今子供を作っても普通の猫しか産まれないという。
彼女の様に猫又に産んでもらって、ヒトの姿をとれる猫が、長い年月を生きて力を蓄え、尻尾が分かれて晴れて『猫又』に成ったときにやっと、ヒトの姿をとれる子供を産むことができるという。

 つまり今のなのはには普通の猫しか産むことができない。
そして彼が生きている間には恐らく、ヒトの姿をとれる子供は産めないのだ。

 せめてヒトの姿をした子供が手に入るならば、と考えていた彼は諦めるしかなかった。

 だが、だからと言ってなのはに対する愛情が無くなるわけではない。
もう彼も世継ぎのことを考えてもおかしくない年齢になっている。
彼の周り、とくにじい辺りがうるさく言うようになってきた。

いつになるか分からない隣国の姫との結婚を待つ必要はない。
妾の一人でも作って早く子を生せ、と。

しかし彼はなのは以外の女を愛する気にはなれなかった。
だから今の彼には女は彼女しかいない。

 「よし、なのは。帰ろう」
彼は黒猫に声をかけて起こしてやる。
黒猫は彼の上で大きく伸びをすると、スタッと飛び降りる。

 彼は釣竿を上げてみる。
魚はかかっていなかった。
(…ま、まぁ、ここには寝に来たようなものだしな…)
彼は自分を納得させる。

 な〜〜〜〜。
黒猫は物言いたげに彼を見つめる。

 「う……、スマンな」
彼は頭をかき、はぐらかすことしかできなかった。

 黒猫は、くるっと向きを変えて彼の傍を離れてゆく。
彼は別に引き止めない。

彼のせいで彼女の晩飯は自前で用意しなければなくなったことだし…。
夜の約束は一応したし…
何より彼女は猫なのだ。
その気まぐれさは彼も十分承知している。
彼は彼女を無理に束縛しようとは考えない。

 ―――さて、帰ろうか―――
彼は空の釣りかごと竿を手に土手を登る。

 土手を登りきって視界が開けると、世界は茜色に染まっていた。
彼は館を見る。
そこから細く白い煙が棚引いていた。
まばらに散らばる家々も同様だ。
もう皆夕餉の支度に追われている。

 茜色の空に白い線が溶けてゆく。
彼は一番近くの民家から立ち上る煙を見上げ、そのまま空へと目を転じた。
明日もよく晴れそうだ。
そう彼に思わせる見事な夕焼けだった。

 りーー、りーー、りーー。
鈴虫の鳴き声が響き、月の明るい夜。

彼は夜具の上に横になっている。
もう明かりは消している。
だが、寝てしまっている訳ではない。

 ふと気配を感じて、閉じた障子の方を見る。
そこには月の明かりに照らされて、猫の影がはっきりと映し出されていた。

 その影がスゥーっと伸びたかと思うと人の形に変わる。
影はその場に座ると声をかけてきた。
「若君、入っても宜しいでしょうか?」

 彼は短く、あぁと答える。
障子がゆっくり開くと、彼女の姿が月の光の中に浮かぶ。

 肩ほどまでの真っ直ぐな黒髪から、黒い猫の耳が二つ飛び出している。
金色の大きな瞳は彼を真っ直ぐ見つめていた。
白い襦袢だけを纏い、彼女の後ろに一本の尻尾が動いているのが見えた。

 彼女は、失礼します、と短く言って部屋に入り、障子を静かに閉める。
かと思うとタッと体を起こした彼に飛びついていった。
「…おっと!」
彼は押し倒される格好になる。

 「えへへ、わ〜か〜」
彼女は悪戯っぽく微笑んで彼に顔を寄せてくる。
金色の大きな瞳と、彼が愛して止まない愛くるしい顔が大きく彼に迫る。

 彼も柔らかく微笑んでそっと目を閉じる。
彼女の唇の感触を感じて、次にざらざらした薄い舌が彼の口に入ってきた。
彼もその舌に答えて絡ませる。

しばらくそうやって唇を吸いあっていたが、ふと彼女が離れる。
もうその目は潤んで、頬は薄く染まっていた。

 「お昼からずっと我慢してたの…。ねぇ、はやくぅ…」
「――わかった…」
彼はくすりと笑うと、体を入れ替え彼女にのしかかっていった。

 「う、…ム…チュ…」
彼は唇をふさぎながら襦袢の襟に手を滑り込ませる。
すぐに柔らかい彼女の胸に手が届いた。

 彼はそこをゆっくりと撫で始める。
掴めるほど彼女の胸は豊かではないが、それでも蕩けるように柔らかい。
撫でているとすぐに乳首が尖って来た。
それを指の股で挟むようにして愛撫する。

 「う…うぅん…」
彼女は苦しかったのか、彼から口を離して喘ぎ声を上げる。
彼は離れた唇で彼女の頬から顎、喉へと下へ下へと舐めてゆく。

 彼は襦袢の前を大きく開いた。
月の光に白く透き通った彼女の肌が浮かぶ。
彼女の乳首だけが微かに色づいている。
彼女は期待に満ちた目で彼を見つめている。

 「はっ!ああ、ああぁん!」
彼が胸にむしゃぶりつくと彼女は一際大きな声を上げる。
彼女の柔らかい胸と弾力のある乳首を彼は夢中で舐め回す。
彼女の両手が彼の頭を抱きしめてきた。

彼は胸を舐めながら手を下の方へ滑らせてゆく。
彼女の両腿は閉じられていたが、その付け根に手をねじ込ませると、そこはもう蜜を沢山たたえていた。

 彼女はくるっと体を入れ替え、彼の上になる。
「口でしてあげる…」
そういって彼の横に座ると、とっくに固くなっている彼の一物を取り出す。
そしてゆっくりと唇の中に沈めていった。
暖かく、ぬめる感触が彼を包む。

 出し入れの間に、彼の一物はザリッ、ザリッと彼女の舌に舐め上げられる。
それは脳天に突き刺すような刺激だ。
彼は思わず呻いていた。

 彼女の黒髪が彼の股間にサラサラとかかる。
そのせいで彼女の顔が見えない。
彼はその髪をゆっくりとかき上げてやった。
彼女の猫耳がピクッと揺れる。

彼女は恥ずかしそうにこちらに向けた目を細めた。
「お尻をこっちに向けて…」
彼女はためらいがちに彼の頭を跨いでくる。
口は一物をしゃぶったままだ。

 彼の目の前に薄く開いた花弁がせまる。
彼はそれに口をつけて舐め上げ始めた。

 ビクッと彼女の体が震える。
それでも口にしたものは離さない。
一心不乱にしごき上げる。

 (うう、これではこちらが先に達しそうだ)
彼は頭を上げて花弁のその上、ゆっくり揺れている尻尾の付け根へと狙いを変える。
両手で彼女のお尻の谷間を開いてやる。
「ひゃん!」
彼女は一物から口を離し、可愛い悲鳴を上げる。
そこにはひくひくと動く小さな菊座がある。
彼はそこを舐め上げた。

 「んむぐぅぅぅう!!」
再び彼のモノを咥えた彼女のくぐもった悲鳴が聞こえる。
彼の一物を握る手もより強くなった。
彼はそこを穿るように舐めた。

 すぐに彼女の体が緊張し、びくびくと痙攣する。
どうやら達したようだ。
彼は力の抜けた彼女の下から這い出した。

 彼は膝立ちで彼女を見おろす。
乱れた襦袢と横顔にかかる髪が艶めかしい。
彼は後ろから襦袢を剥ぎ取ってしまう。
彼女はされるがままだ。

彼も着物を脱いで彼女に向かおうとすると、彼女は四つん這いになって彼を誘っていた。
「ねぇ、はやくぅ…。ちょうだぁい…」
甘えた声で囁く。
お尻と尻尾が揺れて、その奥で潤んだ金色の瞳が髪の間から彼を見つめている。

 彼がゆっくりと分け入ってゆくと、彼の目の前まで伸びた尻尾がビクビクッと震える。
口の中とはまた違う、まるで熱い沼に包まれた感じが彼を襲う。
ゆっくりと締め付けられる中を彼の一物が出入りを始める。

卑猥な音が部屋に響き、彼女の喘ぎ声と重なる。
彼が尻尾の付け根を撫でてやると、キュッ、キュッと彼女の中が締まる。
もう彼はさっきから腰に熱いモノが集まり、今にも爆発しそうなのを必死で堪えていた。

 「あぁぁん、あぁぁぁん」
まるで泣くような彼女の喘ぎ声も徐々に切羽詰った物になってゆく。
彼女もお尻を振って快感を貪っていた。

 やがて限界を感じたのか、彼女は言った。
「あっ、あぁぁん!……ねえ、あんっ…あなたの顔が見たい…。こっち向いてぇぇ…」
彼は一度彼女の中から一物を抜き去る。
それは今にも噴出しそうに、ビクッ、ビクッと大きく脈打っている。

 彼女は仰向けになって大きく股を開く。
彼女のそこはテラテラと光って蠢き、彼のモノを心待ちにしている。
彼はのしかかるとゆっくりと彼女に口付けをした。
彼女は夢中で彼の唇を求める。
そして十分焦らしておいて、勢いをつけて一気に貫く。

 「ふ…うあぁぁぁぁん!!」
彼の唇を振り切って歓声をあげる。
彼は両手でしっかり夜具を掴み、腰を彼女にぶつけまくる。

 彼女もガクガクと揺さぶられる中、足はしっかり彼の腰に絡み、腕は背中に回して彼に必死にしがみ付く。
「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ!!」
彼の一物が一際大きくなったかと思うと、彼女の最奥へと擦り付ける様にねじ込まれる。

 「ああああああっっ!!!!」
ドクッ、ドクッと彼の一物から熱い液が迸り、彼女の中に注がれてゆく。
ゾクゾクと全身の毛が逆立つような快感が二人を包んだ。

 たっぷりと注ぎ込まれ、熱いモノが満たされた彼女の中から彼の一物が萎んで抜けてゆく。
「わ…かぁ……だぁい…好きぃ」
彼女は未だ荒い呼吸の中、彼に囁く。

 「ハァ…ハァ、俺も、だよ―――」
彼の体の下で微笑んでいる彼女を、彼はきつく抱きしめた。
汗ばんだ二人の体を、秋の夜の空気が冷やしてゆく。
だが、抱き締め合い、触れ合っている二人の肌はいつまでも暖かいままだった。

 彼にまるでしがみつく様にしてなのはは寝息を立てている。
頭を彼の脇に埋める様にして、右手と右足は彼に巻き付いている。

 彼は仰向けだった体を左にそっと起こして、彼女の寝顔を見る。
可愛い寝顔だ…
愛しさがこみ上げてくる。

 だがこみ上げてくるのはそればかりではない。
彼はいつでも不安なのだ。
彼女がいつか彼の下を離れてゆくのではないか。
彼女の母親の様に、ふらりと、彼に何も言わないまま。

 彼はなのはの頭を撫でてやる。
柔らかい黒髪がさらりと流れ、耳がピクッっと動いた。

 「―――若、どうしたの?」
「すまん…、起こしたか?」
なのはがゆっくりと眠そうな目を開ける。

 「ううん、それよりどうしたのよ、悲しそうな顔して…」
「―――」
彼はその不安を口に出そうと思ったが、とっさに出たのは別の台詞だった。

 「――なぁ、いつになったらその『若』っての止めてくれるんだ?もう随分前から言って聞かせてる気がするが…」
彼は相変わらず頭を撫でながら言う。

 なのはが少し目を細めた。
彼の心中は読まれているようだ。
彼女は彼が本当に言いたいことはこんなことではない、と感づいている。

 「そうね…。簡単なことよ。私にとって若は『若』なんだもん。産まれたときからそうで、それは今でも変わらないわ」
「――いや、変わったよ…。俺は変わった。親父が死んで…、この家の当主になった」
彼女は、おやっと思う。

 「それでもお前は俺のことを『若』と―――、以前のままの俺だと言うのか?そんなに俺は変わらないか?まだ親父の足元にも…ウ…」
彼の言葉はなのはの口付けで止められた。

 なのははゆっくり唇を離して彼を見つめながら言った。
「…そうね、親父様にはまだ遠く及ばないわね…。でもあなたは頑張ってるわ。必死に…、早く親父様に追いつこうと。そのことを私もじいもよく知ってる。――焦らなくていいのよ。親父様だって何も初めっからあんな方だった訳ではないわ。あの方にも子供の時があって、色々な事を経て大人になっていったのよ。あなたもゆっくり大人になって行けばいいわ」

 まだ二歳にもならないくせに随分大人びた意見である。
彼女たち猫又の寿命は長い。
そのくせ幼少期はものすごく短いのだ。

 彼女はこれからとても長い青年期を送ることになる。
その間は非常にゆっくりと成長してゆくのだ。
その様子は人間とは大分違う…。

 「ゆっくり…か。それにお前は―――付き合って―――くれるのか?」
「…え?」
「いずれ俺は嫁を迎え入れなければいけない。そう遠くないうちに―――。それでもお前は俺の傍にいてくれるのか?」
「…」
なのははしばらく彼を見つめた後、こう答えた。

 「私は猫だからね…。約束は―――できないなぁ―――」
「……」
なのはもそのことを考えない日はなかった。
いつかは彼は私以外の女のモノになる。
その時私はどうするのだろう?
嫉妬に駆られる?
彼の下を離れる?
それとも……

 「やぁねぇ。そんな今にも死にそうな顔、しないでよ」
彼女は彼の顔を見てくすりと笑う。

 ―――先の事は分からない。それでもきっと―――

 「あなたがそんな顔する内は、あなたの傍にいるわ…。――きっとね」
彼女は彼に再び寄り添ってそうつぶやく。

 「そうか……」
彼もそうつぶやく。
胸に暖かいものが満ちてゆく。
なのはは俺を信じてくれている。
そのことがただ嬉しかった。
それは確かな俺の力に変わってゆく、とそう思った。
これから俺が変わっていくための…
親父に追いついて、追い越してゆくための…

 なのはやじい――、それに郎党や民たち俺を信じてくれる人々。
彼らに支えられて、俺は変わってゆく。
彼らと彼らの住むこの国を守ってゆける存在へと。
この穏やかな日々を守ってゆける存在へと…

 ―――先のことは俺には分からない。それでも必ず―――

 彼は目を閉じる。
さあ、また明日から頑張ろう。
そう心に誓って彼は眠りに落ちてゆく。
なのはの暖かさをその身に感じながら。

【fin】



-モドル-

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