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SS:黒熊

 

薄汚れた街角で彼らは出会った。もうすぐ雪の降り出しそうな、そんな季節。周りにいる大勢の人間の中で、彼らはめぐり会った。

 

 

 人でごったがえした商店街を、一人の女性が歩いていた。足元に届くやけに長いスカートを引きずるようにしている。スカートの裾はボロボロに破れ、汚れている。しかし、外見からは女性かどうかははっきりしない。彼女は薄汚れたフード付のコートを羽織っていて、その顔の部分は陰になって外からは見えなかった。

 彼女の周りを歩く人は、彼女を避けて通る。薄汚れたコートを羽織り、フラフラと足元の覚束ない人間がいることなど、無視するに限る。大勢の人は彼女に気づくと、スッと視線を外し、彼女から距離をとる。大勢の人間がいるはずの商店街だったが、彼女の周りには不自然な空間が生じていた。

 その彼女が店と店の間の狭い路地に入ってゆく。そこは昼間でも薄暗く、じめじめしていた。三階建てぐらいの建物に挟まれて、人が一人通れるぐらいの幅しかない。舗装された表通りとは違って、黒ずんだ茶色のむき出しの土がより一層じめじめ感を演出している。そこには表通りに店を出しているレストランの裏口があり、ゴミ置き場もある。彼女の目的地はそこだった。

 フードが少し動き、ゴミ置き場に目をやった。―――先客がいる。

 店の裏口から降りる階段の脇、表通り側からは陰になって見えないが、そこには三つゴミ箱が置いてある。彼女は以前ここを利用したことがあるのでそのことを知っていた。だが、他の人に会ったのはこれが初めてだ。

近づくのが躊躇われる。―――それはいつも彼女が取ってきた行動だ。他人に関わらない。彼女がまた顔を下げ、元来た道に戻ろうとしたときだった。

「待ちなよ」
声がかかる。彼女は声のした方を見る。今までゴミ箱を漁っていた青年がこっちを見ていた。

薄い茶色の髪はボサボサで、着ている服も汚れきっている。いかにも浮浪者、といった風体だ。だがその目はしっかりと輝いており、青年の心の強さを窺がわせる。こんな目をした浮浪者はこの国ではとても珍しい。

 彼がニッと笑って、話しかけてきた。
「アンタもコレ目当てで来たんだろ?アンタの分もあるぜ?」
ゴミ箱の方をあごで示す。

 彼女は迷った。彼に敵意はないことは判る。さらに彼女はとてつもなく空腹だ。今にも倒れそうな位に。

 ゆっくりと彼に近づいてゆく。彼はまたゴミ箱を漁り始める。あまり彼女に興味は無いらしい。

 三つ並んだゴミ箱の、一番左端を男は漁っている。彼女は右端のを覗き込む。そこはさすが飲食店のゴミ箱。生ゴミに混じって食べられそうなものがたくさん捨ててあった。彼女はそれにためらうことなく手を伸ばし、食べ始める。

 その様子を男は横目で見ていた。
(…女かよ…)
下を向いたフードから、くすんだ紫色の、ウェーブがかった髪が垂れている。彼女はそれを邪魔そうに、たまに払いながらもくもくと食べ続ける。顔は見えないが、髪を払うそれは細くしなやかな女の指だった。どうやら若いらしい。

(ご苦労なこって)
女の浮浪者が珍しいわけではないが、ついついそう思ってしまう。男の自分でさえ大変なのだ。女の身ではやはりきついものがあるだろう。

 この都市は今、浮浪者で溢れかえっている。それは、ここがこの国の首都であり、現在、拡張工事の真っ最中で仕事にありつけるからだ。この国の各地域や、他国からも仕事を求めて貧しい人々が流入してくるのだ。さらにこの国は現在他国と戦争中であり、焼け出された国民や、騎士志願の武芸者などが続々と流れ込んできている。

 

 

 

 「コラーーー!!お前らっ!向こうに行きやがれっっ!!!」
突然裏口が開いて、コック帽をかぶった男が怒鳴る。
「っっ!ヤベっ!」
「……!!」
ゴミ箱を漁っていた二人は弾かれたようにそっちを見る。その手には包丁を持っていた。

 この都市の住人たちの大半は、浮浪者のことを毛嫌いしている。彼らが大量に流入してきてからこっち、治安は悪くなる一方なのだ。住人と浮浪者との間のトラブルは、日常茶飯事だった。

 ダッと駆け出した男は、すぐに急ブレーキをかけて振り返る。そこにはあの女が立ちすくんでいた。包丁を持った男は、階段を降りて彼女に近づこうとしている。
「バカ!早く来いっ!」
彼は女の腕を掴むと、走り出した。

 細い路地の奥へ、奥へと逃げてゆく。後ろからは足音はしない。どうやら追いかけては来ないようだ。

 ―――待てよ、足音がしない?俺の手はしっかりと女の手を握っているのに?彼は後ろを振り返る。

 彼女と目があった。フードはすっかり脱げてしまって、紫の髪がなびいている。そこからは尖った耳が二つ飛び出ていた。彼と目があったのは、片方だけだった。右の目は包帯で隠れている。顔の右半分に巻かれた汚らしいそれは、なんだか痛々しかった。

 彼はすぐに視線を彼女の足元へと移す。長いスカートがうねうねと蠢いていた。
(なるほどね…)
全てを察して、彼は再び彼女の顔に視線を戻す。

 彼がそこで感じ取った彼女の表情は『怯え』だった。それはさっきの怖い親父に対してか、それとも自分の正体がばれたからなのか…。

(ま・間違いなく後者だよな…)
彼は前を向いて、しばし間を振り返った。笑顔で。とりあえず彼女に安心してもらいたかった。

 彼の気持ちが上手く伝わったのか、彼女は彼に引かれてついてゆく。これが二人の出会いだった。

 

 

 

 「あ〜、びっくりしたな?」
彼は立ち止まると、振り返ってそう言った。そこには息を乱した彼女がいる。結構走ったから、当然だろう。対して彼はほとんど息を切らしていない。走り慣れているのだ。

 彼が返事を待っていると、
「…離して…」
綺麗だが、どこか暗い彼女の呟きが返ってきた。
「悪い」
彼はパッと手を離す。

 「…」
「…」
―――沈黙。彼はニコニコして。彼女はそんな彼を見て怪訝そうに。

 その沈黙を破ったのは、彼女の方が先だった。
「どうして…?」
彼女は呟くように尋ねてきた。彼女にしてみれば、分からないことだらけだった。見ず知らずの私を助けてくれた。しかも自分の正体に気づいているのに、笑顔を向けてくる。なんで私を?どうして笑ってるの?どうして?どうして―――?

 彼はとっさに答えようとして、答えが出てこなかった。
「……いや、つい…」
そう、つい助けたのだ。とっさに。特に考えがあったわけではない。
「…うん、つい助けたんだ。とっさのことで…、何も考えてなかったな」
ハハハ、と彼は笑う。

 「キメラ………か」
男は笑うのを止めて、そう呟いた。ビクッと女の体が震える。俯いたまま、震えている。彼はかまわずに続ける。
「……懐かしいなぁ。知り合いにさ、キメラの女の子がいるんだ…。今頃どうしてるかなぁ」

 彼も、キメラに対する世間の冷たさは知っている。それでも彼の知り合いの女の子と、彼女を作った魔術師は、幸せそうに笑っていたっけ。まぁ、稀なケースだったとは思うけど。
「その娘はさ、二本足のマーメイドのキメラでさ…。しょっちゅう水の中に浸かってたっけ。『乾燥はお肌の敵なのよ〜!!』とか言ってさ」
とても楽しげに彼は話す。

 「お前の下半身…、それスキュラだろ?」
そう言うと、いつの間にかこっちを向いていた顔は、また慌てて下を向いてしまう。
「水浴びとかは何処でしてんだ?やっぱ、下流のほうか?」

 この都市には、貫くように大きな川が流れ込んできている。その上流のほうから、貴族や商人たちの高級住宅地が立ち並んでいて、スラム街や、難民居住区などは下流のほうに集中している。また、この都市には下水が配備されていて、生活廃水が流れ込むため、下流のほうはかなり汚れている。

 彼は目の前の彼女や、彼の知り合いのキメラのように、水生生物との合成生物は本能的に水を求めることを知っていた。彼女は答えなかったが、まあ、その汚れたなりを見れば想像はつく。あの濁った川で水浴びをしているようだ。
「ついて来いよ。いい水場、紹介してやるから」
彼はそう言うと歩き出した。

 彼女はその場に立ち止まったまま、彼を見ていた。どうするべきか迷ってしまう。確かにあの汚い水に、人目を忍んでこっそり浸かるのはもううんざりだ。しかし、簡単に他人を信じることも出来ない。まだこの都市に流れ着いて二週間ほどだが、その間にも、またそれまでにも何度も辛酸を舐めてきた。

 だが、彼の言っていた言葉が気にかかる。―――知り合いのキメラの女の子―――。彼の話し振りでは、その娘とはとても仲が良かった感じだ。その娘とどんな話をしたの?彼女は笑ってたの?そんな彼女を作った魔術師ってどんなヤツだった?聞いてみたい―――。

 「…?来ないのか?」
彼はついて来ないのに気づいて、振り返る。彼女はうつむいて、フードを被りなおす。そして男の方へと歩き出した。

 

 

 

 男はどんどん歩いてゆく。たまに後ろを振り返って、彼女がついてきているか確認しながら。高級住宅街を抜けて、大きな城壁に空いた門をくぐる。そこには道が山へと続いていた。山裾と、城壁のわずかな間の平野に、畑が広がっている。道の右手には川が流れていて、それも道と共に山へと続いていた。

 「この山の中に、川をせき止めて作った、小さな池みたいな所があるんだ。俺、そのほとりで暮らしてんだよ」
歩きながらそう男は言った。
「ところでさ、名前、なんての?俺、アンリっていうんだ」
「……ミーア…」
「ふ〜ん、ミーア…ね。ミーアはいつからこの街にいるんだ?」
「二週間くらい前…かな」
「へぇ、そんなもんなんだ。じゃあまだこの街に慣れてないだろ。今日はオヤジが邪魔しやがったけど、あそこってこの街でトップクラスにいいモン捨ててあるんだよな。オヤジの妨害を乗り越えても行く価値はあるよ。でも、実はあのすぐ近くに穴場的スポットがあって………」

 彼は色々話しかけてくる。ミーアの方が彼に色々聞きたいのだが…。

 しばらくしゃべり続けていたアンリの口がやっと止まった。ミーアはすかさず切り出す。
「ねぇ…、キメラの知り合いがいるって…」
「ん?ああ…、この街にはいないけど、昔…な」
「その娘のこと…、教えて?」
彼はふと、遠い目をして、やがてしゃべり始めた。思い出したように、寒そうに体を震わせて。日が翳ってきて、風が冷たく感じられる。

 それからはまたアンリがひたすらしゃべり続けた。とても懐かしそうに。そして少し切なそうに。

 

 

 

 彼はもともと盗賊団の一員だった。もの心ついた頃からそこで育って、生きてゆくために腕を磨いた。その当時仲間だったのが、旅の魔術師と、彼のパートナーであったキメラの女の子だ。彼らの仲はとても睦まじく、仲間内からはよく冷やかされていた。そのたびに彼らは笑ったものだ。とても幸せそうに。

 魔術師は一般的に自分の作ったキメラに対して、同等に接することはまず無い。だが、あの魔術師は彼女をとても大事にしていた。そして盗賊団のみんなも、彼らを仲間として扱ったのである。どうして魔術師が、キメラを大事にするのかは、誰も知らなかったし、聞き出そうともしなかった。

 アンリにとって家族同然だった盗賊団は、三年ほど前に消えてしまった。この国の精鋭の騎士団に討伐されたのだ。父親代わりの団長は討ち取られ、仲間も散り散りになってしまった。最後に魔術師たちと別れるとき、魔術師はこうアンリに尋ねた。
「…これからどうするんだい?」
「…わかんねぇ。親父の仇を討ちたいって気持ちはあるんだ。でも、人様から何かを奪うような生き方のツケが回ってきた、…ってそんな気もするんだ。―――俺はこの後…どうやって…」
「…たぶん、君の後者の考え方が正しいな。…足を洗うかい?」
「―――考えてみるよ…。アンタらはどうするんだ、これから」
「何、また旅を続けるさ」
「一緒に行きましょうよ」
今まで黙っていた彼女は、そう言ってアンリを誘う。
「……遠慮しとく。しばらく一人で考えてみたいんだ…」
彼女は、そっか…、と残念そうにうつむく。
「いつか……また会おうな」
「ええ、約束よ…」
「死ぬんじゃないぞ、アンリ…」
そうやって彼らは分かれたのだ。

 その後彼はこの都市に流れ着いた。初めはスラム街で暮らしていたが、一年ほどで川上にあるこの場所を知って、移り住んだ。今は山に食べ物が少なくて、街に出てきているが、なんとか生きてゆける。街にいる浮浪者たちはこの山に住む、という発想はないようだ。街に必死にしがみついている。まるでそこが最後の希望の地であるかのように。

 だが街での現実は酷いものだ。体力のある者は、まじめに働くか、悪事を働く。特に酷いのはこの都市に集まってくる武芸者だ。戦争中とはいえ士官できるのはごく一部で、その他の大半はゴロツキと大差ない。街で頻発している追い剥ぎや辻斬り、強盗は彼らの仕業だ。戦争中で騎士たちの大半は出払っており、国はなかなかそれらを取り締まることができずにいる。

そして、体力の無い者、悪事を働く勇気の無い者が次々と死んでゆく。冬には凍死者がたくさん出る。寒さに耐えるだけの備えを出来ない者が、バタバタと死んでゆくのだ。凍死はある意味最も楽な死に方でもある。浮浪者の中には、凍死することを期待している者もいるくらいだ。生きる希望と活力を失った浮浪者も街には大勢いるのだ。

 彼は盗賊家業からはキッパリと足を洗った。この山に住めば、なんとか生きてゆくことが出来る。お金が必要なときはその分だけ街に出て働く。彼がここに住む理由は、まず生きやすいという点と、そして街での現実をこれ以上見なくてすむという点だった。

 

 

 

 アンリは淡々としゃべり続け、歩き続けた。山道になって、道が険しくなってくると、息を上げているミーアの手をとって、引っ張りながら歩いてやった。ミーアも黙ってアンリに手を引かれる。

 彼らはやがて開けた場所に出た。そこが目的地だ。巨大な石の壁でせき止められた内側には、水が湛えられている。辺りには葉っぱを落とした木々と、一軒の小屋があるだけだ。水の色は深い緑色で、とても寒々しい色をしていた。

 アンリは横にいるミーアを見た。ここからではフードが邪魔で表情がよく見えない。
「どうだい?なかなかなもんだろ!今は水は冷たいけど、季節ごとに表情の変わる池でさ…、っっいぃ!!?」
突然ミーアが服を脱ぎだしたので、彼は慌てて目を逸らす。水しぶきの音を聞いて、ようやく視線は彼女を探す。

「おーーい!!寒くないのかーーー!?」
水面から答えるようにミーアがジャンプする。遠めからでもはっきり見えた。綺麗な上半身と、しなやかな蛸の足の下半身。そして包帯をしていても判る彼女の笑顔。空中で弧を描くと再び水中に消えた。
(やれやれ…、火の用意でもしてやりますかね…)
彼は小屋に向かって歩き出す。薪はまだ十分にあったはずだ―――。

 その後、ミーアもここで一緒に暮らし始めることとなった。

 

 

 

 ちらちらと雪が空から舞い落ちてきていた。アンリは袋を抱えて家路を急いでいる。袋には食材をたっぷり詰め込んで。四日分の稼ぎで、食料を買い込んだのだ。鼻歌を歌いながら、かなりのご機嫌だ。

 最近、アンリは楽しくて仕方が無い。ミーアと一緒に暮らすようになって、もう一月が経とうとしていた。ミーアが来てからは、アンリは毎日街に出て働いている。日雇いの肉体労働で、決して賃金は高くはないが、二人で暮らすとなると、お金がかかるのだ。

 ミーアはアンリが働きに行っている間、家事をしてくれる。そして、たまにアンリではもう入れない池や、川のさらに上流に行って魚も獲ってきてくれる。ミーアは働き者で、彼はとても助かっていた。

 そしてなにより…。
「ただいま〜」
「お帰りなさい」
―――こうして誰かの待つ所に帰ってくることが、アンリにとってなにより嬉しいことだった。

 

 

 

 「ふう、ごちそうさま」
買い込んできた食材を豪勢に使った鍋物を、しっかり堪能してアンリはお腹をさする。小さなテーブルを挟んだ向かいで、ミーアがくすくす笑っていた。最近ようやくミーアは笑うようになってきた。

 「よく食べるわね」
彼女は食器を重ねながら微笑む。
「お互い様じゃない。ミーアだって同じ位食べてた」
彼がそう指摘すると、
「そ…そうだったかしら…?」
ついっと顔を背ける。こっちからは包帯に隠れた右の頬しか見えないが、きっと左の頬は薄く染まっているのだろう。

 「さて…、体拭いてこようかな。洗い物すんだろ?手伝うよ」
お湯を外で沸かしてお風呂、というのもアリなのだが、いかんせん食べ過ぎて準備が億劫だ。今日は体を拭く程度で我慢しておこう。

 「今日はお湯、沸かさないの?」
ミーアは洗い物の準備をしながらアンリに聞いた。
「うん。そうしよっかな〜と…。入りたかった?」
「ううん、私は…、いいわ」
(入りたかったのかな…?)
ミーアは打ち解けてきたとはいえ、まだどこか遠慮しているように感じられる。まあ、まだ一月目なわけだし…。それも当然、か―――。

 「やっぱお湯沸かすよ。洗い物よろしくね」
アンリにしてみれば、ミーアにはもっと自分の意思を主張してもらいたかった。
「え?…どうして…?」
「いやぁ、こんなに寒くても働いてる最中は、汗だくだからね。それにお湯に入ってから寝たほうが疲れがよく取れるんだよね」
さてと、と彼は手早くお風呂セットを用意する。そうと決まればさっそく準備だ。

 小屋の脇に、街から運んできた樽が置いてある。大人が一人余裕で入れる大きさのものだ。これに水を張って、薪で沸かしてお風呂にするのだ。

 ミーアは池のほとりで食器を洗う。夜の厳しい寒さと、水の冷たさは、キメラの彼女でもちょっと辛かった。手を休めてかじかんだ手をこする。彼女が振り返ると月明かりの下、樽のお湯を沸かしているアンリの後姿が見える。
(また気を使わせちゃったな…)

 一緒に暮らすようになって、すぐに彼の人の良さに気がついた。彼は本当に彼女に対して、無償の優しさを与えてくれる。それにここに来て、自分がキメラだと強く自覚することが少なくなっていた。彼はまったく彼女がキメラであることに、関心を示さないのだ。街中ではいつも人の視線が気になっていた。彼の目にはその色が全く無い。

 だが、ここに来て新しい悩みも生まれた。こんな状況だからこそ生まれた悩み。今までの彼女には思いもしなかった悩みだった。
(……よしっ、今夜こそ…!)
人知れず彼女は固く、決意をする。向こうでアンリのくしゃみが聞こえた。

 

 

 

 ―――深夜―――。

 アンリはベッドで、ミーアはその脇に敷いた布団で寝ていた。当初、ミーアにベッドで寝てもらおうとしたアンリだったが、彼女の強硬な反対にあい、仕方なくベッドで寝ることにしている。寝息は二つ聞こえていたが、突然その内の一つが止まる。

 ミーアは息を殺して、慎重に起き上がる。そして彼が寝ているベッドの脇に立った。灯りを消してしまった小屋の中を、小さな窓からわずかに入ってくる月光だけが照らしている。彼女は意を決して自分が着ている寝巻きのボタンを外し始めた。全部外しきると、ストンと下に落ちて、彼女の裸体が部屋の中に浮かび上がる。

 彼はいまだに寝息を立て続けている。彼女は彼の毛布に手を伸ばして、しばらく躊躇した。小さな期待と、大きな不安がせめぎ合う。彼女は何度も深呼吸を繰り返し、最後に大きく息を吸い込んで、彼の毛布の中に滑り込んだ。

 「っっううわっ!!」
突然ひんやりした何かが自分の体に巻きついて、アンリは跳ね起きようとする。でも体が動かない。彼のすぐ横に気配がある。彼はすぐに冷静になって、必死に自分にしがみついているミーアに気がついた。

「…ふぅ…ビックリした。…どうしたの?ミーア」
彼は優しく尋ねる。すると、
「あ‥あの…その…」
彼女の今にも消えてしまいそうな声が返ってきた。
「…だ…抱いて…くだ………さい」
最後は彼も聞き取れなかった。
「―――いいの?」
アンリはそっと彼女を抱きしめてそれだけを聞いた。彼女は小さくうなずく。

 彼だって朴念仁ではない。今まで彼女が物言いたげに彼を見ていた視線の意味には気づいていた。―――彼が自分を押し倒してくれたら、どんなに楽なのに―――。そんな視線に気づいていながら、なかなか踏み出せないでいた。

 彼女はきっと今のままでは申し訳無いのだろう。アンリの彼女に対する待遇は、今まで経験したことが無いようなものなのだ。そのお返しに、家事や彼の世話を進んでやっているが、それでは足りない気がしてしまう。その他に自分が出来ることは―――体を与えることだけ―――そう思っているのだろう。

 そう思っている反面、ここまで悩んで躊躇ってしまうのは、彼女は拒絶されることを恐れているからだ。それはアンリに拒絶されることが怖い、というアンリにとっては非常に嬉しい理由と、彼女の周りのこの環境が壊れてしまう恐怖があるのだ。もしアンリに拒絶されたらここにはもういられない。それは、再びあの惨めで苦しい生活に戻ることを意味している。そして、キメラである自分を抱いてくれるのか?という不安。

 彼が躊躇っていた理由は、彼女のそんな心が分かっているからだった。もし彼が彼女を求めていれば、間違いなく彼女は体を開くだろう。しかしそれは本当に彼女の意思なのか?彼女が今の生活の対価として、彼に体を委ねるというなら、彼はそれをはねつけてしまうだろう。そして彼女は彼の下から離れてゆく。それは彼にとっても、非常に怖いことだった。

 ―――だからこれだけはハッキリ言っておかないと―――。
「ミーア…俺は君のこと好きだから……。だから君を抱きたいんだ…」
自分に出来ることは、自分の気持ちをはっきりと伝えることだけだから。

 「――――――う‥ん…」
彼女は小さく頷いて、それから彼に抱きついてきた。その目に涙が浮かんでいたが、暗くて彼には見えなかった。でも彼女の気持ちはしっかりと伝わっていた。

 

 

 

 「う……、チュ…、んはっ……、ん…」
唇と唇、舌と舌が熱く絡み合う。ミーアの足がアンリに絡みつき、その体温を吸って暖かくなってゆく。ミーアはそれがとても気持ちよかった。

 ミーアの手がアンリの服を剥ぎ取ってゆく。むき出しになったアンリの胸板に、ミーアは口付けの雨を降らせてゆく。
「…チュっ…。―――ねえ、前から気になってたの…。コレ何?」
アンリは彼女の視線の先にあるものに気づく。
「…俺の『切り札』さ…」
彼の右胸から肩にかけて、そして右の背中全体には刺青が彫られている。そしてそれは近くで見れば、魔方陣といくつもの呪文が刻まれていることに気づく。

 「――切り札?…キャ…!」
アンリの上になっていたミーアを転がして、今度は彼が上に被さる。
「ア…!や…っ、はぁ…」
彼の口が彼女の小さな乳首をついばむ。それと同時にアンリの手は下へと滑って、すこし冷たい蛸の足の部分に辿り着く。

 「ミーアの…、何処にあるの…?」
アンリが聞くと、彼女の顔が暗闇の中でも分かるくらい真っ赤になる。そしてそっと彼の手をとると、そこへと導いていった。八本の足の付け根、その中心にぬかるみを感じた。そこはやはり冷たい。不思議な感じだ。上半身は火照っているのに、下は冷たい。でも感じてないわけでもなくて、そこはびしょびしょに濡れていた。

 アンリは手早くズボンとパンツを脱ぎ捨てた。彼のものはもうはちきれんばかりに腫れている。我慢の限界だ。
「…いいかい?」
彼が聞くと、期待に満ちた目は、そっと頷いた。

 「ん゛ん…!うあっ…、あ゛ぁ…」
ゆっくりと彼のものを埋めてゆく。そこは冷たくて、柔らかくて、ぬめっていた。アンリの背中にビリビリと快感が奔る。彼のものはミーアに包まれて、勝手にビクッ、ビクッと脈動した。それをお腹で感じる彼女は、アンリと一つになった喜びが心を満たし、アァと熱い吐息を漏らす。

 「んっ、ふあぁっ、んん……!うあ…アァ…っ」
腰が止まらない。激しい動きにミーアはただ揺さぶられるだけだ。八本のあしのうち、二本は彼の胸板にしがみつき、残りは彼の腰、足に絡み付いている。両手は頭の下にある枕を握り締め、左の目は堅く閉じられて涙を浮かべている。

 (……あぁ、かわいい…)
アンリは紫の柔らかい髪と一緒に、包帯の上から彼女の右半分の顔を撫でる。そこは彼女が決して見せてくれないところだ。そこに隠しているものが何であっても、彼女に対する気持ちは変わらない、彼はそう強く思った。

 アンリとミーアは次第に上り詰めてゆく。腰の動きは次第に早くなり、しがみついていた足は次第に広がってゆく。
「あ……っ!アン‥リっ…も…っ、ぅあぁあぁ!!」
「はぁ…はぁ…あ゛ぁ!…ミーアっっ!!」

 「いっ…あッああぁぁ……!!」
ミーアの体が強張り、中はこれまでにない程キツくアンリを抱きしめる。
「う゛っ…ミーアッ!!!」
とたんに弾けた彼の精液を、ミーアの中はまるで吸い込むように搾り取ってゆく。ミーアは、彼の熱い液を体の中に感じて、ピンと張っていた足の力をゆっくり抜いていった。

 「ミーア……、俺、今、すごく嬉しいよ―――」
彼の腕の中にいる彼女にそっとつぶやく。すると、彼女は柔らかく微笑んでくれた。
「―――私も………」
それはアンリが初めて見る、彼女の本当に幸せそうな笑顔だった。

 

【To be continued…】


-モドル-

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