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SS:霜月



街から離れた沼のほとりに一人の娘が立っていた。
地味な灰色の外套を脱ぎ捨てると、中に着ていた真っ白い服が風を孕んではためく。
その胸元が大きく開いた服には清楚だが精緻な綾織りがなされており、膨らんだ袖や裳裾の縫い取りまでが見事な物であった。
おそらくは彼女の晴れ着なのであろうが、早朝の薄暗い湿地には場違いなものでしかなかった。

しばらく娘は鏡のように揺らがない水面を見つめていたが、思いつめた表情で靴を脱ぐと裸足になった。
そして靴を揃え直すと、そこに一通の手紙を差し込んだ。
その手紙は家族への侘びの言葉で始まっていたが、大半は自分を捨てた恋人への恨みで埋まっていた。
思い込みと自己憐憫の言葉に溢れ、そんな独りよがりこそが恋人が離れていった理由だということに、彼女が気づいた形跡は全くなかった。


沼の水は意外と透き通っており、かなり先まで浅い水底が見えていた。
娘は赤く泣き腫らした目を上げると、沼に向かって足を踏み出した。
他人に自分の死体を見られたくないと思った彼女は、沼の中央を目指すつもりだった。
しかし沼の底はかなり柔らかな泥であり、ずぶずぶと彼女の細い足は沈んでしまう。
結局10歩と進まないうちに、泥に足を取られて進むことができなくなってしまっていた。

しかもただその場に立っているだけで、泥はじわじわと彼女を呑み込んでいった。
娘は小さな悲鳴を上げるが、もちろん周囲に助けてくれる者などいるはずもない。
ここに来てやっと彼女は幻想から醒めた。
死とは美しく安らかな逃避場所などではなく、醜く苦しい牢獄なのだということに…。


すぐに腹這いにでもなればそれ以上沈む事はなかったであろうが、娘はそこまで思い至らない。
動けば動くほど深く沈み、透明だった水は舞い上がった泥で完全に濁っていく。
数歩先に固い地面が見えているというのに、もう戻ることさえ出来なくなっていた。

その時、娘の足に纏わり付くものがあった。
彼女はウナギか何かだろうと思いながら、こわごわと泥の中に手を伸ばした。
しかし引き出された彼女の手の中には、大きさこそウナギ程だが、頭のないヒルのような生き物が踊っていた。
娘は悲鳴とともにそれを遠くに放り投げると、恐怖に駆られて逃げ出そうともがいた。
だが結局それは身体が沈むのを早めただけであった。

足掻き続けるうちに、彼女は首まで沈んでしまった。
その上その不気味な生き物は一匹だけではなかった。
目も耳も鼻もないものの、それは沼地でもがく愚かな獲物の気配を感じて、次々と群がってきたのであった。

巨大なヒルの群れは服の裾や袖口、そして胸元からヌルリと入り込んだ。
そして娘の肌の上を這い回り柔らかな場所を狙って吸い付くと、身体をくねらせ踊り回る。
彼女の胸の谷間や下穿きの中の敏感な場所も彼らは見逃しはしない。
中には温もりに誘われるまま秘裂や菊門に頭を差し込み、更に奥深くへと潜り込もうとするものまでいた。
そんなおぞましい愛撫を全身に受け、娘は一瞬卒倒しそうになった。

痛みは殆ど感じないものの、無数の口が彼女の血を啜っていることは間違いなかった。
しかしあまりの気持ち悪さに、彼女は自分の手で掴んで毟ることさえできなかった。
何も出来ずに泣き声を上げるだけの娘は、その柔肌を蠢く黒い群れに蹂躙され続けた。


そうこうしている間にも沈み続けていた彼女の身体は、遂には完全に沈んでしまい伸ばされた腕だけが激しく水面を叩いた。
息を止めてはいるものの、それにも限界がある。

その時、指先に固くしっかりとしたものが触れた。
何も分からないままに娘が縋りつくと、それは彼女の腕に力強く絡みつき、一気に泥沼から引きずり出した。

娘は固い地面に投げ出されると、泥を吸って重くなった服をいきなり引き裂かれた。
そしてすぐに彼女の身体に張り付いたヒルが、一匹、また一匹と毟り取られていった。
泥で目が見えない彼女の頭上で、ヒルの捻りつぶされるグチャグチャとした音が響く。

溢れ続ける涙で泥が流れると、娘はようやく目が見えるようになった。
そして仰向けになったまま見上げる彼女が見たのは、巨大な爬虫類の頭だった。


湖沼竜…それは小型の亜竜である。
性格は至って温厚であり、理由もなく人間を襲うことは滅多にないが、娘がそのことを知るはずもなかった。
もっとも小型と言っても『竜としては』小型というだけであり、牛や馬程度の大きさはある。
そのズラリと歯が並んだ口は、間近に見るにはあまりに恐ろしいものであった。
ワニのように大きな口がヒルを毟って食べる度に、いつ自分に噛み付くのかと娘は怯えつづけた。
しかし柔らかな舌が肌を撫で回すことはあっても、鋭い牙が突き刺さることは最後までなかった。


一匹残らずヒルを食べつくすと、湖沼竜は太い尾を使って泥まみれの娘を抱え上げた。
そしてそのゴツゴツとした背中に乗せると沼の中へと入っていった。
怯える娘に対し、竜は泥の上を優雅に滑るように進んでいく。
そしてそのまま沼から大きな湖へと出て、澄んだ水面を力強く泳ぎ続けた。

初秋の湖の水は彼女の身体にこびり付いた血と泥を洗い流してくれたが、容赦なく体温も奪っていく。
指先がかじかんで震えだした頃、竜はとある小島へと到着した。
その島は家が一件建てられるかどうかといった小さな島であった。
一面に青々とした若草が生い茂ってはいるが、木が一本も生えてはいない。
だがその中央にはこんもりと小屋ひとつ分はあろうかという干し草が積まれていた。

それは竜の作った巣であった。
いつ出会えるか分からない、まだ見ぬ花嫁のために毎日少しずつ積み上げたものだった。
竜が寒さに震える娘をその中央に下ろすと、乾いた枯れ草はすぐに濡れた娘の身体から水気を拭い取っていった。
一瞬すえた発酵臭が娘の鼻をつくが、慣れれば内側から穏やかな温もりが滲み出て来るのが感じ取れた。

竜は彼女をグルリと囲むように横になった。
その姿は大事な宝物を取られまいとする子犬のようで、どこか微笑ましかった。
娘の頬に触れる竜の腹は、とてもきめ細かな鱗に覆われていて柔らかく、意外な事に温かい。
娘はこの強面の怪物にも温かな血が流れていることを実感するとともに、先程までの冷たい恐怖感は跡形もなく溶け消えた。
優しい朝の日差しの下で、あまりの心地よさに安らかな眠りに引き込まれていった。


日が中天に昇る頃、ふとももを撫で回されるくすぐったさに、娘は目を覚ました。
見れば湖沼竜が彼女の股間を舐めており、巨大な肉棒がピタピタと頬を叩いていた。
肉棒の先端部分は二股に分かれ、一面に短い棘を生やしている。
棘の隙間を縫うように青紫色の血管が無数に走り、脈打つたびに揺れて彼女の頬に触れていたのだった。

それは湖沼竜の生殖器であり、昨日までの彼女ならば恐怖の悲鳴を上げて逃げ惑ったことだろう。
しかし一度は死を目前にした娘にとって、それは大したことには感じられなかった。
むしろあのいやらしいヒルの群れに比べれば、目前の肉棒の醜悪さなどは可愛いとまで感じられる。

娘はそっと手を伸ばして、竜の生殖器に触れた。
棘は一見痛そうに見えたが実は柔らかく、猫のヒゲのようにしなやかだった。
そのショリショリとした感触が面白く、娘は両手で撫でさすった。
するとそれに合わせるように竜の身体がピクピクと動いた。
くすくす笑う娘とは対照的に、見上げる竜の視線はどこか困っているようにも見えた。


棘だらけの生殖器の先端には大きな双子の栗のように、つるりとした亀頭部が顔を出していた。
指先でクリクリと弄んでいると、透明な体液が滲み出てきた。
娘はその片方をパクリと咥えると、飴玉でもしゃぶるように舌で転がした。
すると鱗に覆われた皮膚の下で、筋肉が痙攣でもおこしたかのように緊張が走った。

しばらく竜は悶えていたが、ついには耐え切れなくなったのか、己の肉棒から娘を引き剥がすと改めて干草の上に押し倒した。
そして既に十分に潤んでいた陰裂の中に、己の分身をゆっくりと押し込んでいった。
挿入する時には抵抗がないものの、少しでも抜こうとすると逆棘が引っかかり、娘の膣に疼く様な痛みが走った。
しかし竜の注挿はゆっくりとしたもので、さほどつらい事にはならなかった。

紳士的な腰の動きとは対照的に、竜の舌は情熱的な愛撫を繰り返す。
それは吸い付くように滑らかでありながら、力強く彼女に奉仕を続けた。
乳房や脇の下は言うに及ばず、耳の中や指先に至るまでありとあらゆる場所で無言の愛を囁く。
指の股を舐められた時など、そこが性感帯になりうることを娘は初めて知った。

熱い吐息の漏れる口にも、当然のように舌は入り込んで来た。
優しい侵入者はためらう様に上顎をくすぐり、彼女の舌に絡んでは焦らすように嬲った。
外から見れば竜が娘を抱え込み、口づけをしたまま眠っているように見えたであろう。
しかしその内側では、濃厚な愛の交歓がなされていた。

今まで娘は、前の恋人の激しく燃えさかるような愛しか知らなかった。
それが燃え尽きた時、愛に殉じる為に自らの命を捨てようとまで思い詰めていたのはつい昨晩のことだった。
しかし穏やかで包み込むようなこの愛の前では、もはやそれすらも霞んで見えた。
日が暮れるまで行為は途切れることはなかったが、終わった時には疲れきっていた娘はそのまま泥のように眠った。


干し草の中で目を覚ますと、娘の前には大きなニジマスとナマズ、沼エビが山と積まれていた。
彼女の為に竜が獲ってきたものであった。
しかし流石に生のナマズを頭から齧ることなど出来ようもない。
沼エビだけは殻を剥けば何とか食べられたが、慣れない生のエビの味は妙に金気臭くて彼女の舌には合わなかった。
幸い小島の裏にはツルコケモモが真っ赤な実をつけており、甘酸っぱいその実は食べきれない程の量があった。

ささやかな食事の後、再び竜は身体を求めてきた。
もちろん彼女はそれを素直に受け入れた。
途中何度か休憩はしたものの、日が沈むまで竜は彼女に愛を注ぎ込み続けた。


娘が島に来て3日目の朝が来た。
食事を終えた娘に、竜は身を屈めて自分の背中に乗るように促した。
おずおずと彼女がその背中にしがみつくと、竜は湖の中へと入っていく。
そして島へ来た経路を逆に辿って、最初に出会ったあの岸辺へと戻って行った。

娘が硬い地面に足を降ろすと、そこにはあの時のままに手紙の差し込まれた靴と灰色の外套、そして泥だらけの布の固まりが落ちていた。
冷えた素肌に外套を纏い、靴を履いてから上を見上げると、竜が首を寄せてきた。
娘は竜の頬を両手で挟み、しばらくジッと見つめあう。
長い長い口づけを交わした後、竜は優しく彼女の手を振り払った。
たたらを踏んで手を伸ばした彼女を振り返ることもなく、そのまま沼へと戻っていった。

お互いに分かれ難い気持ちはあるものの、生きる世界が違いすぎることは分かっていた。
むしろ一部なりとも世界が重なり、そこまで理解しあえたこと自体が奇跡とでもいうべきであろうか。
娘はこの3日間のことがすべて夢ではなかったかと疑わずにいられなかった。
思い返しながらも、手の中の手紙を小さく小さく千切り続けた。
その花びらよりも細かな紙の欠片は、すぐに風に吹かれて飛んでいってしまった。


結局娘は元の生活に戻った。
恋人の元に行っていたとでも思われたのか、3日間の不在は家族にも疑問を持たれることはなかった。
何事もないままに平穏な毎日が続いた。

2週間後、娘は身体の不調に気がついた。
正確には来るべき不調が来ないことに気がついた。
更にひと月後にはそれは確信に変わった。
だから彼女は家を出ることにした。
身の回りを改めて整理しなおし、書き綴った一通の手紙を置くと、彼女は静かに旅立った。

その手紙は家族への感謝の言葉で始まっており、深い思いやりが込められていた。
残される者への配慮がなされつつも、出て行く自分の身勝手さを詫びていた。
しかし敢えてそうしようとする決意と、未来への希望に満ちていた。
だから家族は寂しく思う気持ちはあっても、彼女の残した言葉を信じて心配はしないことにした。

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鬱蒼とした森の中を一組の男女が歩き続けていた。
案山子のようにやせた男と、どこか雌豹を思わせる目つきの鋭い女だった。

「姐さん、もう限界です。少し休みやしょうや」
「休みたければ一人で休めばいいでしょ。私は行くわよ」
「そんな殺生な。オレ一人でこんな所にいたらあっという間に怪物どもの…。
…って、置いてかないでくださいよ、姐さーん」

危険に満ちた森の中であっても、彼女は自分の選んだ道を疑うことなく、前へ前へと歩いていった。


【 fin 】


-モドル-

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