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SS:ヴーク

 

 

 みしり、みしり、と肉が鳴る。
 がちり、がちり、と牙が鳴る。

 そこは、巨大な闘技場であった。
 砂利が混じった、剥き出しの地面を、ぐるりと石造りの壁が囲んでいる。
 その壁は恐ろしく高く、分厚い。
 高さは常人の背丈の数倍はあり、赤黒い染みが、真新しい色味でへばりついていた。

 闘技場の上部は、壁と同じ様に、石を組み合わせた天井が覆っている。
 ドーム状のそれは、巨大な竜が翼を広げても、まだたっぷり余裕がありそうであった。 

 壁と天井のそこかしこにランプがあり、闘技場の空間全体を照らしている。
 ここは、普通の闘技場ではなかった。
 地下闘技場――。

 人間同士の闘いを見せる地上の闘技場とは、全く異なる場所である。
 観客席は隙間なく埋まり、異様なまでの熱気が立ち昇っていた。
 
 その闘技場の、一方のゲートに、獣がいた。

 それは、血のように紅い獣毛に覆われた、一匹の人狼であった。

 みしり、みしり、と肉が鳴る。
 がちり、がちり、と牙が鳴る。

 全身を覆う獣毛が、ざわざわと逆立っていく。
 噴き出したばかりの血を、全身に浴びた様でもあり、燃え盛る炎を、全身に纏っている様にも見えた。
 真っ黒な瞳が、三日月のように、細く尖っていく。

 太い尾が、うねうねと動いていた。
 その尾もまた、血のように紅い。

 長い鼻面が、ひくひくと空気の匂いを嗅いだ。
 埃っぽい、何処か湿った空気である。
 そこに、濃い、血と汗の臭いを、人狼は感じていた。

 ずらりと並んだ牙を剥き出し、亀裂のような嗤いを、人狼は浮かべる。

 太い筋肉の束が、紅い鬣の上からも見て取れる。
 まるで、薄い、しなやかな鋼の板を、何枚も何枚も丁寧に重ねていったかのような、見事な体躯であった。

 人狼の目の前のゲートが、重い音を立てて開く。
 のっそりと、黒い影が這い出た。

 濃い獣臭が、人狼の鼻を突く。
 その黒い影を、闘技場のランプの灯りが照らした。

 牛にそっくりの、巨大な角を具えた頭部。
 逞しい、岩のような隆起を持つ巨躯。
 そして、分厚い刃を持つ、長大な戦斧を、両手で握っている。

 牛頭人身の怪物――ミノタウロスであった。

 どう、と観客席の人間たちが沸く。

 真紅の人狼とミノタウロスという異形同士の闘いに、興奮しているのだ。
 ここは、そういう闘技場であった。
 異形と異形、怪物と怪物が闘う場所なのだ。

 人狼とミノタウロスの視線が、宙でぶつかった。
 ミノタウロスの巨大な体躯の前では、流石の人狼も、小さく見えてしまう。
 ふぅー、とミノタウロスが、生暖かい息を吐いた。

 ごあっ!

 吼えて、ミノタウロスが戦斧を振り下ろす。
 落雷のような勢いと、威力を秘めた一撃であった。
 これを喰らえば、如何な人狼でも、頭蓋を割られ、胴を断たれ、即死するに違いない。

 人狼の黒い瞳が、細く窄まった。
 ふわり、と紅い人狼の身体が動く。
 まるで、ミノタウロスの戦斧の風圧に、煽られたかのようであった。

 ずん、とミノタウロスの戦斧が、闘技場の白い地を割る。
 爆発したかのように、砂利と砂煙が上がった。

 しかし、それだけである。
 ミノタウロスの戦斧には、ただ、固い地面を抉った感触しか届いていなかった。
 牛頭の獣人は、自分の一撃が躱されたことを悟り、急いで斧を構え直そうとする。

 ミノタウロスの肩の筋肉が、みしりと盛り上がった。
 その瞬間――。
 赤い影が、立ちこめる砂煙を巻いて、ミノタウロスに肉薄する。

 人狼の深紅の鬣が、逆巻いていた。
 黒い瞳に、ぎらりとした光が宿る。

 人狼の腕が、ゆらりと上がった。
 鋭い爪を具えた指が、綺麗に揃えられている。
 人間で言うところの、貫手の形であった。

 人狼のしなやかな筋肉が、うねる。
 巨大な嵐を伝える、空気の流れのような動きであった。

 鉈のような爪が生えた足先から、踵、脛、膝、太い大腿部を経て、腰、胴、胸筋、肩へと力がうねっていく。
 そして肩から肘、手首へと力の波が伝わっていった。

 元より、それは悠長に時間を掛けたものではない。
 一瞬である。

 一瞬で、人狼の筋肉の全てが連動し、太い力を、その鋭い爪に伝えていった。
 しっ、と鋭く呼気を吐き、人狼が、貫手を放つ。

 ミノタウロスの固く隆起した肩へ、紅い閃光が疾った。
 びょう、と風が鳴る。

 ざがっ、と異様な音が響いた。
 真っ赤な血飛沫が、派手に噴き出す。
 見れば、ミノタウロスの右肩が、何か巨大な獣に喰われたかのように、大きく抉られていた。

 人狼の貫手。
 それが、ミノタウロスの固い筋肉を突き破り、その肩を抉り飛ばしたのだ。

 おおお、と闘技場の客たちが、どよめく。
 がああ、とミノタウロスが吼える。

 その、ミノタウロスの咆哮を切り裂くように、風が、また、鳴った。
 じゃっ、という音と共に、人狼の左右の貫手が、宙を疾る。

 ミノタウロスが、無事であった左の腕で、巨大な戦斧を持ち上げた。
 その戦斧に、人狼の貫手がぶち当たり、甲高い金属音が、連続して響く。

 息を吐かせぬほどの、人狼の連撃であった。
 それに対して、ミノタウロスが、戦斧を押し付けるようにして、人狼との距離を強引に空ける。

 その距離を縮める間を与えず、ミノタウロスが、戦斧を横に薙ぎ払った。
 だが、人狼も、次の行動を取っている。

 人狼の爪が、闘技場の白い地面を蹴り、その身体が、高く、宙を舞った。
 その真下を、凄まじい勢いで、ミノタウロスの戦斧が通り過ぎる。

 人狼の深紅の体躯が、するするとミノタウロスに近付いていった。
 人狼の折り畳まれていた脚が、伸びる。
 音もなく、それが、あるべき道だとでも言うように、人狼の右脚がミノタウロスの顎先に向けて、疾った。

 人狼の、鋭く、分厚い爪を伴った蹴りが、ミノタウロスの顎を捉える。
 がつん、と重く固い衝撃が、人狼の右脚に伝わった。
 ミノタウロスの下顎部が、砕けたのである。

 同時に、ミノタウロスの目玉が、ぐるんと、ひっくり返った。
 三歩、牛頭の巨躯が後退りする。

 人狼が、砂利を僅かに舞い上がらせ、着地した。
 そこへ、白目を剥いたミノタウロスが、人狼に向かって倒れ込んだ。
 いや。
 倒れたのではない。

 ミノタウロスは、巨大な戦斧を高々と掲げていた。
 ぶん、と戦斧の分厚い刃が振り下ろされる。

 人狼の反応が一瞬遅れた。
 ぶつっ、と衝撃が人狼の右肩に疾る。

 人狼の、炎に包まれたような右腕が、宙を舞った。
 逞しい肩口から、鮮血が飛沫く。

 っじゃぁっ!!

 人狼が吼えた。
 断ち切られた右腕を意に介さぬように、人狼がミノタウロスへ一歩踏み込む。

 人狼の左腕に、力が篭もった。
 まるで、破城槌のような圧力を持って、その左腕を突き出す。

 ずん、と、まず、衝撃が疾った。
 厚い筋肉の層を破り、肋骨を砕き、背中をぶち抜いて、人狼の貫手がミノタウロスの巨体を串刺しにする。
 そして、その爪の先端に、未だ脈動を続ける赤黒い塊――ミノタウロスの心臓――が突き刺さっていた。

 人狼が拳を握り締め、その心臓を潰す。
 びくん、びくん、とミノタウロスの身体が痙攣した。
 ゆっくりと、人狼が左腕を引き抜く。

 今度こそ、ミノタウロスの巨大な肉体が、どうと仰向けに倒れた。
 同時に、闘技場全体が、凄まじい怒号と歓声に包まれる。

 人狼はそれには無関心な様子で、ミノタウロスの屍体を見遣った。
 それから、思い出したかのように、切り飛ばされた自分の右腕の所まで、歩く。
 その右腕を拾い上げて、人狼は、自分の肩口にあてがった。

 ぶちぶちと、人狼の右肩から異様な音が響く。
 人狼の盛り上がった肩にも、右腕全体にも、太い血管が浮き上がった。

 数秒後、人狼が右腕を押さえていた手を離す。
 驚いたことに、人狼の右腕はしっかりとその肩に繋がっていた。

 一部の獣人が持つ、超再生能力である。
 二、三度、人狼は右手を開いたり閉じたりして、感触を確かめた。

 人狼の貌には、何の表情も無かった。
 あの、亀裂のような嗤いも、そこには無い。
 人狼はゆっくりと、自分が出て来たゲートに、戻って行った。
 後には、闘技場を埋め尽くす観客らの、絶叫と喧騒が、残された。

 地下闘技場から全ての観客が消え、祭りの後の虚しさにも似た静寂が、辺りを満たす頃――。
 暗い、石造りの部屋に、紅い人狼は居た。

 床も石畳であり、装飾もなく、家具も何も無い。
 人狼に、寝具や椅子、架台といったものが必要かは疑問だが、それでも、殺風景な部屋であった。
 見ようによっては、牢獄にも見える。
 実際のところ、人狼の目の前には太い鉄格子が並んでいて、人狼の居る部屋と、外を、区切っていた。

 そういう部屋の端で、背中を壁に預けて、深紅の人狼は蹲っている。
 明かりらしい明かりはないが、ぼう、と人狼の赤い影が浮かんで見えた。
 熾火のような赤い光が、人狼の身体の奥から滲み出ている。

「見事な試合だったわね」

 不意に、人狼の前に人影が現れた。
 正確には、奥に狭い通路があり、そこをその人物は通って来たのだが、まるで、闇が人型を産んだように見えたのである。

 深紅の人狼が、僅かに視線を上げ、その人影を見た。
 とは言え、それは単なる一瞥以上ではない。

 その人物は、右手にランタンを下げており、それがここの唯一の光源であった。
 ランタンの淡い光に照らされた人影は、チェニックの上に、幅広の袖のついたサーコートを重ねており、金糸銀糸で彩られたそれは、場違いなほど豪勢である。

 しかし、その衣装以上に、その人物の容姿は際立っていた。
 年の頃は、二〇代後半であろうか。
 若しかしたら、三〇歳に近いのかも知れないが、それを超えてはいまい。

 闇に溶け込むような、長い黒髪が見事であった。
 濡れた光沢を放つ漆黒の瞳が、深い海を想わせる。
 ほんのりと朱の浮いた唇が、白い肌と対象を成して、蠱惑的であった。

 白い蛇が、そのまま人の姿を取ったような、美しさと妖しさを秘めた女であった。
 この女こそが、この地下闘技場の支配人である。
 更に言えば、ここ以外にも、数多くの賭場、娼館、阿片窟を所有しており、その財力と権力は一国にも匹敵する、と言われていた。
 この国の暗部を支配する地下組織の長が、彼女である。

 しかし、人狼は、その女には無関心に、唯、蹲っているだけであった。

 自分の声に応えぬ人狼を気にする訳でもなく、女は、口の端を僅かに上げて微笑する。
 その気配に、人狼が、再び女を見遣った。

「これで、二〇〇戦無敗。将に、地下闘技場の王者ね」

 そのような言葉を、女は呟いた。
 続けて、その朱色の唇を開く。

「何か、欲しいものはある?」
 訊いた。
 人狼が、白い牙をほんの少し覗かせた。
 る、る、る、と低い唸り声と共に、言葉を発する。

「……敵ヲ。モット強イ、敵ヲ」

 それだけを言うと、また、人狼は沈黙した。
 身じろぎさえ、しない。
 その様子に、女はくすりと微笑を漏らした。

「あのミノタウロスを捕らえるのに、どれくらいの費用と時間、それに人材を費やしたか分かる?」

 女の問い掛けは、皮肉のような響きもあり、からかっているような響きもある。
 人狼が、黒い瞳で女を見た。

「契約、ダ。己ニハ、敵ヲ。オ前ニハ、富ト、権力ヲ。違ウカ」
 人狼の視線を真正面から、女は受け止める。
 そこに怯えはない。

「そうね。そう言う約束だったわね。でも……」
 女は、そこで言葉を区切った。
 値踏みするような視線で、人狼の全身を見る。

「貴方が余りに強いものだから、皆、貴方に賭けるのよ。つまり、儲からないと言うわけ」
「……知ラン」

 人狼は、女の言葉に面倒そうに言葉を返した。
 実際、これ以上女と遣り取りをする心算もないのだろう。

 そもそも、地下闘技場へは、観客として入場するだけでも結構な額の席料が必要であった。深紅の人狼の試合がどうあれ、胴元が損を被ることはない。
 そして、人狼にとって、そんなことはどうでもよかった。

 しかし、女の方は言葉を続ける。
「貴方は知らなくても、わたしとしては困るのよ。だから、不足分は貴方に払って貰うわ」
 そう言うと、女はランタンを床に置き、懐から鍵の束を取り出した。
 その内の一際古い鍵を、鉄格子の間の鍵穴に差し込む。

 かきん、と格子の一部が開いた。
 そのまま、臆することなく、女は人狼の居る部屋に進み入る。

 歩を進め、女は人狼の目の前に立った。
 人狼が、興味無さそうに女を見る。

 女が、その唇を、舌の先でそろりと舐めた。
 何処か、挑発的な眼で人狼を見、サーコートと、チェニックを脱いでいく。

 更に、シルクの肌着も脱ぎ捨てると、真っ白な裸体が、闇の中に浮かび上がった。
 女は、ほっそりとしたシルエットであったが、肉が付くべきところにはきっちりと肉が付いている。
 胸は豊満といってよく、たっぷりとした曲線を描いていて、そのうえの乳首は意外なほど綺麗な桃色をしていた。
 腰はきちんとくびれていて細く、その下の女陰は、か黒い茂みに覆われている。

 人狼が、僅かに口を開いた。
「オ前ノ、戯レニ、付キ合ウ気ハ、無イ」
 それだけ言うと、眼を閉じる。
 どうやら、女を無視し、眠るようであった。

「戯れ?」
 女が聞き返すが、人狼は動かない。

「戯れではなくて、本気ならお相手戴けるのかしら?」
 黙したままの人狼に、女は言葉を続けた。
 膝を突いて、蹲った人狼を両手で抱く。

 人狼の紅い頭が、女の豊かな胸の谷間に埋まった。
 もぞり、と人狼が頭を動かす。

「ソレガ、戯レ、ダロウガ」
 人狼の物言いは、飽くまで無機的であった。
 女の、咲き誇る花のような匂いが、人狼の鼻に届く。
 香水と、女自身の匂いが混じった芳香であった。

 不意に、女が人狼と唇を重ねる。
「……ム」
 人狼が、小さく呻いた。
 しかし、女は意に介さず、人狼の牙の隙間に舌を差し込んでいく。

 女は、思い出していた。
 自分と、この深紅の人狼が出会った日のことを。

 それは、十五年前。

 女の父親が死んだ。
 父は、さして大きくもない盗賊ギルドの長であった。
 順当に行けば、彼女が組織を継ぐ。

 しかし、ギルドの幹部らは、唯の少女であった女に跡目を継がせる気は毛頭なく、寧ろ、彼女を排除しようと目論んだ。
 その手から逃れるため、父親の子飼いであった数人の配下に連れられ、女は街を出たのだが――。

 その途上、彼女が乗った馬車は襲われた。
 護衛のはずであった父の配下が、裏切ったのである。
 結局、過去の恩義より、己の身の安全のほうが勝ったというわけであった。

 少女であった女は、裏切られた絶望と、死への恐怖の中で逃げ惑い、知らず深い森の奥に進んで行った。
 そこに、深紅の人狼が、いた。

 その人狼と、女を追ってきた刺客が遭遇し、凄惨な殺戮劇が繰り広げられる。
 刺客たちは、充分な訓練と実戦を積んだ暗殺者だったが、人狼の前に悉く斃された。
 そして、人の手で死ぬのではなく、獣人の顎に喰われるのか、と少女が覚悟したとき、人狼は少女に向かって口を開いた。

「面白イ、技ヲ、使ウ連中ダ。オ前ノ、敵カ」
 震えながら、少女は頷く。
 人狼は重ねて問うた。
「敵ハ、コレデ、全テカ」

 少女が、人狼の言葉に反応できずに黙っていると、人狼はそれを肯定と受け取ったのか、
「……フン」
 如何にも、詰まらなそうに鼻を鳴らす。

 その、人狼の態度に、少女はある考えが浮かんだ。
 そして、それをそのまま少女は口にする。

「貴方は、敵が欲しいの?」
「……」
 人狼は応えない。
 しかし、それは否定を意味する沈黙ではなかった。
 寧ろ、年端も行かぬ少女に自分の胸中を悟られたことへの、苦々しさのように思える。

 少女は、そんな人狼の態度に意を決し、叫んだ。
「じゃあ、わたしと一緒に来て! わたしの周りは、敵ばかりだから……!!」

 それから、もう、十五年。

 この十五年間、深紅の人狼は、『敵』と闘い続けてきた。
 女の命を狙う暗殺者、対立組織の傭兵団、門閥貴族直属の騎士団……。
 それらと、ただ、一向に闘ってきたのである。

 人狼は気付いているのだろうか。
 女が、小さな盗賊ギルドを暗黒の帝国にまで育てるなか、徹頭徹尾共に居たのが、他ならぬ自分だけであることに。

 女は、人狼の口内に自分の舌を差し込み、尖った牙を、太い舌先を味わっていく。
 くちゅくちゅと、濡れた音が、暗い地下に響いた。

 人狼の粘っこい唾液を、女の舌がその上に乗せ、呑み込んでいく。
 その間も、女の唇は人狼の顎を塞いでおり、互いの呼気を吸い込んでいた。
 女の息を人狼が吸い、人狼の息を女が吸う。

 ふう、と女が吐息を漏らし、人狼の長い鼻面から赤い唇を離す。
 人狼と女の唾液が、互いの口を繋ぐ細い橋を形作った。

 女が、人狼の首筋に口付ける。
 そろそろと、女の赤い舌が、人狼の筋肉の隆起をなぞりながら、その逞しい胸板を這った。

 無駄な肉のない、しなやかな人狼の体躯から、獣の匂いが立ち昇る。
 女は、自分の豊かな双丘を、人狼のその肉体に押し付けた。

 成熟した女の持つ、柔らかい感触が人狼を包む。
 そのまま、女は自分の身体全体で、人狼の身体を撫でていった。

 人狼の深紅の獣毛が、女を包む。

 炎に巻かれているような。
 鮮血に浸っているような。

 不思議な感覚が、女の肉を疾る。
 女の肉の奥から、痺れるような感覚が湧き出た。

 ほう、と熱い息が女の赤い唇から漏れる。
 感極まったように、女が、人狼の腰に手を伸ばした。

 人狼の腰のものは、黒々と重たい。
 しかし、女の刺激に変化した様子はなかった。

 ぐにゃりとした感触が女の手の内にある。
 しかし、女は心得たように、人狼のものに、指を絡ませた。
 野太い雄の生殖器が、女の白く、ほっそりした指の上に乗る。

 女の指が、人狼の陽根を上下に滑った。
 ゆっくりとした動きである。

 人狼の男根は、女が両手で握ってもまだ余るほどであった。
 それを丁寧に、丁寧に、女は撫でる。

 親指で、陽根の裏側を刺激する。
 人差し指で、先端をなぞる。

 そういう奉仕を受けても、人狼の表情に変化はなかった。
 寧ろ、女のほうが耐えかねたように、その吐息を荒くする。

 女が、人狼の男根を濡れた瞳で見た。
 そろそろと、女の顔が陽根に近付く。

 そうして、軽く唇を開き、女が陽根の先端を口に含んだ。
 ついばむように、それを吸う。
 先端だけでなく、横にも舌を這わせ、舐め上げていく。

 獣の匂いが、女の舌に広がった。
 女はこの匂いが嫌いではなく、より味わうように、舌を伸ばして顔を上下させる。

 女の唾液が、人狼の陽根全体を濡らした。
 人狼のそれが、徐々に硬度を増していく。

 それを舌先で感じ、女の唇が、妖艶な笑みを刻んだ。
 女が、人狼の陰茎を横から軽く噛む。

 甘い、柔らかな感触を与える噛み方であった。
 それに反応して、人狼の男根がぴくりと動く。

 はっきりした硬さと熱を持ちつつある男根に、女は口付けをし、そのまま、喉の奥までそれを導いた。
 口の中を一杯に埋める生殖器を、女は喉でしごいていく。

 暫くそれを繰り返すと、女は、見せ付けるように、人狼の肉棒を口から引き抜いた。
 その拍子に、硬く反り返った人狼の陰茎が跳ねる。
 先端から滲み出ていた精が飛び散って、女の顔や、絹のような光沢の黒髪にこびりついた。
 それを、女は自分の指で掬い取り、口に含む。

「獣の味ね」
 呟いて、眼を細めた。
 女の視線の先には、人狼の陽根がある。
 それは、既に肉の凶器と言っても良いぐらいの、硬さと角度をもって、そそり立っていた。

 人狼の性器は、人間のそれとは違っていて、先端が尖っていて、太く、長い。
 女が、人狼の腰に跨った。
 自分の手で、人狼の陽根を掴み、肉の裂け目にそれをあてがう。

 女のそこは、既に、雫が垂れるほど濡れていた。
 時間を掛けて、女が腰を沈める。
 女の内の、ぬるりとした感触と共に、人狼の陰茎が呑み込まれていった。

 女が深く腰を降ろしても、人狼のものは根元がまだ余っている。
 それを、女の膣壁が柔らかく締めた。
 まるで、小さな無数の手に愛撫されているかのような感覚である。

「動くわね……」

 女はそう言うと、人狼の返事を待たずに、動き始める。
 その動きに合わせて、女の肉襞が、人狼のものに吸い付いて、くちゅくちゅと音を立てた。
 一番奥のところまで、人狼の陽根の先端が届いている。

 こつん、こつんとそれが自分の胎の奥を叩くたび、女の口から吐息が漏れる。
 人狼の目の前で、女の豊かな乳房が揺れていた。

 不意に、人狼が半身を起こす。
 驚く隙も与えずに、人狼が、女の一方の乳房をぱくりと口に含んだ。

「や、噛んじゃ、だめ……」
 その言葉を無視して、人狼が乳房の先端を牙で突くと、女の肉壁が人狼の陰茎を締め付ける。

「相変ワラズ、此処ハ、弱イナ」
 人狼は、腰を跳ねて、女の膣道を陰茎で擦り上げる。
 人狼が動けば動くほど、女の秘裂から粘っこい愛液が溢れていった。

「ひ、ひあっ、んっ」

 女の声が、切羽詰ったものになっていく。
 ひくひくと切なげに人狼のものを締め付け、女の白い肌が、赤く火照った。

 人狼の鼻腔に、女の発情した芳香が届く。
 女が、肉の奥から湧き上がる快楽に耐えかねて、首を振ると、長い黒髪が綺麗な弧を描いた。

 人狼にしがみつくようにして、女は自分の子宮口に、刺激を求める。
 それに応えるように、長い腕で、人狼は女の身体を抱いた。

 深いところまで繋がって、快楽を交換し合う。
 子宮と陰茎が、どろどろと溶け合うような感覚が、女を襲った。
 同時に、女の肉が今までで一番締まり、人狼の男根から、熱い精液が迸る。
 濃い、どろどろの性汁が自分の胎に流し込まれるのを感じ、女は絶頂を迎えた。

「ねえ」

 女が、人狼を呼ぶ。
 地下牢に似た、石造りの部屋に、人狼と女は重なって寝ていた。
 女と人狼が果ててから、それなりの時間が過ぎている。
 何度も女と情を交わしてきたが、事が終わって、人狼の傍を離れないというのは珍しかった。
 
「何、ダ」
「一つ尋いても良いかしら」

 更に、人狼に何かを問うのも稀有であった。
 声を発せずに、人狼は女の先を促す。

「『敵』らしい『敵』は、もう、わたしの周りにはいないわ。用意できる『敵』が居なくなったら、貴方はどうするの? あの森に帰るのかしら」
 自分では、飽くまで淡々と言った筈だが、人狼にはどう聞こえただろうか。
 対する人狼は、牙を剥き出し、声を立てずに嗤った。

「『敵』ガ、居ナイ、ダト……?」
 人狼は、黒い瞳で女を見た。
 黒々としたこの眼が、恐ろしかったのは十五年前だ。

「今更、聖女ニデモ、ナッタ心算カ。オ前ヲ狙ウ、連中ナド、腐ル程オルワ。ソレニ、ナ……」
 人狼は一旦言葉を区切った。
 元々、この人狼は人の言葉が得意ではない。
 しかし、それだけでないものが、この間を作っていた。

「オ前ト縁ヲ持チ、十五年……。後、十五年付キ合ウモ、悪クハ、ナイ」
 そのような事を、言った。
 その言葉に、女の眼が大きく見開かれる。

「ねえ」

 再び、女が人狼を呼んだ。
 面倒そうに、人狼が女を見遣る。

 いきなり、女が人狼を抱きすくめた。
「ヌ」
 女が、思い切り人狼に口付ける。
 そして、唇を離すと、人狼に向かって笑った。

「そうね、後十五年はお願いするわ、狼さん」
 そう言ったときの女の貌は、まるで、童女のようである。
 だから、人狼は、
「フン」
 と、鼻を鳴らしたのであった。

 ああ、そうだ。
 女は、思う。

 アア、ソウダナ。
 人狼は、思う。

 十五年前の出会いから、敵が絶えたことが、あったであろうか。
 来し方は血に塗れ、行く末も、また、同じ。

 ああ。
 何と愉しきかな、我が生よ。

 共に往こう。

 共ニ往コウ。

 この、獣道。


【 fin 】


是非、作家さんの今後の製作意欲のためにも感想や応援を、メールや拍手、BBSなどによろしくお願いします。 m(^о^)m

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-モドル-