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SS:ヴーク


 
 
 ごとん、ごとん、と規則正しい音が響いている。

 しゅり、しゅり、と規則正しい音が響いている。

 薄暗い、四角い空間であった。
 ここは、馬車の中である。
 板張りの床の上に、薄く木目が浮いていた。
 只の馬車ではなく、たった一つの窓には鉄格子が嵌まっている。
 周囲を囲むのは、外側から鉄の鋲できっちりと留められた、鉄製の板であった。

 鉄格子の隙間から、月光が、射し込んでいる。
 その淡い光が、馬車の中を青白く染めていた。

 囚人を護送するかのような、物々しい造りの馬車である。
 しかし、運んでいるのは罪人ではない。

 その馬車の中、隅に寄り添っているのは、二つの人影であった。
 二人とも、美しい銀色の髪をしている。
 瞳が、青い。
 褐色の肌が、月光に照らされて、浮かぶ。

 耳が、人間のそれとは違って細く尖っていた。
 この辺りでは珍しい、エルフである。

 一人は、歳の頃は二〇代の半ばであろう。
 長い、銀色の髪が、腰までを覆っている。
 青色の瞳に、何処と無く艶っぽいものがあった。
 少し厚めの唇に、自然と朱い色が乗っている。

 咲き誇る、大輪の薔薇を思わせる容姿の持ち主であった。
 その容姿とは対照的な、飾り気のない貫頭衣を身に付けている。

 そして、その膝にもう一人が蹲るようにして、抱かれていた。
 こちらの歳は、十代の始めごろに見える。
 繊細な銀色の髪が、肩口まで伸びていた。
 青い瞳に不安の色を滲ませて、自分を抱く相手を見詰めている。
 本来なら、もっと柔らかな、穏やかな笑みが似合うのであろうが、そう言った表情はそこには無かった。

 まだ蕾の、百合のような少女である。
 もう一人と同じく、袖の長い貫頭衣を身に付けていた。
 薄茶色のそれには、矢張り、装飾などは無い。

 がたん、と馬車が大きく傾いた。
 どうやら、きちんと舗装された道ではないようで、石か何かを、車輪が踏みつけたようである。

 また、しゅり、と何かを削る音がした。
 二人のエルフが寄り添っている、丁度反対側の隅に、もう一つ影がある。

 筋肉で盛り上がった、逞しい背中。
 強い獣毛で覆われた、体躯。
 長い腕と、四足獣のそれに良く似た脚。

 獣人であった。
 頭部は、狼にそっくりで、僅かに開いた口から、ずらりと並んだ牙が見える。
 見事な鬣を具えた、人狼であった。

 全身を覆う獣毛は、豪奢な黄金である。
 鋭い眼光の宿る眼は、宝石を思わせる鮮やかな緑であった。

 その人狼は、左手に木片を握っていた。
 そして、その木片を先ほどから削って、何かを彫刻しているのである。

 しかし、そのための道具を、人狼が手にしている訳ではなかった。
 見れば、人狼の右手の親指から、長く鋭い爪が伸びている。
 何と、人狼はその爪をナイフのように使って、木片を削っているのであった。

 しゅり、しゅり、しゅり……。

 削っていく。
 その右手が、動きを止めた。
 金色の人狼が、木片を自分の目の前に持ってきて、出来具合を確かめる。
 にぃ、と長い顎の端が釣り上がった。
 どうやら、満足のいく出来栄えに仕上がったようである。

 それを、ぽん、と二人のエルフの足元に放り投げた。
 木片は、寄り添いあう人の形をしていた。
 貫頭衣を着た、二人の女性像である。

 正しくそれは、今のエルフ達の姿であった。
 決して写実的な造りではないが、エルフの表情などはよく特徴を捉えていて、なかなかの小品と言える。

「あら、くれるの?」

 髪を長く伸ばしたエルフが、人狼に向かって言う。
 そこには、恐れなどは無かった。
 黄金色の鬣を揺らし、人狼が頷く。

「有り難う」

 艶然と微笑んで、その彫刻を受け取る。
 しかし、余裕のある表情のそのエルフに対し、幼いほうのエルフは不安げであった。

「アルアリーゼ姉さま……」

 ぎゅう、と抱きつく。
 その銀色の髪を優しく撫でながら、アルアリーゼと呼ばれたエルフが口を開いた。

「大丈夫よ、エリアリス。大丈夫」

 そう言って、エリアリスという名の少女の髪を撫で続ける。
 また、がたん、と馬車が揺れた。
 今度はそれだけでなく、馬車自体がそのまま動かない。

 それどころか、鉄の板の向こうから、何やら怒声のようなものが聞こえてくる。
 少女のエルフの瞳に、一際、恐れの色が浮かんだ。

 人狼が、むっくりと身体を起こす。
 びくり、とエリアリスが身を竦めた。
 金色の人狼が、そんな少女に視線を向けて、口の端を上げる。

 まるで、心配するな、と言っているようであった。
 しかし、エリアリスにとっては逆効果であったようで、アルアリーゼの背中に隠れてしまう。
 代わりに、アルアリーゼが人狼に視線を返した。

「何やら、表が騒がしい様子。見て来て頂けるかしら?」

 その言葉に、人狼がる、る、る、と声を漏らし、応える。
 がしゃり、と扉を開けた。

 ごう、と無数の人間の声が入り混じった喧騒が、一気に馬車の中に入り込む。
 そこに、血腥い戦場が広がっていた。

 この馬車を護衛していた傭兵たちが、思い思いの得物を手に、切り結んでいる。
 広刃剣。
 長剣。
 エストック。
 巨大な刃を光らせているのは、クレイモアだろう。
 その他、見たことのある武器も、名前も分からない奇妙な武器も見える。

 そして、荒くれたちが叫びながら、相手に致命傷を与えようと、その金属の塊を振るっていた。
 三十人近くは居るだろうか。

 腕を切り落とされた男が、叫ぶ。
 大剣が、ぐしゃり、と誰かの頭蓋骨を潰した。
 腹にエストックを突き刺された男が、ハンドアックスを滅茶苦茶に振り回している。
 そして、右往左往をした挙句、そのまま倒れた。

 血と、金属と、汗の臭いが入り混じっている。
 流石に、アルアリーゼの顔から血の気が引いた。
 この光景を妹に見せまいと、自分の豊かな胸にエリアリスの顔を押さえつける。

 金色の人狼が、ちょっとした考え事をするかのように、小首を傾げた。
 そして、眼前で繰り広げられる狂乱に気圧される気配もなく、ふわりと馬車から降り立つ。
 砂利の乾いた感触が、人狼の爪に伝わった。

 そこは、白っぽい地肌が剥き出しの、荒れ道である。
 幅は、馬車よりも広いが、二台が擦れ違うことは出来なさそうであった。
 人狼から見て、左手が切り立った岩壁で、右手に橡や楢の樹が並んでいる。
 馬車を引いていた筈の馬の姿は、何処にも見えなかった。
 既に、逃げ出してしまったのだろう。
 頭上に、半月より膨らみかけた月が輝いていた。

 その青い光を、金色の獣毛が綺羅と反射する。
 長い右腕を曲げて、人狼が、自分の鼻面の先にその掌を翳した。

 ざしゅ、と空気を裂く音がする。
 人狼の右手の爪が、一気に伸びていた。
 長く、鋭い。
 丁度、長剣の刃のような長さと、光沢を持っている。

 人狼の巨躯が、動いた。
 剣戟が響くその真っ只中へ、進んでいく。
 丁度、プレートメイルを着込んだ傭兵が、巨大な戦斧を振り下ろし、対峙した相手の胴体を叩き潰しているところであった。

「てめぇ、人狼……ッ!」

 その傭兵が、人狼に気付いて、声を荒げる。
 鮮血に浸った戦斧を、胴体から持ち上げた。

 そうして、肩をいからせ、大股で人狼に近付く。
 瞬く間に、距離が狭まった。
 戦斧の間合いに、人狼が躊躇無く踏み込む。
 その途端、ぶん、と傭兵が戦斧を真横に振るった。

 人狼の顎が、牙を剥き出しにして、笑みを象る。
 曲がった背を、更に折り畳むようにして、戦斧の刃を躱した。
 人狼の鬣の上を、戦斧の厚い刃が重い音を立てて過ぎる。

 その姿勢のまま、金色の人狼の巨躯が、するするとその傭兵に近付いていった。
 長い爪を具えた人狼の右腕が、横薙ぎに払われる。

 かつん、とやけに軽い音が、響いた。

 傭兵の動きが止まる。
 大小様々の傷痕が残るプレートメイルに、細い線が現れた。

 それは、最初、本当に微かな、赤い線であった。
 横一文字の、うっすらとした線――。

 何か、違和感を覚えて、傭兵がその赤い線を手で押さえようとする。
 それよりも早く、その線が太くなっていった。
 そして、ぶしゅっ、とその赤が噴き出す。

「あ、あ……?」

 傭兵が、意味の無い言葉を吐いた。
 その言葉と共に、口からも赤いものが流れ出る。
 大量の、血であった。
 腹から噴き出ているものも、同じく血である。

 自分の身体に起こったことを理解しようと、傭兵が自分の腹を見た。
 首を、頷くように曲げる。
 その動きが、致命傷となった。

 首が下を向くのと同時に、傭兵の背中側にも赤い線が現れる。
 それが、腹のとき以上の速さで太くなり、びゅう、と血が一筋、高く上がった。
 一度きりの、噴水だった。

 ずるり、と傭兵の上半身だけが、ずれる。
 子供が適当に積んだ石のように呆気なく、人間の身体が、二つに分かれて地面に崩れ落ちていく。

 まだ立っている下半身からは、ぼこぼこと血が溢れ続けていた。
 地面に落ちた、その傭兵の顔には、何やら不思議そうな表情が浮かんでいる。

 どうやら、自分に何が起きたのか理解していないらしい。
 ただ、急に視線が低くなったことを、不審に思っているだけのようであった。

「あ、あれ、あ……?」

 何度かそう呟いて、その瞳から生気の光が消える。
 絶命したのだ。
 しかし、金色の人狼は、もう、そちらには何の注意も払っていなかった。

 その先の、剣や、槍や、斧が乱舞する内に歩を進めていく。
 今度は、左手の爪も、しゅっ、と伸びた。

 人狼の口の端が一層吊り上る。
 まるで、楽しい遊びに出遅れて、交ぜて貰おうとしている子供の様な貌であった。

 次は自分の番だ、次は自分の番だ、次は自分の番だ、次は自分の番だ……!

「くそ、一撃かよ!」
「一斉に掛かれば何とかなる! やるぞっ」
「い、いやだ、俺は死にたくねえ」

 口々に、人狼の視線の先の傭兵たちが言った。
 とん、と気負いも無く人狼が地面を蹴る。
 長く、太い、鋼線で出来た蛇のような両腕が、弧を描いた。

 かつん、かつん、かつん。

 軽い音が、連続して響く。
 人狼が、跳ね上げるようにして腕を振るった。
 それに合わせて、人間の身体が、冗談のようにばらばらになって宙を舞う。

 盾を持った左腕。
 グリーブを装着した両脚。
 チェインメイルを着込んだ胴。
 サーリットを被った頭。
 顔の半分。

 そう言ったものが、鮮血を撒き散らして飛散していった。
 その光景を、信じ難い思いでエルフのアルアリーゼは見詰めている。

 こんな。
 こんな、おそろしい生き物が、この世に存在していたのか。
 獣人のことは、アルアリーゼも知っている。
 しかし、ここまで容赦のない、圧倒的な殺戮を可能とするものなのか。

 そんなアルアリーゼの胸中など知るわけも無く、金の人狼の爪が、また、一人の傭兵を脳天から両断する。
 更にその向こうに、別の鎧姿の傭兵がいた。
 バンデッドメイルで上半身を固め、シンプルな作りの手甲と脚甲を身に付けている。
 黒い麻のズボンに、返り血が点々と斑模様を作っていた。

 髪が、乾いた砂そのままの色合いで、かなり長い。
 それを後ろで縛っている。

 髪と同じ砂色をした瞳には、この狂騒の中にあって冷徹な光が宿っていた。
 かなりの長身で、無駄肉の全くない体躯をしている。
 巌のような、凝縮された力がその内にあった。

 獲物の動きを一瞬たりとも逃さず、一撃でその急所を抉る――。
 そんな猛禽類を思わせる男であった。

 その男の周囲を、四人の傭兵が固めている。
 シミターを持っているものがいる。
 バスタードソードを手にしているものがいる。
 モールの長い柄を握り締めているものもいて、グラディウスと呼ばれる小剣を構えているものもいた。

 一方の男が手にしているのは、自分の身長以上もある棍である。
 鋼か何かで出来ているようで、月光を黒く反射していた。

 バスタードソードを持った男が、思い切りその切っ先を突き出す。
 砂色の髪の男が、その剣先が見えないかのように、一歩踏み出した。
 鋼鉄製の切っ先が、男の脇をすれすれに過ぎる。
 相手の腕が伸びきる前に、男が棍を捻り込むように放った。
 
 ごう、と棍の先端が風を切って、バスタードソードを持った傭兵の胸部を激しく打つ。
 びき、と堅いものが負荷に耐え切れず、砕ける音が響いた。
 傭兵の胴体を守っていたはずのブレストメイルに、黒々とした穴が穿たれ、棍が突き刺さる。

 棍の先端が、金属の鎧を破り、その下のチェインメイルを貫き、アンダーコートを裂いて、正確に相手の心臓を潰した。
 こほ、と傭兵の口から、血が吐き出される。

 素早く、その身体から、男が棍を引き抜いた。
 同時に、別の傭兵が、背後から切り掛かる。
 シミターを持った、傭兵であった。
 
 くん、と男の棍が、後ろに跳ね上がる。
 振り向かぬまま、棍の中程を持って、握りの部分を上げたのだ。
 それが、シミターの刃を弾く。
 まるで、後ろに目が付いているかのような、的確な動きであった。

 しっ。

 男が鋭く呼気を吐く。
 その呼気に合わせて、男が振り向きざまに棍を振った。
 金属製の棍の先端が、傭兵の頭蓋を砕く。
 傭兵の白い頭骨と一緒に、ピンク色の脳漿が、飛び散った。

 残りは二人であった。

 しかし、棍を持った男はその二人に構わず、頭を潰された男の脇を走り抜ける。
 その先に、金色の人狼がいた。
 砂色の瞳が、その歪な姿を捉える。

 人狼も男に気付いて、そちらを向いた。
 その緑の瞳にも、男の姿が映る。

 アルアリーゼが、息を呑んだ。
 自分のような戦闘の素人が見ても、あの棍を持った男は只者ではない。

 男が走る。
 人狼も、男に向かって走った。

 そうして、砂色の髪をした男と、黄金の鬣を持った人狼の影が、交叉する。
 しかし、想像されたような衝突はなく、そのまま男が人狼の背後にいた傭兵の脚を、棍で払った。
 ぐしゃ、と何かが砕ける音が響く。

 それをちらとも見ようとせず、金色に輝く人狼が男を追って来た傭兵二人に向かった。
 距離が、詰まる。
 人狼の、二本の腕が撓った。

 グラディウスを持った傭兵が、自分の小剣を上げ、人狼の爪を防ごうとする。
 その、鈍い光沢を持つ刀身が、肘よりも上に上がり切る前に、びゅっ、と傭兵の首から血が噴き出した。
 それと同時に、横にいた傭兵の手が、握っていたモールごと、手首から落ちる。
 何時、人狼の爪がそれを為したのか、斬られた当人にも分からない。

 あがっ、あがががっ!

 手首を失った男の口から、形容しがたい絶叫が上がった。
 その絶叫が、ひゅうひゅうという風きり音に変わる前に、棍を持った男が、脚を払われて蹲る男を見下ろして言った。

「まだ、やるか」

 感情の篭もらない、無機的な声で問う。
 蹲った男の額には、脂汗が浮いていた。

「冗談は止めてくれ。さっきので、膝が砕けた」

 降参だ、という意思表示だろう、手から広刃剣を離して両手を上げる。
 地面に鋼の刀身が転がって、からん、と乾いた音を立てた。

 その音が、やけに軽く響く。
 冷ややかな月光の下、争っていた傭兵たちの動きが止まった。

「まだ、やるか」

 また、男が言う。
 先刻と同じぐらいの声量だったが、今度は目の前の男だけではなく、周囲の傭兵たちに向けてのものであることが分かる。

 幾人かの傭兵が、目配せをした。
 恐らく、以前からの知己か何かなのだろう。

「お、おれは降りるぜ。高がエルフ二匹に命は張れねえ」
「オレもだ。こんな所で死にたくねえよ」

 数人がそう言うと、口々に他の連中も和した。
 そして、得物を手にしたまま、男と人狼から距離を取る。
 そろそろと後退りをして、一定以上の間合いを取ると、一気に走り去った。

 人狼が、逃げ去る傭兵たちを追おうとしたが、男がそれを視線で制す。
 数刻で、その砂利だらけの道には、男と金色の人狼、二人のエルフだけが残った。

「ふん」

 砂色の髪の男が、息を吐く。
 る、る、る、と金の人狼が唸り声を出した。
 それに向かって、男が視線を向ける。

「何で逃がしたか、だと?」

 男が言うと、それに応えるように、人狼がまた唸った。
 る、るる、る、と低い声が響く。

「いちいち、皆殺しにしてられるか。それにな、生き残った連中が、盛大に俺らの宣伝をしてくれるだろうしな」

 るる、る?

「たった二人に逃げました、じゃ格好が付かんだろう。『自分たちも健闘したが、異様に強い人狼と人間に負けました』とか言う話を、やってくれるのさ」

 る、る、る、る……。

「そういうもんなんだよ。傭兵稼業は、風評がものをいうからな」

 男がそう言うと、人狼は何やら納得したような、しないような表情で首を捻る。
 それを見て、男が肩を竦めた。
 そんな男と人狼に、アルアリーゼが声を発する。

「お話は終わりかしら」

 そのエルフの言葉に男が視線を遣った。
 砂の色をした瞳には、感情の色は、余りない。
 しかし、アルアリーゼはそれに怯むことなく、言葉を続けた。

「出来れば事情をご説明頂きたいのだけれど、宜しくて?」

 その言葉と態度に、少しは感銘を受けたのか、男の眼差しに興味に近い光が宿る。
 とん、と手にした棍を肩に担いだ。

「いいだろう。で、何を訊きたい?」

 男が言うと、アルアリーゼが苦笑めいた表情を浮かべる。
 そうして、周囲に視線を向けた。

「その前に、場所を変えて貰えると有難いわ。ここはわたしたちには刺激が強すぎるもの」

 その言葉に、男が改めて自分の周りを見渡す。
 そこには、男と人狼が倒した傭兵たちの死体が累々と重なっていた。
 血臭が、そこかしこから立ち昇っている。

「なら、こっちに来な」

 男が言って、馬車の向こう側に歩みを進める。
 そこには、粗末な荷馬車があった。
 先ほどの戦闘で、それを牽いていたはずの馬は、逃げて、居ない。

 荷台の上には、様々な物が、雑然と載せられていた。
 傭兵たちの、私物なのだろう。

 男が、手にしていた棍を、傍らに置いた。
 荷台から、大きな背嚢を取り出す。

 それが、男の物らしい。
 それに、手早く自分の私物らしいものを放り込んでいった。
 更に、幾つかの皮袋も、紐や金具でその背嚢に結び付けていく。

 傭兵は、自分の財産を基本的に持ち歩くものである。
 そして、その財産は大して嵩張るものではないようであった。

 軽々と背嚢を背負い、棍を手にすると馬車が来た道を逆に進む。
 人狼が、黄金色の鬣を揺らして、それに続いた。

「姉さま……」

 エリアリスが不安に瞳を揺らし、アルアリーゼを見上げる。
 そっと、アルアリーゼがエリアリスの頭を優しく撫でた。

「大丈夫、大丈夫よ」

 そうして、アルアリーゼはエリアリスの手を握り、男と人狼に付いていく。
 暫くして、傭兵の男が、砂利道の脇にあった細い隙間に入った。
 そうと知っていなければ、気付かないほどの狭い道である。
 ほとんど獣道であった。

 肩が触れるぐらいの距離に、橡が並んでいる。
 樹皮から、独特の匂いが鼻孔に届いた。
 がさがさと、落ちた葉を踏み締める音だけが響く。

 誰も、言葉を口にしなかった。
 沈黙が重い。

 アルアリーゼの手の中で、エリアリスの小さな手が震えているのが伝わった。
 しかし、目の前を行く男も、人狼も、黙ったままである。

「ねえ」

 男の背中に、アルアリーゼが声を掛ける。
 振り向きもせず、歩みも止めずに、男が答えた。

「何だ」

 無愛想な、感情の篭もらない声である。
 る、る、る、と人狼が呟くように、唸り声を漏らした。

「貴方たちの名前を聞いてないのだけれど、教えては貰えないの?」

 その問い掛けに、先頭を行く男が、ふん、と鼻を鳴らす。
 ぐ、る、る、とまた人狼が唸った。
 その響きに、男が眉を顰める。
 はあ、と溜め息をついた。

「分かったよ。案外、律儀だな、お前はよ」

 男は、アルアリーゼにではなく人狼に向かって言う。
 矢張り、歩調は少しも変えずに、男は言葉を続けた。

「俺は、ヴァレック。けちな傭兵だ。で、そこの人狼は塵。人語は話せねえが、頭は切れる。これでいいか」

 つっけんどんな言い方で、自分と、獣人の名を名乗る。
 視線は相変わらず前を向いていて、二人のエルフのことを気に掛けている様子は余り無かった。

 そして、ヴァレックと名乗った男はそれ切り黙ってしまい、塵という人狼も、やれやれと言った体で沈黙する。
 また、一向に歩みを進めて行く、ヴァレックであった。

 不意に、視界が開ける。
 今までの狭い獣道から、楕円形をした広場のような場所に出たのであった。
 丁度、腰を掛けるのに良さそうな切り株が三つ、四つ見える。
 地面は剥き出しで、影になった所々を、羊歯が覆っていた。

 奥に、太い丸太を組み合わせただけの、小屋が見える。
 古びていて、誰かが住んでいる気配はなかった。

「あれは?」

 アルアリーゼが聞く。
 それに、塵が先に、く、る、る、と応えた。

「猟師が使う小屋の一つだ。今は誰も使わねえがな」

 ヴァレックが言うと、アルアリーゼの貌に不思議そうな色が浮かぶ。
 そして、その疑問をそのまま口に出した。

「どうして? ここは山奥というわけでもないし、危険な生き物もいなさそうだけど」

 その言葉に、ヴァレックの口の端が僅かに上がる。
 同じく、塵も、牙を見せて笑った。

「昔な、この辺りに、派手な金色の獣人が出たんだよ。それ以来、ここらに寄り付く物好きはいねえ」

 それだけを言って、小屋の中に進む。
 アルアリーゼが、なるほど、と言った表情で首肯した。
 人狼と、二人のエルフがヴァレックに続く。

 その小屋は、中央に竃があるだけの簡素なものだった。
 それ以外には部屋の隅に、薪が何本か散らばっているだけである。
 どさり、とヴァレックが背嚢と皮袋を床に置いた。
 篭手とバンデッドメイルを手早く外し、あの金属製の棍と一纏めにする。

「少々、埃っぽいが、まあ、使えねえ訳でもないな」

 そう言って、ヴァレックが薪を集めた。
 それを、竈に集めて、火を点ける。

 火打石を使っていたのだが、その扱いは中々に上手い。
 傭兵稼業であれば、野宿することも多くなり、火の扱いにも慣れていくのだろう。
 ぱちぱちと、小気味のいい音が小屋に響く。

 燃え上がった炎を挟んで、ヴァレックの前にアルアリーゼとエリアリスが座った。
 獣人の塵は、部屋の隅で炎を見ている。
 緑の瞳に、赤い炎がゆらゆらと揺れていた。

「さてと、何が訊きたい?」

 ヴァレックが眼前の二人のエルフに言う。
 口を開いたのは、アルアリーゼであった。

「最初から、ね。わたしたちは何も知らないから」

 その言葉に、ヴァレックなるほど、と応える。
 暫し、言うべき事を整理して言葉を紡いだ。

「ま、有態に言えば、依頼主が死んだのさ」
「死んだ?」
「正確に言えば、殺されたんだがな」
「殺され……?」

 余り、穏やかではない単語に、アルアリーゼの表情が曇る。
 その表情のまま、ヴァレックに訊いた。

「どう言う事かしら」

 その言葉に、ヴァレックは即答しない。
 何か思惑があってのことではなく、何処から説明すべきか、思案しているようであった。

「『ギルド』は知っているか」

 逆に、ヴァレックが尋ねた。
 乾いた砂そっくりの色合いの瞳に、探るような光が宿っている。

「同業者の組合でしょう? 専門的な知識や技術、利権を守るための」

 淀みなく答えるエルフに、ヴァレックの顔に感心したような表情が浮かぶ。

「人間の社会に詳しいんだな。一般的にはその通りだ」
「一般的? 特殊な場合はどうなるのかしら」

 砂色の髪と、砂色の瞳を持った傭兵が、口の端を上げる。
 的確な質問をする生徒を前にした、老いた導師のような笑みであった。

「この辺りじゃな、『ギルド』って言や、たった一つの組織を指すんだよ」
「一つ?」
「けちな盗みも、やばいブツの売買も、王侯貴族の暗殺も、全て取り仕切る。この国の暗い所を、全部支配しているのが、『ギルド』さ」

 ヴァレックが、淡々とした口調で、恐ろしい事を言う。
 その口調のままで、言葉を続けた。

「俺らの依頼主は、その『ギルド』の幹部だったんだよ。とは言え、中堅所でな、追い越しを掛けようとした訳だ」
「それで?」
「組織で成り上がるには根回しも必要だ。上の連中や、『ギルド』の後ろ盾になってる貴族さまに、あれこれ贈り物をしなきゃならん」

 面倒なことだな、と傭兵は呟いた。
 多分、それが彼の本音なのだろう。

「袖の下は、色々だ。単純に金貨銀貨のこともあれば、工芸品のこともある。或いは――」
「エルフの奴隷、も含まれる?」
「そう言うこった」

 ご名答、とアルアリーゼの質問の体をした答えに、頷き返すヴァレックであった。
 不意に、薪が爆ぜる音が耳を打つ。
 アルアリーゼの背中に隠れていた、エリアリスの細い影がびくりと竦んだ。
 そんな少女のエルフを気に掛けることなく、ヴァレックは話を続ける。

「だが、追い越しの標的になっていた方が、一枚上手でな。あれやこれやの準備が整う前に、肝心の野心家の首を刎ねちまったのさ」

 そう言って、自分の右手で首を掻っ切るような仕種をする。

「お陰で、貢ぎ物を護衛してた俺らには何の当ても無くなった。そしたら、どっかの阿呆が言い出したんだよ。『この辺りじゃエルフは珍しい。そこらの浮かれ宿に売っぱらっても結構な金になるはずだ』とな。後は、あんたらが見ての通りだ」

 そのヴァレックの言葉に、先刻の戦いを思い出したのか、アルアリーゼの表情が曇る。
 あれは、出来れば忘れたい光景であった。
 それを追い払うように、頭を振り、アルアリーゼがヴァレックに尋ねる。

「それで、わたしたちにはどれ位の値が付くのかしら」
「金貨二、三百だとさ。俺らみたいな傭兵が、半年は遊んで暮らせる額だな」

 言いながらも、ヴァレックの口調にはその価値に対する思い入れは薄そうであった。
 しかし、他の傭兵にとっては大きな魅力だったのだろう。
 それが、あの血腥い殺し合いに繋がったのだ。

 ふう、とアルアリーゼが溜め息をつく。
 人間というものが、欲望によって、幾らでも愚かになることを実感してしまう。

「では、本題ね。貴方はわたしたちをどうするお心算?」
「悪いが、他の連中と同じだ。娼館に売って金にする。金貨三百は言い過ぎでも、酒代ぐらいにはなるだろうよ」

 そのような言い方を、砂色の瞳を持つ傭兵はした。
 眼には、相変わらず鋭い眼光が溜まっていて、そこには、優しさや穏やかさはない。
 それに対し、アルアリーゼが何か反駁しようとしたとき、ぐ、るる、と獣の声が響いた。
 塵である。

「何だよ」

 ヴァレックが、塵に向かって訊く。
 人狼が、その宝石じみた緑色の瞳で、傭兵を見た。
 る、る、る、と低い地鳴りのような音がその顎から漏れる。

「何だと?」

 訊き返している。
 それに対し人狼がまた、くるる、と唸って答えた。

「本気か、お前」

 再度の問い掛けに、塵が、また、る、る、る、る、と声を出す。
 精悍といって良いヴァレックの顔に、呆れたような、胡散臭そうな色が浮かんだ。
 そんな貌をした傭兵に、人狼が、唸り声を投げ掛け続ける。

 く、ぐ、る、ぐ、く、と塵が小さな雷鳴に似た声を上げる度、ヴァレックが、それに答えを返していった。
 この、砂漠の色をした瞳を持つ傭兵と、黄金色に輝く鬣の獣人の間には、確かに意思の疎通が為されている。
 しかし、周囲の者が、その内容を判別することは困難であった。

 側にいる二人のエルフには、ヴァレックと塵が何を話しているのか分からない。
 ただ、自分たちの扱いについて、何やら、意見の対立があるようであった。

「ちっ」

 ヴァレックが舌打ちをする。
 そうして、アルアリーゼを手招きした。

「腕を見せてくれ」

 唐突に言われ、アルアリーゼの美しい顔に怪訝な表情が浮かぶ。
 そんな妖艶なエルフを促すかのように、塵が、し、し、し、と声を出した。
 笑うような、楽しむような、響きの声である。

 それに背中を押されて、アルアリーゼが貫頭衣の袖を捲くった。
 細さと、女の柔らかさを具えた手首から肘が見える。
 そして、そこに見事な入れ墨があった。

 奴隷商が、自分の商品に施すような単純で荒っぽい代物ではない。
 複雑な文様と優美な曲線を描く、一個の美術品のような入れ墨であった。

「成程」

 その見事な文様を一瞥し、ヴァレックが呟く。

「どういうことかしら」

 アルアリーゼが、自分の腕を袖に仕舞いながら、尋ねた。
 ぱちん、ぱちん、と火が爆ぜる。
 真っ青な瞳が、傭兵を見詰めた。

「あんたに言う必要はないな」

 情味のない眼差しで、ヴァレックが答える。
 その言葉に、エルフの切れ長の眼が、すう、と細くなった。

「そうね。わたしたちには、貴方たちに対抗する手段はないものね。つまり――」

 その貌に、何処か余裕のある笑みが浮かぶ。
 後一手で詰む、と言う瀬戸際で、不意に逆転の妙手を閃いた指し手のような表情であった。

「貴方が何を考えているのか、あの獣人が貴方に何を伝えたのか、それをわたしたちに教えるかどうかは、貴方の度量次第ということになるわ。さて、貴方の器は如何ほどかしら」
「……」

 エルフの、獲物を前にした猫のような表情に、ヴァレックが憮然とする。
 ち、と先刻と同じ様に、舌打ちを一つ吐き出した。

「ふん、度量? 度量と来たか」

 二度繰り返して、じろりと二人のエルフを睨む。
 その視線に、アルアリーゼの後ろに隠れていたエリアリスが身を強張らせた。
 その動きに合わせて、肩口まで伸びた銀色の髪が揺れる。
 月光を含んだ銀片が、その周囲に舞ったようであった。

「良いだろう、教えてやる。塵はな、あんたらを故郷に送り返してやろうと、言い出したんだよ」

 唇を少々歪め、ヴァレックが言う。
 その言葉に、二人のエルフが目を見開いた。
 願っても無い話である。
 この異郷の地で、人間たちの慰み者になる末路から開放され、自分たちの生まれた場所に帰れるのだ。
 しかし、アルアリーゼは直ぐに自分の表情を平静なものに戻す。

「有難いお話だけれど……。あちらの人狼がそんな風に考えたのは何故かしら」

 訊いた。
 尤もな疑問である。
 自分たちを生まれ故郷に連れて行くことに、どんな利点があると言うのか。

「先ずは、リスクだな。あんたらは『ギルド』の元幹部、それも負けた方が仕入れた密輸品だ。そんな曰く付きの商品を好んで扱うヤツはいねえし、いたとしても、安く買い叩かれるのが落ちだろう、ってのが塵の言い分だ。下手すりゃ、『ギルド』に狙われかねんからな」

 そこまで言って、ヴァレックは一旦、言葉を切った。
 自分の言葉を、エルフが理解するための間を取ったようである。

「だが、あんたらを故郷に戻せば、『ギルド』も手は出せねえ。塵の言葉を信じるんなら、あんたらは、エルフの王族らしいしな」
「……」

 王族、と言う言葉に、アルアリーゼとエリアリスが一瞬、呼吸を止めた。
 二拍ほどの間を置いて、そろそろと年長のエルフが口を開く。

「どうして、そんな風に考えたのかしら」

 ふん、とヴァレックは鼻を鳴らした。

「その証が、腕の刺青なんだろう。素晴らしく精巧だな」

 ヴァレックは自分の右腕を指差して言う。
 しかし、その口調には言葉通りの響きは無かった。

「余り、信用してはいないようね」

 努めて平常心を保ちながら、アルアリーゼが言う。

「まあ、確かめようがねえからな。塵が言うには、西のエルフ王が似たような刺青をしていたらしいが、確証がねえ。俺は、エルフの習俗には無知だからな」

 そう語るヴァレックの表情は、全くの実務家のそれで、何処かの豪商か、執政官のようであった。
 冷静で、きっちりと自制が効いていて、隙が無い。

「それ以外にも、気になることがありそうだけれど?」
「そりゃ、な。俺が、塵の話に乗り切れねえ理由は四つだ。一つ、先刻も言った通り、あんたらが本当に王族なのか。二つ、そうだとして、あんたらの一族をどうやって探すか。三つ、探し当てて、あんたらの一族がこっちの取引に応じるのか。四つ、そもそも、あんたらの故郷まで辿り着けるのか」

 丁寧に、指折り数えて示すヴァレックである。
 そんな傭兵に、アルアリーゼが真剣な眼差しを向けた。

「では、結論を聞かせて頂きたいわね。貴方はわたしたちをどうするお心算?」

 再度の問い掛けに、乾いた荒地に似た色の瞳で、ヴァレックが視線を返す。
 傭兵が発したのは、短い一言だけであった。

「さあな」
「ふざけているの?」
「思案中ってこった。一晩、考える。明日の朝にあんたらの取り扱いを決めるさ」

 それだけ言うと、ヴァレックは口を噤んだ。
 話は以上だ、ということらしい。

 と、傍らでじっとしていた塵が、唸り声を発した。
 る、る、るという、低い声には、怒りや苛立ちはない。

「何だよ、塵」

 る、る、う、るる。
 人狼が唸る。

「は? 腹が減った?」

 訊き返すと、こくこくと塵が頷いた。
 その仕種に、ヴァレックが小さく溜め息を漏らす。

「一晩ぐらい我慢しろよ」

 そのように諭すヴァレックであったが、塵はぶんぶんと首を振った。
 くるるる、とまた、小さな雷鳴のような声を出す。

「分かった、分かった。森で何か獲ってくりゃあ良いだろ」

 それを聞いて、塵の長い牙がちらりと覗いた。
 獣独特の、荒々しいものを含んだ笑いである。
 その貌のまま、塵は愉しげに立ち上がり、早速、小屋の外に出ようとした。

 そんな人狼の様子に、やれやれと言った風情で、ヴァレックも身を起こす。
 床に置いた背嚢から、細い棒や、小さな皮袋、さらに毛布を取り出した。
 どうやら、釣りの為の道具のようである。
 夜釣りでもやろうというのだろう。

「あんたらはどうする」

 ヴァレックが気楽な口調で、二人のエルフに尋ねる。
 不安の色を浮かべたまま、エリアリスが自分の姉を見遣った。

「わたしたちを放っておくの? 逃げ出すかも知れないわよ」
「この夜中に、森やら、廃道やらを抜けてか? 只の狼や熊でも、エルフの娘ぐらい喰い殺せるんだぜ」

 脅しでもなんでもなく、ヴァレックは告げる。
 実際、森は危険な場所であり、飢えた野生の獣に襲われる旅人も少なくない。
 辺境に潜む、魔獣、妖鬼ばかりが、人間や亜人の脅威ではないのだ。

「第一、人間の街まで出られたとして、そこからどうする? 当てはあるのか?」

 畳み掛けるように、問う。
 そこまで言われて、アルアリーゼも、ヴァレックの無頓着とも取れる言動の根拠を理解した。
 要するに、自分たちは見えない鎖に繋がれているようなものなのだ。選択肢など、殆ど無い。

「わかったわ。では、わたしはそちらの人狼と一緒に行こうと思うのだけれど、宜しいかしら」

 その発言に、ヴァレックや塵よりも先に、妹のエリアリスが驚きの表情を浮かべる。
 傭兵の、情味の無い砂色の瞳が、すっと、細まった。

「どういう心算だ」
「あら、これから食事の準備をするのでしょう? 外に出て、ハーブでも採って来ようかと思っただけよ」

 屈託無く、アルアリーゼは言う。
 暫く、油断の無い目付きでそんなエルフを見ていたヴァレックであったが、直ぐに、肩を竦めて一言だけ呟いた。

「好きにしな」

 そして、釣りのための道具と、その他の細々したものを袋に入れて担ぎ、小屋の外に出る。
 塵と、アルアリーゼがその後に続いた。

「エリアリス、ここで大人しく待っていてね。外に出ては駄目よ」

 こくんと、少女のエルフが頷く。
 ぱたん、と軽い音を立てて、木製の戸が閉まった。

 外に出てみれば、月が大分傾いている。
 星が、天をびっしりと埋めていて、美しいというよりは、何処か怖い。

「塵、そのエルフのお嬢さんを見てやれよ。お前と違って、ちょっとしたことで直ぐ死ぬんだからな」

 ヴァレックが、相棒の人狼に言った。
 く、く、と笑うような声で塵が答える。

 その返答は、余り真剣味のあるものではなかったようで、ヴァレックの貌に呆れた表情が浮かんだ。
 二、三度、頭を振って、やれやれと呟く。
 しかし、塵のほうは上機嫌で森の奥に進んで行った。
 それを、アルアリーゼが追って行く。
 一応、塵もエルフの歩みのことは考えているようで、時々立ち止まっては振り返り、アルアリーゼを待っていた。

 それを暫く見送ってから、ヴァレックは丸太小屋の後ろに回る。
 丁度、小屋の真後ろに、暗がりに横たわった蛇のような道が、続いていた。

 此処に来るまでの獣道よりは、広い。
 しかし、誰かが使っている様子は無く、地面を苔や枯れ葉が覆っており、太い木の枝が無遠慮に道の上に突き出してもいた。

 その様な道へ、ヴァレックは明かりも持たずに歩を進める。
 空には月があり、星も輝いてはいるのだが、しかし、夜の森の暗さである。
 余程、夜目が利くか、この道に慣れていなければ、顔を枝に打ち付けたり、苔むした石に足を取られたりするところであろう。

 ヴァレックはと言えば、まるで、昼間の散歩道でもあるかのような、確かな足取りであった。
 突き出した枝を無造作に折り、邪魔な石は軽々と持ち上げ、脇にどける。
 そのようにして進んでいくと、道の先から、水の音が響いてきた。

 せせらぎの音である。
 ヴァレックは、特に歩みを速めることなく、黙々と進んだ。

 直ぐに、その水の音の源である渓流が現れる。
 手ごろな幅と、流れの川で、釣り好きの人間を満足させるに足る渓流であった。
 腰を下ろすのに丁度良い、平たい石が岸から突き出ている。

 最初にヴァレックがしたのは、竈を作ることであった。
 とは言え、適当な石を組んで、囲んだだけのものである。
 枝を集め、火打石で器用に火を点ける。
 そして、皮袋から小さな鍋を取り出すと、川で水を汲んだ。

 竈の上に枝を渡し、その鍋を引っ掛ける。
 それから、平らな石の上に毛布を敷き、座った。

 釣竿に糸を結び、針を付ける。
 重りは、そこらにある小石だ。
 餌は石の裏にいる虫を使う。

 ひょい、と竿が振られた。
 するすると、虫を引っ掛けた釣り針が、暗い水面に呑まれていく。

 後は、待つだけである。
 いや、勿論、釣りというものはそんな単純なものではなく、様々な技術や駆け引きが必要なのだが、今のヴァレックにはそのような技巧を弄して魚との知恵比べを楽しむ算段はなかった。

 考えねばならないのである。
 つまり、あのエルフの姉妹を、その故郷まで送り届けるべきか、否か、ということをであった。
 ヴァレックの、冷静な部分はあっさりとその案を却下している。
 あのアルアリーゼに言った通り、不確定な要素が多過ぎであった。博打と言うのもおこがましい。

 しかし、そう思うのなら最初から、塵の提案を断っていればいいのである。
 塵とヴァレックの付き合いは長いが、それはそれだけのことだ。絶対ではない。
 何なら、あの姉妹の内どちらかをヴァレックが女衒に売り払い、もう一人を塵が連れて行っても良いのだ。
 そこで、塵と袂を分かつことになっても、仕方のないことである。
 恐らく、それが合理的な判断、と言うものであろう。

 しかし、とまた、同じ単語がヴァレックの脳内に浮かんだ。
 その合理的というところに、唯々として首肯しかねるものも、ヴァレックの内にある。

 何故であろうか。
 何が、ヴァレックの判断を迷わせているのであろうか。

 良く、分からない。
 情でも移ったか、とも思うがそれは有り得ない。
 何せ、あのエルフの姉妹とは今まで碌に話もしていなかったのだ。ほとんど、今日が初めての会話であるし、妹のエリアリスとか言う少女とは、未だに単語を交わしていない。

 詰まるところ――。

 俺は、無謀な博打を打ちたいのだろうか。
 そのように思う、ヴァレックである。

 自分の、大して長くも無い半生を思い出す。
 確か、初めて戦場に出たのは十二かそれぐらいであった。
 詳しい年齢は、自分の生れ落ちた年を知らないので不詳だが、まあ、それぐらいであろう。

 以来、十年以上、戦乱を飯の種にして生きて来たのである。
 無論、常に戦場に居たわけでもなく、偶に護衛の真似事をしたり、安酒場の用心棒もどきをしたりもしたが、結局、荒事が付いて回ることしか、生業としていない。

 そのような人生で学んだことは、生き延びることが最優先である、ということであった。
 当たり前といえば、当たり前のことではある。死ねば、それで終わりだ。
 そして、生き延びるためには、無茶・無駄・無理はしないことが鉄則であった。
 無謀など、もっての外だ。

 しかし、しかしである。

 俺は、その無謀なことをやってみたいのだろうか。
 エルフ二人を連れて、何処とも知れぬ彼女らの故郷を目指し、大陸を、往く。
 そういう、当ての無いことを、一度はやってしまいたいのだろうか。

 例えば、自分がこのまま傭兵稼業を続けたとして、どうなる。
 騎士などになれる出自ではない。
 今更、宮仕えなどをする気もない。
 まして、金を貯めて、酒場や宿屋を開く気にもなれなかった。

 では、どうする。

 また、自問する。
 結局、このまま、ゆるゆると生きて、何処かの戦場で果てるのか。
 それとも――。

 そのように思考の迷い道をぐるぐると巡っていると、ヴァレックの背後で、がさり、と物音がした。
 ヴァレックは落ち着いた態度で、振り返る。

 そこに、エルフの少女がいた。
 エリアリスである。
 何時も、姉のアルアリーゼの背中に隠れていた、あの少女であった。

「小屋に居ろ、と言われただろう」

 第一声は、それであった。
 少女が、暫し躊躇った後、口を開く。

「あの、お話が、したくて……」

 瑠璃の鈴を鳴らすかのような、小さく、心地よい声であった。
 その語尾が、不安で震えていなければ、最良であったろう。
 しかし、ヴァレックは感銘を受けた様子も無く、川面に視線を戻したのみであった。

 さらさらと、水が流れ続ける音が耳を打つ。
 沈黙が続く。

「座らねえのか」

 ぼそり、とヴァレックが言った。
 愛想の無い台詞と、言い方であった。

「え、あ、はい……」 

 言われて、遠慮がちにヴァレックの隣に座るエリアリスである。
 火に近いほうを空けたのは、ヴァレックなりの気遣いであろうか。

 また、沈黙が続いた。
 ヴァレックとエリアリスの間は、子どもが一人座れるぐらいの隙間がある。
 相変わらず、ヴァレックは釣り糸の先を見ているだけであった。

「よく、此処が分かったな」

 また、ぼそりと、ヴァレックが言う。
 ほとんど、独り言のような口調であった。
 それで、エリアリスの反応がやや遅れる。

「道に、だれかが通った跡が、ありましたから」

 何とか、それだけを口にした。
 折れた枝や、石をどけた窪みが、此処までの道のりを教えてくれたと、エリアリスは言う。

「へえ」

 こんなエルフの少女が、きちんとした観察眼を持っていることに、ヴァレックは感心したようである。
 しかし、エリアリスは灯りらしいものも持ってはおらず、その点を、ヴァレックは再度尋ねた。

「わたしたちエルフは、暗闇でも、目が見えるのです」

 そのようなことを、エリアリスは言う。
 そう言えば、そんな伝承があったな、とヴァレックは思い出していた。
 一時、身を寄せていた傭兵団にもエルフの女戦士がいて、同じ様なことを語っていたように思う。
 その時は、酒の席ということもあり、軽く聞き流していたのだが。

 そうして、ヴァレックは、また、黙った。
 余り、この少女と話を続ける気はないらしい。

 川面へと伸びている細い糸には変化は見えず、ヴァレックの手元に何の当たりも感じられなかった。
 場所が悪いのか、餌が悪いのか、或いは、腕であろうか。
 まあ、構わんさ。
 そんな風に考えているところへ、また、小さな声がおずおずと掛けられる。

「あ、あの」

 今度は、声を発さず、ヴァレックは視線だけをエリアリスに遣った。
 冷たい、感情の感じられない砂色の瞳が、少女の痩身を映す。

「あの、お願いが、あるのです」

 その視線に気圧されながらも、エリアリスは言葉を続けた。
 矢張り、ヴァレックは返答をしない。
 無関心な風に、エルフの言葉を待っているだけであった。

「あの、わたしたちを、その、西へ連れて行ってはいただけませんか」

 そう言った。
 ヴァレックが、口を開く。

「西?」
「は、はい……」

 消え入りそうな声で答えるエリアリスである。
 暫し、ヴァレックは黙考した。

 思い出すのは、アルアリーゼの腕にあった刺青である。
 確かに塵は、それを『西の』エルフ王のものに似ている、と言っていた。
 詰まり、本当にアルアリーゼとエリアリスはエルフ王の血統で、その故郷は西にあるのだろうか。
 勿論、このエルフの少女がヴァレックの言ったことを覚えていて、敢えて、西という単語を口にした可能性もある。
 それはそれで、この少女が存外に抜け目の無い交渉者であるということで、ヴァレックには興味深い。

「その件は検討中だ。言っただろうが」

 相変わらず、素っ気ない言い方をするヴァレックであった。
 そして、また、釣り糸の先に視線を戻す。
 棹を、上げた。

 水中から出て来た釣り針を手元に引き寄せると、餌の様子を確認する。
 針に刺された、細長い蚯蚓のような虫は、中身が流れ出していて、ぺちゃんこになっていた。
 これでは、魚を誘き寄せる役は為すまい。

 慣れた手つきで、ヴァレックは役目を終えた餌を外し、また、新たな虫を付ける。
 再び、手首を返して、それを川へと投じた。

 ちゃぽん、と水が跳ねる音がする。
 それを、只、眺め遣るヴァレックであった。
 言葉を発しない。

 また、重たげな沈黙が降りた。
 川の水が流れる音と、葉擦れの音だけが耳に届く。

「あの……!」

 エルフの少女が、声を絞り出した。
 掠れたような、意を決した声である。

 じろり、とヴァレックがエリアリスを見た。
 鉱物が眼を持って、視線を放つとするとしたらこうであろうと言う様な、眼差しである。

「お、お願いします。姉さまとわたしを、わたしたちの森まで、送り届けて下さい。も、もし、そうしてもらえるのなら、その……」

 エリアリスが、口篭もった。
 俯いて、地面を見る。

「わたしを、好きにして下さって、構いませんから……」

 両の拳を膝の上で握り締め、小さく震えながら、エリアリスは言った。
 彼女としては、必死になっての発言であったのだろう。
 しかし、それを聞いたヴァレックの顔に浮かんだのは、冷厳な表情であった。
 口の端を、歪める。

「あんた、何か勘違いしてるんじゃねえか」

 突き放すように言った。

「え……」
「俺が興味あるのは、あんたの身体が幾らになるかってことだ、あんた自身じゃねえ」

 まるで、老練な古美術商が、他愛の無い贋作を評するときのような、冷めた物言いであった。
 その口調と態度のまま、ヴァレックが続ける。

「第一な、あんたをどうこうするのに、許可なんぞ要らねえんだ。今、ここであんたを押し倒して、ぶち込んでやったっていいんだぜ」

 粗暴な言い方をヴァレックはした。
 多分に、芝居がかった言い回しであったが、エリアリスには充分であったようだ。

 エルフの少女の顔から、血の気が引いていく。
 実際、ヴァレックがその気になれば、エリアリスには抵抗しようが無い。
 夜の、真っ暗な森の中で、荒っぽい傭兵と二人きりなのだということを、今更のように思い出した。

 全身が、震える。
 身体から、全ての熱が奪われたかのように、体温が下がっていった。

 そのような、怯えきった様子のエリアリスに、ヴァレックが溜め息を一つ漏らす。
 それから、ち、と舌打ちをした。
 エリアリスに向かって、と言うよりは、こんな少女に対して脅しつけた、自分へのものらしい。

「安心しろ」

 憮然とした貌で、ヴァレックが言った。
 成るべく、平板な声色になるよう、意識する。

「無理矢理ってのは、趣味じゃねえ。暴れられても面倒だし、喚き声だの、叫び声だの聞いてたら、勃つもんも勃ちゃしねえよ。萎える」

 そのような事を、ヴァレックは言った。
 ぷいと、前を向いて、再び水面を見遣る。

 何をやっているんだ、俺は、と思う。

 自分が、この少女に馬鹿な脅しを掛けたこともそうだし、それを取り繕うような発言をしたことも、そうである。
 出来れば、直ぐにエルフの少女には立ち去って貰いたかった。
 実際、もう用件はないであろうから、さっさとあの小屋に戻るべきだろう。

 しかし、当のエリアリスには動く気配はない。
 じっと、ヴァレックの隣に座ったままである。

 そろそろ戻った方がいいんじゃねえか――、とヴァレックが口を開きかけたとき、エリアリスが声を発した。

「あの、ヴァレック、さん……」

 先刻と同様の、しかし、幾分か落ち着いた色を含んだ声である。
 それで、ヴァレックも釣竿を傍らに置き、きちんとエルフの少女に向き直って、次の言葉を待った。

「もし、もし、ですけど」
「あん?」
「もし、わたしが、暴れたり、嫌がったりしなかったら、どうですか?」
「……」
「それなら、とりひきに、なりますか」

 とりひき、と異国の料理名のようにたどたどしく言う、エリアリスである。
 そんな少女を、本気か、と言うより、正気か、と尋ねたげな表情でヴァレックは見た。

「あんた、自分が何を言ってるか、分かってるのか」
「はい、あの、分かっているつもりです。ど、どんなことをされても、我慢します。だ、だから……」

 そう言って、じっとヴァレックを見詰めるエリアリスであった。
 今度は、俯いて視線を逸らしたりはしない。
 ヴァレックとしても、ここで自分から視線を外すわけにも行かず、結果、じっくりとこのエルフの少女の容姿を観察することとなった。

 繊細な、銀糸を編んだかと思わせる髪が、肩口まで伸びている。
 その儚げな銀髪が、星明りをうっすらと纏ったかのように、夜闇に映えていた。

 そして、大きめの、青い瞳。
 清浄な空の色を、そのまま溶かし込んだように、澄んでいる。
 その奥にあるのは、不安と恐れであった。
 しかし、それ以外のものも、その瞳には見える。
 きちんとした、決意と呼んでいいものが、そこにはあった。

 滑らかな頬には、僅かに朱が乗っている。
 自分が言ったことを、ある程度にせよ、理解している証拠であろう。

 将来、美姫と称されることは確実な鼻梁の線と、小さい花弁の如き唇が、愛らしい。
 そして、エルフ特有の細長い耳が、今は、怯えた犬のように下がっていた。

 喩えるなら、その内に甘い香りを包んだ、花の蕾であろうか。
 美しく咲き誇ることを約束された、清楚な花をヴァレックは想像し、らしくねえ、と独り、自嘲した。

 さて、どうするのだ?

 ヴァレックは自分に問い掛ける。
 少なくとも、このエルフの少女は、歴とした覚悟と打算を持って、自分に相対したのだ。
 一度目の申し出など、論ずるに値しないが、今度のものは別である。

 何故なら、最初の条件にはエリアリスの意思など無関係だからである。
 彼女にも言った通り、ヴァレックがその気になれば、幼いエルフを蹂躙するのは容易い。
 しかし、そこに嫌がるとか、嫌がらないとか、抵抗するとか、しないといった選択肢が絡んでくると、話は別であった。
 エリアリス自身が、それらの行動を選べるのである。
 そして、その選択が、ヴァレックにとってどれ程の価値があるのかは、彼自身が判断することであった。

 何かが、ヴァレックの内で囁いている。
 何だろうか。

 それは、小さくて、聞こえない、何かであった。
 よく、分からない。
 分からないが、しかし、確かに何かを囁いている。

 そして、その囁きに促されるように、ヴァレックの右手がゆっくりとエリアリスの頬に近付いていった。
 そっと、指先が触れる。

 びくん、とエリアリスの細い体が震えた。
 ヴァレックの無骨な手が、エリアリスを抱き寄せる。

 そして、唇が重なった。
 少女は驚いた様子だったが、直ぐに目を閉じて、その行為を受け入れる。

 それは、唇と唇が触れ合うだけの、口づけであった。
 暫くして、一つになった影が離れる。

「仕様がねえ。大して割りの良い仕事じゃねえが、受けてやるよ」

 そのような言い方で、ヴァレックはエリアリスの申し出を受け入れた。
 頬を赤く染めて、こくん、と少女は頷く。

 もう一度、ヴァレックとエリアリスの影が重なった。
 しかし、今度のものは触れ合うだけの軽い口付けではない。

 いきなり、ヴァレックの舌が小さな唇を割り、少女の口腔に侵入した。
 驚いて、エリアリスが目を見開く。
 それを無視して、ヴァレックは自分の舌を差し込んでいった。

 ん、ん、とくぐもった声を、エリアリスが漏らす。
 ヴァレックは、小さな白い歯を一つ一つ丁寧になぞっていった。
 奥歯や、少々八重歯気味の犬歯を、順番に舐める。

 呼吸のために、エリアリスが僅かに口を開いた。
 その隙を逃さず、ヴァレックの舌が少女のそれに絡む。
 エリアリスの舌は、硬く強張っていて、少しも動かない。

 それに構わず、傭兵は、無遠慮にエルフの少女の舌を味わった。
 舌先を吸い、側面をくすぐるように舐め、軽く噛む。
 その最中、ヴァレックの唾液とエリアリスの唾液が混じり合っていった。

 ぐちゅ、ぐちゅ、ぐちゅ、と粘性の高い液体が、撹拌される音がする。
 ヴァレックが膝立ちになり、エリアリスに覆い被さるような体勢になった。
 どちらのものとも区別の付かなくなった二人分の唾液を、上方から少女の細い喉に流し込む。

 んんっ、とエリアリスがまた声を出した。
 他人の唾を呑み込む、という行為が、彼女には抵抗があるのだろう。
 しかし、ヴァレックは少女を放さず、両手でエリアリスの頬を固定していた。
 暫し、エルフの少女の肩が震え、やがて諦めたように全身が弛緩する。

 こくん、こくん、とエリアリスの華奢な喉が動き、ねっとりした液体を嚥下していった。
 エルフの少女と人間の傭兵の匂いが混じったものが、その体内に注がれる。
 その間もヴァレックの舌は休まずエリアリスの口腔を蹂躙し、唇を軽くついばんでやっと離れた。

 二人の唇の間に、唾液の糸が渡る。
 エリアリスの褐色の肌が、赤く上気していた。
 何やら呆とした表情で、目の焦点も合っていない。

「どうした。気持ち悪かったか」

 少しばかり、皮肉な口調でヴァレックが尋ねる。
 それに、とろんとした視線をエリアリスが向けた。

「い、いえ。だいじょうぶ、です……」

 舌足らずなエリアリスの返答に、ヴァレックが怪訝な貌をする。
 何故なら、ゆっくりとエリアリスがその身体を預けてきたからだ。

 ヴァレックは座ったまま、少女を受け止める。
 余り、人馴れしていない仔猫がするように、エリアリスがぎこちなく傭兵の胸板に頬を寄せた。

「あの」
「ん?」
「に、人間は、いつもこんな風にするんですか」
「いや、別に何時もって訳じゃねえ。好みの問題だろうよ」

 その言葉を聞いて、納得したのかどうか、曖昧な表情でエリアリスがヴァレックを見上げる。
 その薄く色付いた唇が、ゆっくりと近付いていることにヴァレックは気が付いた。

 ちゅ、と矢鱈と可愛らしい音がする。
 そろそろと、遠慮がちにエリアリスの舌先がヴァレックの舌先に触れた。
 少女の舌は、矢張り、硬く強張っている。
 ぎこちなく、ヴァレックの口腔を移動していった。

 ちゅる、ちゅる、と湿った音が立つ。
 ヴァレックのしたものとは違い、直ぐに、エリアリスは自分の唇を離した。
 唇同士が離れるときにも、ぷちゅ、と音がして、エリアリスが頬を染める。

「あのよ」
「は、はい」
「キス、好きなのか」
「よ、よく、分かりません……」

 そうかい、とどちらでも良さそうに、ヴァレックは呟いた。
 そうして、自分の上半身を覆っていたアンダーコートを脱ぎ捨てる。
 夜目にも、ごつい筋肉の稜線がはっきりと浮かぶ、見事な身体であった。

 続いて、エリアリスに膝立ちなって、自分の上になるように言う。
 少女が、ヴァレックの胴を跨ぐような格好になった。
 その体勢に、エリアリスがどぎまぎとした貌を見せる。

「女の下になるのは趣味じゃねえが、ま、外じゃ仕様がねえ」
「そうなん、ですか?」
「石だの根っ子だので、背中が擦れたら痛えからな」

 そう言うと、エリアリスの貫頭衣の裾から手を入れた。
 ごつごつした指が、少女の柔肌をなぞっていく。
 エリアリスは見た目通りに肉が薄く、脇腹に触れると、指に肋骨の凹凸が感じられた。

 んっ、と小さな声が、エリアリスの唇から漏れる。
 専ら、武器を握ることに使われているヴァレックの指が、意外なほど繊細に、褐色の肌の上を踊った。

 右手が、そろそろと少女の胸元へ昇っていく。
 それ程大きくは無いが、確かに女の曲線を持った膨らみに、ヴァレックの指先が到達した。
 ふにふにと、それを弄ぶ。

 小せえ胸だな、とヴァレックは思った。
 正直なところ、もっとふくよかな方が好みではある。
 とは言え、それを直接言語化するほどこの傭兵は無神経ではなかったし、エリアリスの身体はきちんと柔らかかった。

 控えめな丘の頂点を親指の腹で弾く。
 ひっ、と、エリアリスの口から息が漏れた。

 その間に、ヴァレックの左手が少女の腹から脚の付け根に移動していく。
 太ももの付け根辺りを何度か摩り、焦らすように、奥までは手を差し入れない。
 その代わり、滑らかな膝の裏を、くすぐった。

 それに合わせて、エリアリスの口から吐息が零れる。
 暫くそうしてから、不意に、エリアリスの貫頭衣の奥にヴァレックの手が侵入した。

「ひゃん」

 エリアリスの妙な声に、ヴァレックが浅く嘆息する。
 尤も、それは少女に向けられてのものではなく、行為の最中にそんな声を出させた自分へのものであるようだった。

 少し強めに、少女の胸の突起を摘む。
 んっ、とエリアリスが眉を顰めた。

「裾、上げな」

 短く、ヴァレックが言う。
 少女が、潤んだ瞳で傭兵の顔を見た。

「え、で、でも……」

 それが意味することを考えて、エリアリスの頬が真っ赤に染まっていく。
 しかし、ヴァレックはそれに頓着することなく、無言で見返すのみであった。

「う、は、はい……」

 観念したように、エリアリスが貫頭衣の裾を両手で握る。
 そろそろと、粗末な布を上げていった。

 先ず、簡素な作りの下着が見える。
 更に、ヴァレックが視線で続けるように促すと、エリアリスは貫頭衣の裾を胸の位置まで捲り上げた。

 控えめな胸の膨らみが、視界に入る。
 張りのある曲線をしており、薄い桃色の乳首がきちんと上を向いていた。
 ぴんと、その頂点が立っている。

 羞恥のため、目をぎゅっと閉じる、エリアリスであった。
 裾を握り締めた手が、震えている。

 ヴァレックが、両手を使って少女の下着をずらした。
 呆気なく、エリアリスの秘所が外気に晒される。
 薄く、儚げな銀色の陰毛が、上に乗っていた。
 やっと色付いた肉色の襞が、少し見える。

 自分の人差し指を、ヴァレックが、少女の秘裂に浅く潜らせた。
 少々、湿った感触が指先に伝わる。

「んんっ」

 少女が、細い身体を捩らせた。
 下唇を噛み締めている。

「どうした、触られるのは初めてか」

 まあ、そうだろうな、と思いつつ尋ねるヴァレックである。
 案の定、エリアリスはこくこくと頷いた。
 しかし、エルフの少女が続けた言葉は、傭兵の予想を上回っていた。

「じ、じぶんでさわったりも、ないです……」
「何……?」

 つい、訊き返すヴァレックである。
 少女の頬が、一層赤く染まっていった。

「ダメでしょうか……」
「いや、別に駄目じゃねえが……」

 そのように答えを返すが、ヴァレックの胸中はやや複雑である。
 自分が、おぼこを相手にしているとは思っていたが、此処までとは思わなかったのだ。
 確かめるように、指の先端を肉の裂け目に挿し込む。

 しかし、指の第一関節まで進まない内に、エリアリスの肉の襞が、異物の侵入を阻んだ。
 それは、未成熟なきつさであり、狭さであった。

 取り敢えずは、ほぐさねえとな。

 そう考えるが、そのための方策が思い浮かばない。
 少女の肉の裂け目に潜り込んだ指を僅かに動かしてみる位であった。
 くち、くち、と音がする。
 ふ、ふ、ふ、と指の動きに合わせて、エリアリスの唇から息が漏れた。
 大分、苦しそうである。

 そう言や、エルフは耳が弱いんだったか。

 唐突に、ヴァレックは思い出した。
 確か、以前に身を寄せていた傭兵団の一人が言っていたように思う。

『あの長い耳を責めれば、高慢ちきな年増エルフも一発だぜぇ』

 そんなことを戦が終わった後の宴席で、何故か、自慢げに語っていた。
 まあ、その後『誰が年増かー!!』との怒声と共に、件のエルフにぶん殴られていたのだが。

 そんな間の抜けた画像を自分の脳裏から追いやり、ヴァレックはエリアリスの肩を抱き寄せる。
 丁度、ヴァレックの口元にエリアリスの長い耳が来た。
 羞恥のためであろうか、ほんのりと赤く、色付いた耳である。
 怯えたように伏せられ、小さく震えていた。

 舌を、そろりと出して、その耳の先端を舐めてみる。
 ひくん、とエリアリスの身体が動いた。
 何やら不安そうに、ヴァレックを見上げる。

 それを宥めるように、左手でエリアリスの頭を撫でた。
 それから、柔らかい耳の縁を、唇で軽く挟む。
 びく、びくとエリアリスが身体を震わせた。

 中々に敏感な、反応である。
 その細長い耳を甘く噛みながら、耳朶からその先端までに舌を這わした。
 尖ったその先端を吸い上げる。

 少女の呼気が、荒くなっていく。
 それに伴って、秘所に潜り込んでいた指先の立てる音が水っぽいものへと変わっていった。

 じゅぷ、と湿った音がする。
 その音が、自分でも聞こえているのだろう、エリアリスの頬がその赤みを増した。

「少しはよくなってきたか」

 耳を粘膜で弄りながら、ヴァレックが囁く。
 熱い息と一緒に、エリアリスの耳にその声が届いた。

「そ、んな、こと……」
「何だ、よくないのか」

 更に尋ねる。
 ヴァレックとしては、この少女に感じて貰わねば次に進めないのだ。
 潤いを増した秘所を、指で強く擦り上げる。

 ひ、と悲鳴のように短い声をエリアリスが上げた。
 ふるふると震えて、俯く。

「き、きもち、いいです……」

 観念したように言った。
 ヴァレックの指が、エリアリスの秘肉で締め上げられる。
 何時の間にか、少女は自分で腰を動かしていた。

 とは言え、大きな動きではない。
 僅かな、肩を揺らす程度の動きであった。
 しかし、その動きによって、傭兵の指が襞を擦るたび、エリアリスの口から声が漏れる。

 泣いているような、喜んでいるような、声であった。
 ヴァレックが、エリアリスの柔らかい耳を、強めに噛む。
 かり、と音がした。
 ひあっ、と高い声を上げて、少女が傭兵に抱きつく。
 痛いぐらいに、少女の肉襞が収縮した。

 びく、びく、びく、と痙攣のように震え続ける。
 その波が徐々に鎮まっていき、エリアリスは完全にヴァレックに身体を預けた。

「いったみたいだな」

 分かりきった結果を確認する学士のような口調で、ヴァレックが呟く。
 言われた方の少女は、言葉を返す気力も無いようで、ぐったりとしていた。
 そろそろと、指をその肉壺から引き抜くと、粘ついた液ですっかり濡れている。
 エリアリスのそこは、まるで失禁したかのようであった。

 これぐらいなら、大丈夫かね。

 そのように思考を巡らせて、ヴァレックは、折れそうに細い、エリアリスの腰を掴んだ。
 片方の手で器用に自分のズボンをずらし、自分の性器を露出させる。
 どうも、疲れが溜まっている所為か、それとも、最近女を抱いていない所為なのか、ヴァレックのそれは反り返るほどに勃ち上がっていた。

 少なからず、自分のものがこの少女の小さな内に入るのか、不安に思うヴァレックである。
 取り敢えず、強張りの先端をエリアリスの肉の裂け目にあてがった。

 びくり、と少女の身体が引き攣る。
 ゆっくりと、赤黒い亀頭がエリアリスの陰唇に潜っていった。
 ぎち、ぎち、と痛々しい音がする。

 少女の膣の入り口は、きつい、と言うよりは、痛かった。
 丁度、男根の傘の辺りが隠れた時点で、締め付けが一層強くなる。
 男を迎え入れるのを、拒んでいるとしか思えない。
 無理に進めようとしても、肉壁の圧力がそれを阻んだ。

「おい、痛えよ。もう少し、力を抜け」

 ヴァレックはそう言ったが、エリアリスからの返答はない。
 訝しく思って、少女の顔を覗き込む。
 エリアリスは、ヴァレックにしがみつくような体勢であり、それで、傭兵は彼女の顔を横から見る形になった。
 少女は、自分の下唇をきつく噛み締めている。
 眼は、硬く閉じられていて、その目尻には涙が浮かんでいた。

「おい」
「は、はい……」
「辛いんなら、止めるぞ」
「いえ、だ、大丈夫です。やくそく、ですから……」

 そう言って、苦しそうに喘ぐ。
 どうやら、最初に自分が言ったことを、飽くまで守ろうと言うことらしい。
 ヴァレックは、やれやれ、と心中で嘆息した。
 実際にそうしなかったのは、その動きがエリアリスに新たな痛みを与えるだろうと思ったからである。

「舌、出しな」

 唐突に、ヴァレックが言った。
 その言葉を聞き、少女の苦しそうな表情に、微かに疑問符が浮かぶ。
 しかし、そんな貌をしたのはほんの一瞬で、エリアリスは素直に舌を出した。
 外気が、舌先を冷やす。

 ヴァレックが、その舌ごとを呑み込むようにして唇を重ねた。
 そのまま、エリアリスの舌全体に、自分の舌を巻き付かせて愛撫する。
 ぬるぬるとした感触が、互いの口腔に広がった。

 口内に溜まっていく唾液を、ヴァレックが吸い上げる。
 呑み込むと、確かに、エリアリスの味がした。
 甘い、ということはないのだろうが、何となく、ほんのりと果実めいた芳香を感じる。
 気の迷い、というヤツであろうし、そうだとしたら、自分もかなりお目出度い精神構造をしていることになる。

 そんなことを自覚しながら、今度は、エリアリスの喉に唾を送り込んだ。
 先刻とは違い、盲目的なまでの従順さで、少女はそれを呑み込む。
 そうやって、自分と相手の体液を交換し合っているうちに、ゆるゆるとヴァレックの剛直がエリアリスの内に進んでいった。

 みちり、と肉が裂ける音がする。
 ぷち、ぷち、と何かが破れるような感触が、ヴァレックのものの先端から伝わってきた。
 少女が背を僅かに反らし、それで、唇が離れた。

 う、う、う、とエリアリスが喘ぐ。
 苦痛の声であった。
 文字通り、身の裂ける痛みが少女を襲っているのであろう。
 しかし、呻くような声以上には、どのような声も発しなかった。

「痛かったら、痛いって言えよ」

 ヴァレックが、エリアリスの耳元に呟く。
 この、破瓜の痛みに耐える表情が、もう、ヴァレックにとっては気が重いものになっていた。
 しかし、エリアリスは首を横に振る。

「やくそく、やくそく、ですから……」

 その言葉に、ヴァレックは盛大な溜め息を付く寸前の貌をした。
 取り敢えず、少女の銀色の髪を優しく撫でる。

「今更、泣き言ぐれえなら、勘弁してやるよ。第一、俺がやりにくい」

 そう言って、エリアリスを撫で続けた。
 声の調子も、愛撫も、この傭兵にしては最大限、優しげであった。
 暫く沈黙が続く。
 空を見遣れば、凄いほどの星が瞬いていた。

 ヴァレックは、沈黙を責めたりすることなく、ただ、少女の髪を撫でてやっている。
 それにほだされたのか、或いは、もう痛みに耐えるのが限界だったのか。

「……たい、です」

 ぽつり、と小さな声が少女の唇から漏れた。
 ヴァレックは、変わらず、エリアリスの髪を梳いている。
 さらさらとした感触が、心地よい。

「いたい、です。い、いたい。いたいよう、う、うう……」

 泣き出した。
 大粒の涙が、青色の瞳から、ぽろぽろと零れていく。
 それを、ヴァレックはそろそろと舌で舐め取った。

 そのまま、頬や、柔らかい耳朶や、首筋に軽くキスする。
 その度に、エリアリスの細い身体が微かに震えた。

「悪いな」

 以外な台詞を、ヴァレックが吐く。
 それで、少女が傭兵の顔を見詰めた。

「もう少し、痛くねえようにしてやりゃあ良いんだろうが、どうもな」

 そう言って、また、少女の眼の辺りに口付けをする。
 ん、とエリアリスがくすぐったそうな声を出した。
 何故だろうか、さっきより、痛みが和らいだような気がする。
 勿論、焼けた鉄串を刺し込まれたような、熱くて鈍い感覚はあるのだが、それ以外のものも、少しずつ自分の内に生じて来ているのである。

「わたし、こそ、すいません……。いたがって、ばかりで……」

 そう言うと、ヴァレックがまた自分の唇を割って、口腔に舌を侵入させてくる。
 最初は驚いたが、今は、この行為がそんなには嫌ではなくなっていた。
 ぬるぬるとした感触が、口の中と、下腹部に湧き上がってくる。

「半分ぐらい、入ったな」

 誰に言うともなく、ヴァレックが言った。
 少女の滑らかな腹を、手で軽く撫でる。

「動くぞ」

 その宣言どおり、ヴァレックが、自分の腰をそろそろと引く。
 ひ、とエリアリスの口から、掠れた声が抜け出た。
 自分のはらわたが、一緒に掻き出されるような感覚である。

 そうしてから、再び、ヴァレックの男根がエリアリスの内へ突き進んできた。
 声にならない声を、少女が上げる。

 ぎゅう、とエリアリスがヴァレックの逞しい肩を掴んだ。
 爪が、ヴァレックの肌に刺さる。
 皮膚を破る感触が、エリアリスの指先に伝わった。

「ご、ごめんなさい……」

 その瞬間も、変わらず痛みはあるはずなのに、少女は傭兵に謝る。
 ヴァレックは僅かに目を細めた。
 腰の動きを止める。

「気にすんな。それより、大丈夫か」

 砂色の瞳は相変わらず無感動だが、それでも、気遣いの言葉をヴァレックは口にした。
 こうやって、身体を重ねていると、ヴァレックは存外に情が深いのではないかと思える。
 無論、それがただの勘違いということも、在り得るのだろうけれども。

 こくん、と容姿に相応しい、幼い仕種で、エリアリスは頷いた。
 その仕種に、言い難い何かを感じつつ、ヴァレックは動きを再開する。

 先程のように、ゆっくりとした動きであった。
 ゆるゆると腰を引き、ゆるゆると陽根を挿し込む。
 その度に、エリアリスの口から、苦痛に耐える声が零れていった。

「爪、立ててもいいぞ」

 ぽつりと、ヴァレックが言う。
 驚いた表情で、エリアリスは傭兵を見詰め返した。
 暫しの躊躇の後、その逞しい肩を両手で掴む。
 爪を立てるのではなく、手の平で包むような、掴み方であった。

 少女は、故意にヴァレックの肌を傷つける気にはなれない。
 その代わり、この傭兵と触れ合っていたいという感情が、エリアリスの胸の奥に湧き出した。
 そうしていると、熱を持った痛みが、和らぐように感じるのである。
 それがどうしてなのか、エリアリスには良く分からなかったが。

 尤も、ヴァレックとしても、そんなエリアリスの行為をどう受け止めるべきか、分からない。
 取り敢えずは、深く考えず、エリアリスの好きに任せることにした。
 そうして、ゆっくりとした動きを再開する。

 エリアリスの膣内は、ぴっちりとヴァレックの陽根に吸い付いており、動く度にぷちぷちと音がした。
 少女のそれが未成熟な所為もあるのだろうが、まるで、自分のものを離すまいとしているようでもあり、それなりの快楽が伝わってくる。
 しかし、緩慢な動きを繰り返すだけでは、それ以上の刺激を得ることは出来ない。

 まさか、ずっとエリアリスの狭い膣道に、自分のものを入れているわけにも行くまい。
 少し、動きを早める。
 ぐりと、幼い肉襞の上の方を擦ると、エリアリスが声を上げた。

 ひ、と言う、泣きだす寸前のような声である。
 その声と同時に、粘ついた愛液が、繋がった部分から零れ出した。

「強かったか」

 ヴァレックが尋ねると、ふるふるとエリアリスが首を振る。
 それを全面的に信用するのも不安で、今度は、さらに気を遣って、優しく入り口の辺りを擦ってみた。

 ん、ん、とエリアリスが声を出す。
 そこに、きちんと艶が含まれているのを感じ、一先ずは安心するヴァレックであった。
 その場所を、重点的に責める。
 
 動く度に聞こえる音が、徐々に水っぽさを増していった。
 やっと、痛みよりはそれ以外の感覚が増してきたようで、吐き出す吐息が甘く、重いものに変わる。
 滑らかな褐色の肌に、汗が浮いて、綺羅々々しかった。
 紅潮した頬と、快楽に耐えるように閉じた目が、何とも言えない。

 不意に、エリアリスがヴァレックの唇に、自分のそれを重ね合わせた。
 直ぐに、火照った舌と舌が、互いの口腔で絡み合う。
 互いの唾液を、ぐちぐちと卑猥な音と共に混ぜ合わせた。
 貪るように、それを嚥下する。

 只でさえきつい少女の膣がその締まりを一層強くした。
 その刺激に、ヴァレックの陰茎が、びくん、と反応する。
 慌てて、腰を引く。

 その時も、エリアリスの柔らかい肉が、名残を惜しむかのように、ヴァレックの陽根へ絡み付いた。
 薄く色付いた秘唇から、グロテスクと言ってよい男根が、吐き出される。
 雁の部分が引っ掛かり、それが止めの一撃になったのか、少女がその全身を震わせた。
 そして、ヴァレックの陽根から、白濁した性汁がエリアリスの褐色の肌に勢い良く迸る。
 熱い、どろどろとしたものが、少女の腹や胸や、顔にまで飛散した。
 その度に身悶えるエルフに、傭兵のものは、何時までも天を向いて、粘ついた精液を吐き出していたのだった。

 闇に、傭兵とエルフの喘ぎ声が溶けて、暫く経った頃――。

「おい、大丈夫か」

 その傭兵――ヴァレックがエリアリスに声を掛ける。
 事が終わって、火照った身体もそろそろ冷静さを取り戻しつつあるのだが、どうやら、エルフの少女の身体には、未だ余韻が残っているようであった。
 その証拠に、ヴァレックの呼び掛けにも、焦点の合わぬ視線を向けるだけである。

 仕方なく、ヴァレックはエリアリスの身体を拭いてやる。
 湯は、既に沸かしていたし、釣りの用意にと、毛布やら布切れは揃っていた。
 案外、この男は世話好きなのかもしれなかった。ぶつぶつと、何やらぼやいているようではあったが。

「あの……」

 少々、舌足らずな口調でエリアリスが口を開く。
 腹を、撫でさするように拭きながら、ヴァレックがエリアリスのほうを向く。

「何だよ」
「この、しろいの、なんですか……」
「は?」

 思わず、訊き返した。
 虚を突かれた、というやつである。

「何って、精液だよ、精液」
「……?」

 投げやりな口調で答えるが、エリアリスは要領を得ない貌を見せる。
 それで、仕方なくもっと直截的な表現を採用することにした。

「子種だよ、子種。ガキの大元だ」
「……こだね、ですか」
「そうだよ」
「じゃあ、わたし、ヴァレックさんの子どもが出来るんですね」

 ぶっ、とヴァレックが吹き出した。
 何かに咽たように、げほげほと咳き込む。

「ぶっかけただけで、ガキが出来て堪るか」
「そう、なんですか」
「そうだよ。こいつを女の胎ん中に注いで、血の潮が合えばガキが出来るんだよ」

 何でこんなことを教えてやらねばならんのだ、と思いながらも、律儀に説明するヴァレックであった。
 尤も、女のそれに男のものを挿入すれば、最後に外に出すだけでは不充分だと聞いたことはある。
 しかし、それをこの少女に敢えて言う気にはなれなかった。

 何やら、精神的な疲労感に襲われ、ヴァレックはエリアリスの身体を拭くことに専念する。
 沸かした湯と川の水とを使って拭うと、直ぐに、少女の肌に清純な美しさが甦った。

 そうしてから、二人して毛布に包まる。
 着ていた服は、汗やそれ以外のものでべたついていた為、これまた川で洗って、枝に引っ掛けて乾かしているのだ。

 再度、焚き付けた竈の火が、ぱちぱちと音を立てている。
 エリアリスが、ヴァレックの肩に身体を寄せた。

「ん?」

 何か、言いたげであったのでヴァレックがエリアリスに視線を遣る。
 暫しの躊躇の後、エルフの少女が口を開いた。

「あの、お願いが、あるのです」
「ん、何だ?」

 やや、眠気が湧いて来たところだったので、短く訊き返すヴァレックである。
 肩に触れるエリアリスの、自分より高めの体温が心地よかった。

「姉さまのことです」
「うん?」
「姉さまには、何も、しないで欲しいのです」

 そのようなことを言った。
 ヴァレックの脳裏に、エリアリスの姉の妖艶な姿が浮かぶ。
 確かに、魅力的と言える姿態の持ち主ではあった。
 更に言えば、アルアリーゼが、他の傭兵たちに身体を売っているところを見かけたこともある。
 仕方なく、と言うやつだろう。奴隷商に捕らえられ、此処まで来るのに平穏無事に過ごせたわけがないのだ。

 とは言え、ヴァレック自身はあのエルフには手を出していない。
 単純に、護衛している商品をどうこうする気になれなかっただけではあるが。

「あんた、ひょっとして……」

 自分の姉が、何をやっていたか知っているのか、と言いさして、止める。
 珍しく、口淀んだ。
 それに気付いて、エリアリスが寂しげな笑みを浮かべる。
 その貌のまま、小さく、頷いた。
 ふう、とヴァレックは溜め息を一つ、吐く。

「良いぜ、他ならぬ依頼主さまのご要望ならな」

 そんな言い方で、エリアリスの申し出を了承する。
 何となく面映く、エルフの少女から視線を逸らした。

「あの……」
「ん?」
「もし、獣人の方が、その、そういうことをしたいと言われたら……」
「……」
「そ、そのときはわたしがお相手しますから」

 決意の篭もった表情で、ヴァレックにそう告げる。
 塵の相手を、この華奢な少女がする……?
 無理だろう、とヴァレックは、至極真っ当な結論を下した。

 そもそも、塵と一緒になって、こんな少女を犯すと言うのは余り楽しい光景ではない。
 付き合いがそれなりにあるので分かるが、塵も、そう言うのは好みではないようであった。

 と、なれば塵は、エルフの姉妹に手を出せない、と言うことになる。
 まあ、その辺りは、言い聞かせれば納得するだろう、とヴァレックは考えた。
 元々、塵はエルフ姉妹をどうこうしたかったわけではない。この二人を故郷まで連れ帰っての報酬が、目当てなのである。
 何なら、エルフの姉妹を故郷に送り届けたあとの報酬の取り分で、塵に譲歩しても良かった。

 ヴァレックにすれば、その報酬自体が『当ての無い』ものだと考えていたから、それについての条件がどうなろうと大して問題ではない。
 いや。
 それは、塵にしても同じなのではないだろうか。
 あの獣人が望んでいるのは、このエルフたちを連れて西を目指すと言う行為そのもので、その結果としての謝礼なりなんなりは、重要ではないのかもしれなかった。

 やれやれ、とヴァレックは、小さな溜め息と笑いが混じったものを漏らした。
 それに気付いて、エリアリスがヴァレックの顔を見詰める。

「ま、安心しな。塵にはちょっかい掛けねえように言っておくさ」

 言った。
 不意に、エリアリスを抱く前に、自分に囁いていた声が蘇る。
 今度は、小さいながらも、はっきりと言葉が届いた。

『肯』

 と、それは囁いていたのであった。
 決して、断言するような、強いものではない。
 ま、良いじゃねえか、と言った程度のものだ。

 ふふん、とヴァレックがまた笑う。

 悪くない、とそう思っている自分が、居た。
 多分、自分はこれから色々な厄介ごとを抱え込むことになるのだろうが……。

 しかし、それもまた『肯』であった。
 そんなことを考えていると、川面からの風が、ひゅう、と吹き付けてくる。
 少し、肌寒い。
 それで、肩だけでなく、エリアリスの身体全体を引き寄せた。
 一瞬、少女は戸惑ったような表情を浮かべたが、直ぐに、全身を傭兵に預ける。

「温かいですね」
「そうだなあ」

 そう言って、眼を閉じた。
 傭兵とエルフの体温が混じって、二人は眠りに就いたのであった。

                                       了
 


是非、作家さんの今後の製作意欲のためにも感想や応援を、メールや拍手、BBSなどによろしくお願いします。 m(^о^)m

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-モドル-