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SS:ヴーク


 
 
 ぱち、ぱち、と小気味の良い音が耳に届く。

 竈にくべられた薪が、燃えている音であった。
 オレンジ色の炎が、見る者に安心感を与えている。

 此処は、森にある、古びた小屋の中であった。
 出入り口は一つ切りで、分厚い板が、つっかえ代わりに立て掛けられている。
 木目の浮いた板張りの床と、丸太を組み合わせた壁が、炎に照らされて、ゆらゆらとした陰影を見せた。

 小屋の真中にある竈には、黒光りする鍋が、大きな枝に下げられて火に掛けられている。
 ぐつぐつと、内のものが煮える音がした。

 旨そうな匂いが、漂っている。
 ころりと太った野兎と脂の乗った鱒が、この鍋の主賓であった。
 アク抜きをした野生の芋と、ハーブ、茸も一緒に煮込まれている。

 その鍋を囲んで、四つの影が座していた。

 一つは、鋭い眼つきの男である。
 砂漠のような色をした髪と、同じく、乾いた砂の色をした瞳の持ち主であった。
 髪が長く、それを後ろで一つに纏めている。
 その砂色の瞳には、余り、情感は感じられない。
 結ばれた口元にも、愛想と言うものがなかった。
 眉目そのものは悪くないのだが、街中で出会えば、思わず道を譲るであろうと言うような、そういう空気を纏っている。

 アンダーコートと呼ばれる、鎧の下に着用する防具を身に付けていた。
 脚を覆う黒い麻のズボンに、薄く、褐色をした飛沫が見える。
 血で、あろうか。

 ただ座っているだけのその姿勢にも、緩んだところがなかった。
 どんな平穏なときでも、その身体の奥に油断のないものがしっかりと存在している――
 そのような、野生の猛禽類を思わせる男であった。

 そして、その男の隣には、一人の少女が座っていた。
 歳の頃は、十代の初めであろう。
 極上の銀糸を編んだかのような銀髪が、肩口まで伸びていた。
 月光を、千年浴びた水晶のような淡い光が、そこに宿っている。
 大きめの青い瞳が、少し不安げに隣の男を見ていた。
 肌の色は、褐色である。
 滑らかな肌であった。
 咲き誇る前の、露に濡れた蕾のような少女である。

 そして、何より特徴的なのは、彼女の耳であった。
 普通の人間のそれよりも、長く、先端が尖っている。
 少女は、エルフなのであった。
 この辺りでは、珍しい。

 その向かいに座しているものは、異様な輪郭を有していた。
 まず、巨大であった。
 砂色の瞳の男も、かなりの長身であり、鍛えられた体格であったが、それさえも子供のように見える。
 そして、その輪郭は人のものではなかった。
 巨躯を、金色に輝く獣毛が覆っているのである。
 その獣毛の上からも、太く、ごつい質量を持った筋肉の束が存在しているのが分かった。
 三角形の耳と、長い鼻面を持っていて、軽く開いた顎からは鋭い牙が覗いている。
 狼にそっくりの、頭部であった。
 瞳には、獣特有の鋭い光が宿っている。
 宝石のように光を反射する、緑の瞳であった。
 人狼である。
 みっしりと筋肉が付いた、長い腕を伸ばし、煮立つ鍋を突いていた。
 爪が、鍋に触れるたびに、ちん、と高い音がする。

 そんな人狼の様子を、隣に座っている女が一人、見詰めている。
 向かい側の少女と同じ、美しい銀髪であった。
 腰まで伸びたその銀髪は、深山の清流を思わせる。
 青い瞳が、深い海のような光を湛えていた。
 少し、厚めの唇が何とも言えず艶っぽい。
 二〇代の半ばぐらいの年齢なのであろうが、その所作に年齢以上の色香があった。
 大輪の華が、意図しようとしまいと、甘い香りを滴らせるように、彼女もその身体に凄艶なものを纏っている。
 肌は、少女と同じく褐色で、その耳の先端は尖っていた。
 彼女もまた、エルフなのだ。

 二人のエルフは、簡素な作りの貫頭衣を身に付けているだけであった。
 今は、小屋の内で火が燃えているから良いようなものの、まだ、寒い格好ではある。

「食うか」

 砂色の瞳の男が、短く言った。

「は、はい」

 少女のエルフが、それに応えて小さな椀を用意する。
 木製の粗末な椀であった。
 それと、使い込まれた、小さな鍋も用意する。
 小さな椀と鍋は、それぞれ二つずつあった。

 この小屋の隅に置かれていた、背嚢から取り出したものである。
 それは、砂色の瞳の男の持ち物であった。
 少女が、同じ背嚢から杓を持ってきて、それぞれの椀と鍋に、スープを分けていく。

「ヴァレックさんは、どちらで食べますか」
「鍋でいいぜ。熱くなるからな」

 人間の男の方にエルフの少女が訊き、ヴァレックと呼ばれた男が応えた。
 渡された鍋に、あちっ、と呟きながら、息を吹きかける。
 このヴァレックと、向かいの人狼は、共に傭兵であった。
 人狼の方は、名を、塵と言う。
 その人狼が、同じくスープが注がれた小鍋をエルフの少女から受け取った。

 エルフの少女は、エリアリスと言う名である。
 もう一人のエルフは、アルアリーゼと言った。
 姉妹である。

 元々は、この二人のエルフを、ヴァレックと塵が護送していたのであった。
 勿論、ヴァレック達以外の傭兵もいて、結構な集団がこの美しい姉妹を運んでいたのである。
 エルフの姉妹は、とある貴族への貢物として攫われてきたのであった。
 『ギルド』とだけ呼ばれる、巨大な非合法組織の幹部が、その依頼主である。
 その幹部は、組織内での序列を上げるため、金や、絵画や、美しい奴隷などを有力貴族へばら撒いていたのだが、その内にエルフも含まれていたというわけであった。

 しかし、その途上で依頼主が死んでしまったのである。
 追い越しの対象となっていた別の幹部が、先んじてその依頼主を暗殺したのであった。
 組織内の権力闘争の結果であったが、傭兵たちにすれば、報酬の払い元がいなくなったと言うことである。
 ただ働き、とは傭兵が最も忌避するものであった。
 それで、という訳でもあるまいが、ある傭兵がこう言ったのである。

『エルフは高く売れる』

 その言葉が切っ掛けとなって、傭兵同士が殺し合いを始め、結果、ヴァレックと塵がこの二人のエルフを手にしたのであった。
 そうなってからの、最初の食事を、この古びた小屋の内で取っているのだ。

 鍋に入ったスープを、木製のスプーンでヴァレックが啜る。
 味付けは岩塩とハーブのみの、簡素なスープであった。
 尤も、街中での食事でもなければ、それは仕方のないことである。高価な香辛料や、魚醤を大量に抱えて旅する訳にも行くまい。
 とは言え、色々と揃えるべきものもあるな、とヴァレックは考えていた。

 この人間と人狼の傭兵は、二人のエルフを、何処ぞの娼館に売り払う心算はなかった。
 獣人の塵は最初から、ヴァレックはエリアリスとの取引の結果、姉妹を生まれ故郷まで連れて行くことにしたのである。
 ヴァレック自身は、それがリスクばかり高く、成功する確率の低い話だと考えてはいたのだが、成り行きと言うものもあった。
 そのことについては、ヴァレックの内でも決着はついている。
 と、なれば後は実際的な準備を整えねばならない。

 例えば、今、エリアリスとアルアリーゼの二人が使っている椀である。
 これは、元々は、ヴァレックと塵が酒を呑むために使っているものであった。
 最初はヴァレックだけが椀を使い、塵は、酒瓶や皮袋から直接呑んでいたのだが、その呑み方だと、酒が瞬く間に無くなってしまうのである。
 一晩で、樽一つ分を呑み干してしまうのであった、この獣人は。
 これでは堪らぬ、と言うことで、人狼に酒を少量ずつ楽しむ呑み方を伝授すべく、木製の椀を、もう一つ購入したのである。
 人狼の巨大な手に収まると、その椀は、子供の玩具のように見えた。
 しかし、それで、ちびりちびりと酒を喉に流し込むのが、人狼は気に入ったらしい。
 以来、塵は人間のように器を使って、酒を呑むようになったのである。

 また、ヴァレックと塵が使っている鍋は、ヴァレックが釣りの時に使っているものであった。
 この、愛想のない、砂漠を思わせる瞳の傭兵が持つ趣味らしい趣味が、釣りである。
 川でも釣るし、湖でも釣る。
 海戦が余り生じない地勢のため、沿岸に出たことも少ないが、海釣りをしたこともあった。
 夜、川からの風が肌寒い中、火を焚き、湯を沸かすために使っているのが、この小さな鍋である。

 詰まる所、間に合わせで、今夜の食事を済ましている訳であった。
 一度や二度であれば、それで良い。
 しかし、エルフの姉妹の故郷まで、どれ程の道のりをゆくことになるのか、それが分からない。
 一週間やそこらで済むものではないだろう。
 一年や、二年、或いはそれ以上の年月が掛かるかも知れぬ。
 そもそも、国家規模の非合法組織である『ギルド』の幹部が、上位者の蹴落としを狙って仕込んだのが、今回の騒動である。
 その準備に、数年掛かっていたとしても不思議ではない。
 そう言った内で、連れ去られたのがこのエルフたちであった。
 だから、エルフの故郷を目指す、と一言で言ってもそれが容易でないことは確かである。

 だからこそ、必要な品をなるべく早く揃えねばならない。
 今晩の食事のような、日用に使う品が、一番多いであろう。
 長旅になることは分かっているのだから、余り多くを買い込む訳にはいかない。
 金のこともある。
 しかし、些細な不便が積み重なると、長い旅の内で、大きな火種に成りかねなかった。
 別に、器を共有にしたからといって、エルフや人狼が諍いを起こすとは思えなかったが、面倒ごとになりそうなことは、予め排除しておいた方が良かろう。

 また、エルフ二人の為に、服も買ってやる必要もある。
 何時までも、奴隷用の貫頭衣姿では目立って仕方がないからだ。
 それでは、まずいことになる。
 エリアリスやアルアリーゼには伝えていなかったが、ヴァレックは、『ギルド』がこの姉妹に追っ手を掛けるだろうと、踏んでいた。
 理由は色々ある。
 あるが、それを態々教えて、二人を不安がらせる必要もあるまい。

 しかし、手は打たねばならない。
 出来れば、エルフの長い耳を隠すフードが欲しいところであった。
 防寒具や、寝具としての毛布も必要であろうし、飲み水の確保も必須である。
 そうすると、どうしても荷が増えることになり、可能ならば、馬か驢馬を手に入れたい。
 増える荷物とは、要は、エリアリスとアルアリーゼのものであり、それらを彼女たちに持たせることも出来よう。
 しかし、華奢なエルフに人足の真似事をさせるのも宜しくはない。
 効率が良くねえからな、とヴァレックは考えているのだが、余人からすれば、また、別の見方も出来るであろう。
 また、塵に荷物持ちをさせるのも良い手とは言えなかった。
 街によっては獣人の出入りを禁止しているところも多く、必要なときに、必要なものが手元にないことにもなり兼ねない。

 兎も角、色々と入り用であり、その準備のことをヴァレックは考えているのであった。
 考え事をしながらであるため、食の進みが遅い。
 それを見て、隣のエリアリスが不安げな視線を向けた。

「あの、おいしくありませんか」

 表情を窺うようにして、尋ねる。
 それに対して、ヴァレックの反応がやや遅れた。
 単純に、思考が目の前のスープにではなく、今後の遠い旅路に飛んでいたためであるが、その間がエリアリスには気になったらしい。

「おいしく、なかったでしょうか……」

 心配そうに呟いた。
 この食事は、彼女と姉のアルアリーゼがしたものである。
 それで、その出来が気になるようであった。

「いや、別に不味くはねえよ。寧ろ、旨い。俺好みだな」

 砂漠の色をした瞳に、少々困惑の色を浮かべながら、ヴァレックが言う。
 この傭兵には、エリアリスが何故こんな質問をしたのか、量りかねたようであった。
 そもそも、味付け自体、塩とハーブぐらいなのだ。個人的な料理の技量を発揮する余地は、ほとんどない。
 だから、先程の発言も、ヴァレックにすれば重大な意味は無かった。
 一応、傭兵稼業の長いこの男が慣れ親しんだ味ではあったので、虚言ではないのだが。
 それでも、エリアリスにはヴァレックの返答が嬉しかったらしく、にこやかな表情を浮かべる。
 雲の切れ間から、柔らかい日差しが差し込んだような笑みであった。
 その貌に、ヴァレックは、居心地が悪いような、こそばゆいようなものを感じて、スープと同じ温度になってしまった鍋に視線を戻す。

 そんな二人の様子を、金色の鬣を持った塵が、大道芸に見入る子供のような視線で、見詰めていた。
 その表情のまま、口の端を上げて、し、し、し、と空気を漏らす。
 笑っているのであった。
 
 一方、塵の隣にいるアルアリーゼの顔には、陽性の表情は浮かんでいない。
 不機嫌、と言う訳ではないのだが、何かを探るような視線をヴァレックとエリアリスに向けていた。

 実を言えば、ヴァレックとアルアリーゼの間に、ひと悶着あったのである。
 アルアリーゼとエリアリスを巡る傭兵たちの殺し合いが終わり、ヴァレックと塵がこの小屋に二人のエルフを連れてきてからのことであった。
 塵が空腹を訴え、ヴァレックと人狼は外へ食糧となるものを確保しに小屋の外に出たのである。

 ヴァレックは川に釣りに、塵は森に狩りに出たのであった。
 その、塵に付いていったのがアルアリーゼである。
 その時、妹のエリアリスは、小屋の内で待っているようにと言われたのであった。

 そうして、塵とアルアリーゼが小屋に戻ったとき、小屋には誰も居なかったのである。
 アルアリーゼは、半狂乱になった。
 それを、どうにか塵が宥め、外へ、エリアリスを探しに出たのである。
 手分けして妹を探そうとするアルアリーゼを、塵は押し留めた。
 夜の森は危険だからだ。

 結局、アルアリーゼは小屋で待つこととなった。
 全身を熱した針で穿たれているような焦燥感が、アルアリーゼを苛む。
 じりじりとした気持ちで、待った。

 多分、実際の時間は大して経過していなかったのだろう。
 それでも、塵がヴァレックと一緒のエリアリスを連れて戻ったとき、もう夜が明けてしまったのではないかとさえ、アルアリーゼには思えた。
 だから、アルアリーゼはヴァレックに強く説明を求めたのだが、ヴァレックは、エリアリスが自分の意思で小屋を出たことと、今まで一緒に居たことだけを告げた。

 取り敢えず、エリアリスは無事であったし、ヴァレックはそれ以上のことをアルアリーゼに語ろうとしない。
 アルアリーゼとしても、先ず、自分の妹が戻って来たことが最大限に嬉しく、それ以上追求する気力が湧かなかったことも事実であった。

 しかし。
 今の、二人の様子を見ていると何か不安なものが胸を過ぎる。
 いや、不安と表現する程、それは深刻なものではない。
 エリアリスの態度に、怯えや恐れが感じられないからだ。
 あの人間の傭兵が、自分の妹に何かをしたのなら、エリアリスの言動にそれらしいものが窺えるはずである。
 そう言ったものは、エリアリスにも、ヴァレックにも見て取れなかった。

 寧ろ、人間に対してエリアリスが持っていた筈の潜在的な恐怖感が、今はかなり和らいでいる印象さえ受ける。
 だが、それが却って奇妙な違和感をアルアリーゼに与えているのであった。
 そのようなアルアリーゼの視線を、知ってか知らずか、エリアリスは、スープを啜るヴァレックを嬉しそうに見詰めている。

 奇妙な沈黙が降りて、黙々と食事が進んでいった。
 暫くして、スープで満たされていた大鍋が、空になる。
 食べた量は塵が一番多く、次いでヴァレックであった。
 エルフの姉妹が口にした量は、傭兵から見ると実に少なく、殆ど一人と一体で食い尽くした感がある。

 これで足りるのかね、などとヴァレックは思うのだが、エルフと言うものは少食なのかも知れないし、食糧が節約できるなら、それは良いことではあった。
 そして、食事が終われば、塵とアルアリーゼに言わねばならないことがある。

「一つ、話がある」

 後片付けをしようとするエリアリスを制して、ヴァレックが口を開いた。
 その場の視線が、ヴァレックに集まる。

「俺が、エリアリスとした契約についてだ」

 二人のエルフに、同程度に視線を遣ってヴァレックは言葉を紡いだ。
 そわそわと、エリアリスが目に見えて落ち着きをなくす。
 対照的に、ヴァレックは落ち着いたものであった。
 その様子に怪訝な表情を浮かべ、アルアリーゼが尋ねる。

「エリアリスとわたしを、わたしたちの故郷まで連れて行く、と言うことでしょう?」
「まあな」
「それ以外に何かあるのかしら?」
「ある」

 短い返答が繰り返され、アルアリーゼの顔に疑問の色が濃くなる。
 それに対して、ヴァレックが答えようとするのと、塵が唸り声を上げたのは同時であった。

「何だ」

 砂色の瞳を人狼に向けて、ヴァレックが問う。
 それに対し、る、る、る、と塵が応えた。

「何?」

 ヴァレックが訊き返す。
 視線だけではなく、身体ごと塵に向けて、その唸り声に耳を傾けた。
 う、る、る、と獣の低い声が響く。
 二人のエルフには、塵のこの唸り声にどんな意味があるのかは分からない。
 しかし、どうやらヴァレックにとっても意外なことを言っているようだ、ということは伝わって来た。

「……」

 人狼の唸り声が止むと、ヴァレックが暫し黙す。
 何やら考え込んで、腕を組んだ。
 その思案顔も、直ぐに、普段通りの無愛想なものに代わる。
 口を、開いた。

「俺は、エリアリスを抱いた」

 平板な口調で、あっさりと言う。
 その言葉に最も反応したのはアルアリーゼであった。
 息を呑んで、思わず立ち上がる。

「貴方、何を!」

 そこから先の言葉が出て来ない。
 只、こわい、固形化したような視線でヴァレックを睨んでいた。

「それが、報酬だったんだよ。俺が、あんたとエリアリスを故郷の森に連れ帰る。代わりに、エリアリスを抱く。そういう条件だ」

 刃物の鋭さを有した視線を、平然と受けながらヴァレックは言う。
 一方のアルアリーゼは、頬を紅潮させて、ヴァレックを睨み続けていた。

「条件はもう一つある。エリアリスは、自分が、俺や塵の相手をするから、あんたには手を出すなと、言ってきたのさ」
「そんな、馬鹿なことを……」
「だが、あんただって同じことをやったし、言ったんじゃねえのか? 塵と寝て、自分が人間の傭兵の相手もするから、妹には手を出すな、とな」
「……」

 今度は、エリアリスが目を見開いて自分の姉を見詰める番であった。
 ヴァレックの言葉にアルアリーゼは返答できず、視線を落とす。

「俺が、エリアリスとの契約を守れば、塵があんたとの契約を守れない。逆に、塵が、あんたとの契約を守れば、俺がエリアリスとの契約を守れない。さて、どうするか、だが」

 乾季の砂漠を思わせる瞳を細め、ヴァレックが言葉を切った。
 それから、何でもないことのように、口を開く。

「あんたらに決めて貰う」
「わたしたちに?」
「ああ」

 そう言って、ヴァレックは立ち上がった。
 強い獣毛に覆われた相棒に、視線で次の行動を促す。
 心得たように、塵も立ち上がった。

「結論が出たら、呼んでくれ。外にいる」

 そのまま、塵と共に小屋の外に出て行ってしまった。
 残されたのは、アルアリーゼとエリアリスの二人のみである。
 どちらも、声を発しなかった。
 古ぼけた小屋の中では、空気も殆ど動かない。
 それが、そのまま今の二人の心情を表しているかのようであった。
 しかし、何時までも押し黙っている訳にもいかない。

「あの、姉さま」

 恐る恐る、エリアリスが口を開いた。
 それで、アルアリーゼも自分の妹に向き合う。
 人の手が及ばないほど深い海の色をした青い瞳と、澄んだ泉のような青さを持った瞳が見詰め合った。
 また、静かな時間が過ぎる。
 じっと、自分の妹に視線を遣りながらアルアリーゼは木目の浮いた床に座り直した。

「あの人間の傭兵が言ったことは本当なの、エリアリス」

 尋ねる。
 自分でも驚くぐらい、冷静な声であった。
 こくり、とエリアリスが頷く。

「どうして!」

 高い声が、出てしまった。
 それで、エリアリスがびくりと身体を竦ませる。
 一つ、二つ、息を深く吸い、自分を落ち着かせるアルアリーゼであった。

「どうして、そんなことをしたの」

 今度は落ち着いた声が出せたように思う。
 それに促されてか、エリアリスがそろそろと言葉を紡いだ。

「姉さまだけに、辛い思いをさせたくなかったの」
「わたしに?」

 また、こくりとエリアリスが頷く。
 思い詰めたような貌を、エリアリスはしていた。
 その表情を見ていると、自分の胸に重苦しい予感が沸き起こる。

「貴女、まさか」

 そう言って、エリアリスの清浄な、青い瞳を見る。
 自分は、この綺麗な瞳を守りたかったのではないか。
 例え、自分が穢れたとしても。

「知っていたの?」

 震えながら、その問いを発した。
 敢えて、何を、とは言わない。
 言葉にしなくても、それが何か、分かっているからだ。

「姉さまが、わたしのためにしてくれたことを、わたしは知っています」

 小さな声で、しかし、はっきりとエリアリスは言った。
 例えばそれは、寝るときの毛布が一枚足されていたときのことである。
 例えばそれは、塩気のないスープに、数切れの肉が入っていたときのことである。
 例えばそれは、小麦粉を練っただけのクッキーを二人で食べたときのことであった。

 そんな、些細だけれども、常とは異なることがあったとき、必ず、アルアリーゼが何処かに行くことに、エリアリスは気付いていた。
 それも一人ではない。
 自分たちを警護し、監視している傭兵と連れ立って、姿をくらますのである。
 その傭兵も、一人のときもあれば数人のときもあった。
 そして、その傭兵を相手にアルアリーゼが何をしているのかを、エリアリスは知っていると、明確に言ったのである。

「そう……。知って、いたのね」

 高くもなく、低くもない、平板な声が自分の口から漏れ出すのを、アルアリーゼは聞いた。
 まるで、見知らぬ誰かが、勝手に自分の口を使って話しているかのようである。

「ごめんなさい」

 エリアリスの口からそんな言葉が零れた。
 驚いて、アルアリーゼがエリアリスを見る。

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」

 泣いていた。
 細い肩を震わせて、エリアリスが涙を流す。

「エリアリス……」

 妹の隣に行き、アルアリーゼはその銀色の髪を撫でながら、エリアリスを抱き締めた。
 滑らかな髪であった。
 涙で潤んだ瞳も、綺麗なままである。
 そんな、当たり前のことに今更のように気付いて、アルアリーゼの口元に淡い笑みが浮かんだ。

「ばかね」

 赤子をあやすように、大切な妹を抱き締める。
 何時の間にか、自分の両の眼からも涙が流れていた。

「ばかね」

 もう一度言った。
 自分のしたことも、それをエリアリスに気付かれずに済むと思っていたことも、決して賢い判断ではない。
 しかし、それ以外に何が出来たというのか。
 自分が女であるということ以外に、利用できるものが無かったのだ。

 だから、アルアリーゼとエリアリスは抱き合ったまま、静かに涙を流すだけであった。
 どれ位の間、そうしていただろうか。
 抱きしめた妹の体温が、アルアリーゼを安心させる。

「ね、エリアリス」

 自分の腕の内の大切な妹に呼び掛ける。
 青い瞳で、エリアリスがアルアリーゼを見上げた。

「必ず、わたしたちの森に帰りましょう。二人で力を合わせて、ね」

 その言葉に、最初、反応出来なかったエリアリスだが、その意味を理解すると涙を滲ませたまま、笑みを浮かべる。
 儚げな、しかし、何処か強いものを秘めた笑みであった。

「はい、姉さま、必ず」

 そうして、二人で笑い合う。
 アルアリーゼの笑みもエリアリスと同じく、儚げでありながら、その奥に固い意志が存在していた。
 一頻り笑って、不意に、アルアリーゼの貌から笑みが消える。
 真剣な面持ちでエリアリスを見詰めた。

「ね、エリアリス」
「はい、姉さま」

 急に深刻な口調になった自分の姉を訝しく思いながらも、エリアリスは返事をした。
 逆に、アルアリーゼの方が呼び掛けておいて、次の言葉を続けるのを躊躇っているようである。
 しかし、返事をさせておいて、ずっと黙っている訳にもいくまい。

「あの人間の傭兵とのことなのだけど」
「は、はい」

 少し顔を赤らめて、エリアリスが返事をする。
 その表情が、アルアリーゼには不安であった。

「酷いことを言われたり、されたりはしなかった?」

 それが、アルアリーゼには心配なのだ。
 人間には、エルフのような亜人を蔑視しているものが多い。
 犯したり、使役したり出来る、人間に似た、人間以下のもの――。
 そのように、亜人を捉えているものが殆どなのだ。
 傭兵の内には、そういう価値観とはまた違った見方を持つ者もいたが、矢張り少数であった。

 まして、エリアリスは男女のことについては全くの無知である。
 そこに付け込んで、あの傭兵が自分の妹に無理なことをしたり、無茶なことを強要したりしたのではないか。
 そんな風に、アルアリーゼは考えてしまうのであった。
 しかし、問われた方のエリアリスは、俯きながらもはっきりとした口調で言う。

「い、いえ、全然そんなことは、なかったです」
「本当に?」
「ほ、本当です」

 重ねて尋ねる姉に、エリアリスが今度は顔を上げて、答えた。
 そのまま、言葉を続ける。

「その、しているときも、やさしく、さわってくれましたし、気持ちのいいキスもしてくれましたし、終わったら、わたしの身体を拭いたりとか、髪を撫でたりとか、してくれましたし……」

 一気に、エリアリスは自分とヴァレックの行為について語った。
 その他にも、初めてのそれが大変な痛みを伴っていたことや、そんな自分をヴァレックが優しく扱ってくれて、胸の奥が不思議に暖かくなったことも、話す。
 そこまで語って、エリアリスははたと黙った。
 多分にそれは、アルアリーゼが一種呆気に取られた表情を見せていた所為でもあったろう。
 顔どころか、全身が紅潮するエリアリスであった。

「そ、そう、じゃあ、彼に酷いことはされていないのね」

 何とか平常心を取り戻したのは、姉のアルアリーゼが先であった。
 声に出して答える代わりに、エリアリスが小さく頷く。
 何やら、妙に居心地の悪い沈黙が降りた。
 その沈黙に耐えかねてか、ちらちらと、エリアリスがアルアリーゼを見る。
 そして、意を決したように、アルアリーゼに尋ねた。

「姉さまは大丈夫でしたか」
「? わたし?」

 妹の問い掛けに、今度はアルアリーゼが困惑する番であった。
 そんな姉の様子に、エリアリスが言葉を紡ぐ。

「だって、相手は人狼なのでしょう。それが、心配で……」

 その貌に純粋な気遣いを感じ、アルアリーゼは穏やかな笑みを浮かべた。
 落ち着いた口調で、自分の妹の疑問に答える。

「安心して、エリアリス。彼は随分と紳士的で、それでいて情熱的だったわ。亜人や人間の女の扱いに慣れているみたいで、乱暴なところは少しもなかったわよ」

 余裕さえ浮かべた表情で、アルアリーゼが言った。
 その言葉にエリアリスが「良かった」、と呟く。

 不意に、アルアリーゼの顔に微笑が浮かんだ。
 これではまるで、自分の情人を自慢し合っているようではないか。
 軽く頭を振って、そんな考えを追い払う。

「エリアリス、わたしたちが森に帰るには彼らの力が必要よ。だから――」

 少し、口籠もる。
 これから、自分がしようとしていることを妹が知ったら、どう思うだろうか。

「あの人狼の相手はわたしがするわ。だから、あの人間は貴女に任せたいの。良いかしら?」
「は、はい」

 緊張した面持ちで、エリアリスが答える。
 自分の妹の素直な返答に満足し、アルアリーゼは言葉を続けた。

「では、彼らを呼んで来てくれる? きっと、待ちくたびれているでしょうしね」

 はい、と明るく答え、エリアリスは小屋の外に出て行く。
 何時の間にか、目の前の竈の火が消えかかっていた。
 それでも、熾火がはっきりとした光を放っていて、暖かい。
 この熾火のような、明るく暖かいものが自分たちの旅路の先にあれば良いのだが。
 そんなことを考えていると、頑丈さだけが取り柄のような扉が開いた。

 エリアリスが先頭で、その後ろに続いてヴァレックと塵が入って来る。
 座っていたアルアリーゼの前に、竈を挟んでヴァレックと塵が並んで座った。
 そして、エリアリスがアルアリーゼの隣に座す。

「で、結論は出たのかよ」
「ええ」
「どうなった?」
「契約は続行よ。但し、塵のお相手はわたしが、貴方の相手はエリアリスが務めるわ。それで良いかしら」
「あんたらがそれで良いんなら、こっちがあれこれ言うことじゃねえ。それで構わねえよ」

 如何にも興味なさそうに、ヴァレックは答える。
 そこへ、アルアリーゼが何でも無いことのように付け加えた。

「もし、エリアリスが貴方との契約を嫌がったら、その時はわたしが代わりをするわ」
「ね、姉さま!?」

 思ってもいなかったことを自分の姉が申し出、エリアリスが驚いた声を出す。
 しかし、当のアルアリーゼは落ち着いたものであった。

「わたしの方がエリアリスより経験もあるし、貴方を愉しませる自信はあるわ。異存は無くて?」
「さっきも言った通りだ。あんたらが良いんなら、それで良いさ」

 相変わらず、ヴァレックの言い方は素っ気ない。
 そんなヴァレックとアルアリーゼの様子を、エリアリスが何処か思い詰めたような表情で見ていた。
 この時、ヴァレックはエリアリスの表情の意味をいま少し考えてみるべきであったのかも知れない。しかし、ヴァレックとしては契約が明確になり、それについて合意が成ったということが最重要だったのである。この際、主体となるのはアルアリーゼであって、エリアリスではなかった。交渉相手としての強かさや冷静さ、判断力が違い過ぎる。

 結局の所、ヴァレックはエリアリスを守る対象としてのみ見ており、「いいから、黙ってついて来い」というのが、このエルフの少女に対する基本的な態度なのであった。これが原因で、後日、ヴァレックは頭を抱える羽目になる。

 そして、一週間が過ぎた。

 此処までの間、傭兵とエルフの四人組は、崩れかけた山道や廃道に近い裏道を選んで旅を進めていた。
 お陰で、その歩みは遅い。

「ねえ」

 朝食の用意をと、薪を拾っていたヴァレックにアルアリーゼが声を掛けた。
 深い森の中で、余程の物好きでない限りこのような山中を旅程には入れないだろうというような、寂れた場所である。
 緑の葉が、鬱陶しいほどに繁り、頭上を覆っていた。

 その場には、塵だけが居ない。
 森の奥に、独りで獲物を狩りに行ったのであった。
 エリアリスも、ヴァレックとアルアリーゼからはやや離れたところに居る。
 従って、二人の会話を聞かれることもないであろう。

「何だ」

 無愛想に、ヴァレックが応じる。
 自分に呼び掛けたエルフには振り向かず、拾い上げた枝を、無造作にへし折った。
 ぱきん、と小気味のいい音が響く。

「一つ、訊きたいことがあるのだけれど」
「何だ」

 同じ口調で、同じ言葉を返す。
 また、ぱきん、と音がした。

「どうして、行くのに苦労するような道ばかり選んでいるのかしら。この一週間で、わたしたちは、殆ど距離を稼いでいないわよ」

 深海を思わせる青い瞳でヴァレックを見ながら、アルアリーゼが問う。
 彼女の言うとおり、ヴァレックの選ぶ行程は態と遠回りをしているとしか思えないものであった。
 その間にしたことと言えば、廃村同様の集落で、細々とした備品を購入したくらいである。それさえも、別の村の鍛冶屋で修繕して、やっと使用に耐えるようになったのだ。
 効率、と言う観点からすると、とても及第点は与えられないものであろう。

「用心のためだ」

 簡潔に応じる、ヴァレックである。
 そして、話は以上だ、と態度で示すかのように、それきり口を開かない。
 重ねて、アルアリーゼが尋ねる。

「何に対する?」
「あんたが知る必要はねえな」

 見事なぐらい、素っ気ない返答であった。
 しかし、アルアリーゼはそれに気分を害することなく、言葉を続ける。

「わたしとエリアリスは依頼主よ。正式な契約に基づいた、ね。自分の雇った傭兵が、何を意図しているのか、把握する必要があるわ」

 それに対し、ヴァレックは何か言いたげであったが、沈黙を守った。
 その貌を見て、アルアリーゼは更に言葉を紡ぐ。

「じゃあ、わたしの予想を言わせて貰うわ。貴方が用心しているのは『ギルド』でしょう? 違って?」
「……何でそう思う」
「それ以外にわたしたちに絡んでくるものと言えば、貴方たちが追い払った傭兵ぐらいよ。でも、彼らがそこまでわたしたちに拘るかは疑問ね。それに、傭兵ぐらいなら追い払えるでしょう?」
「確かにな」
「そうすれば、残るは『ギルド』のみ、となるわ。簡単な消去法ね」
「成程な」

 簡潔な言葉で、ヴァレックがアルアリーゼの言葉を肯定する。
 言いながらも、何本目かの乾いた枝を拾っていた。

「ただ、分からないことがあるの。『ギルド』はどうして、わたしたちを追うのかしら。わたしたちを買い付けた相手は始末されたんでしょう?」

 買い付けた、と言う発言に、ヴァレックの枯れ枝を拾う動きが止まる。
 事実に即した表現ではあったが、なかなか言えるものではないだろう。自分が、自分以外の者の道具に過ぎなかった、と認識するのは辛いものだからだ。
 その、自身への客観的な評に感じるところがあったのか、ヴァレックは今までとは違った面持ちで、口を開く。

「理由は、二つある」
「二つ?」
「ああ」

 言って、ヴァレックはアルアリーゼに向き直る。
 抱えた枝は、火を熾すには充分な量であった。

「一つは面子だな。あんたらは、負けた側の持ち物だ。そいつに、大手を振って世の中を渡られちゃあ、勝った方としては、面白くねえ」
「似たことを塵が言っていたわね」
「まあな。負かした相手に残すのは派手な墓標だけ、ってのが連中のやり口だ。今頃、『ギルド』の幹部は徹底して死体を踏みにじっているだろうよ。今回のごたごたでばら撒かれた金や物は全て回収、関わった連中は手早く始末てなところか。事故死か病死か暗殺かは色々だろうがな」

 事実のみを述べる、と言った風にヴァレックは語る。
 実際、この頃の帝都では、有力貴族の何人かが原因不明の失踪や突然死を迎えており、一種、騒然とした空気が満ちていた。

「もう一つはもっと差し迫った問題だ。あんたらが『ギルド』の内情を知る手掛かりになることだ」

 言った方は平然としていたが、それを聞いた側は、驚きよりも疑念が強い表情を浮かべた。
 その貌のまま、発言者に向かって言葉を返す。

「そうは言うけれど、わたしやエリアリスは『ギルド』のことなんて何も知らないわ。此処に来るまで、ずっと閉じ込められていたのだし」

 その反応に、ヴァレックは説明の用を感じたらしい。
 乾いた砂そのままの色をした眼を細めて、話を続けた。

「そうでもねえさ。あんたらを捕まえた連中はどんな格好をしてた? 目立った訛りはなかったか? 陸路、海路、河川、どれをどう使って此処まで来た? 出された食事は肉が多かったか、魚が多かったか? 干してたか、生だったか? 金を使ってるところは見たか? 金貨か、銀貨か? きちんとコインの形をしてたか? 関所は通ったか? あんたら以外に何か運んでいなかったか? 傭兵以外に誰か来なかったか? 来たとしたら、どんな奴だった? 訊くことは幾らでもある。そこから分かることもな」

 ずらずらと、やや無秩序に並べ立てる。
 そうすることで、アルアリーゼやエリアリスが抱えているものを、実感させようと言う気らしい。
 その意図はアルアリーゼにきちんと伝わり、表情が硬いものになった。

「よく分かったわ」

 緊張感の滲む声を、アルアリーゼが発する。
 それでも、徒に怯えたりしないところは大したものであった。

「わたしたちは生きているだけで、『ギルド』の心配の種になる訳ね」
「そう言うことだな」

 淡々とした態度ではあったが、ヴァレックの言ったことは恐ろしい話である。
 国を跨いで広がり、王侯貴族の命さえ容易く左右するような組織に狙われているということなのだ。
 だからこそ、ヴァレックはややこしい道ばかりを選んでいたのである。
 そのことを思い遣ってか、アルアリーゼが暫し黙した。
 ややあってから、口を開く。

「もう一つ訊きたいことがあるの」
「何だ」
「訊きたいこと、と言うより確認ね。何故、わたしたちが『ギルド』に追われていることを黙っていたの?」

 尤もな問い掛けに、今度は、ヴァレックが間を置く番であった。
 言うべきかどうか、考えているようである。

「下手に怯えられたり、騒がれたりすると面倒だからな。吠える仔犬とは狩りは出来ぬ、と言うだろう」

 傭兵の間でも良く遣われる、古い言い回しで、ヴァレックは答えた。
 要するに、足手纏いにならぬように、と言うことである。

「成程ね。そう言う事なら、エリアリスには黙っておいた方が良いかしら」
「そうだな。あいつが、この話を聞いて落ち着いていられるとは思えねえしな」

 そのような言い方で、今後の対応について確認する。
 この時、二人から離れた所にエリアリスが居て、その遣り取りを見てはいた。
 しかし、会話の内容が聞き取れるような距離ではない。
 ただ、ヴァレックと自分の姉が何やら話し込んでいるのは分かった。
 見られている方は、それを気に留めていなかったのだが、エリアリスの表情は暗く沈んでいた。
 もし、ヴァレックがその表情に気付いたなら、それが、アルアリーゼがエリアリスの代わりに自分を抱いても良い、と言ったときと同じだと気付いただろう。
 しかし、ヴァレックは気付かなかった。
 気付かなかったのである。

 それから、更に三日が過ぎた。

 一行はまだ、山の中である。
 途中、寂れた寒村でドミノと呼ばれる頭巾を求めたのだが、生憎手に入らなかった。
 そこから、獣道を進んで行って、沢近くの崖下で夜を明かすことにしたのである。

 とっぷりと、日が暮れていた。
 空には灰色をした重たげな雲が頭上に覆っており、月の明かりも星の輝きも見えない。
 暗かった。
 これが、街であれば酒場や安宿の明かりが周囲を照らすのであろうが、このような山奥では濃い闇が広がるばかりである。
 葉を生い茂らせた樹々も、何やら黒い塊にしか見えなかった。

 その暗い闇の中で、ぽつり、と赤い色が浮かんでいる。
 火の色だ。
 小さいが、歴とした炎の輝きがゆらゆらと揺れている。
 焚き火の炎であった。

 その炎の前には深そうな淵が、滑らかな水面を湛えている。
 背後には一際大きな?が生えていて、太い根が見えた。
 大樹のざらついた木肌が、炎の照り返しに揺らめく。

 炎を樹々との間に挟んで、二つの人影が見えた。
 ヴァレックとエリアリスである。

 細いがしなやかそうな枝を手にして、ヴァレックは淵を向いていた。
 よく見れば、その先端から糸が伸びている。
 釣竿であった。
 胡坐をかいて、ヴァレックは釣り糸を垂らしている。
 横にはエリアリスが寄り添うようにして座っていた。
 いや、寄り添う、と言うには二人の間は隙間が大きい。
 犬や猫の仔がその間に入り込めそうな空間が開いていた。

 その隙間を、埋めようとしてかエリアリスが身じろぎをすることがあるのだが、結局、二人の距離は変化していない。
 動こうとしたエリアリスが、何かを押し留めるようにして、元の位置に戻ってしまうからである。
 傍らのヴァレックはそれに気付いているのかいないのか、同じ姿勢のままであった。

「釣れねえな」
「そ、そうですね」

 ぼそり、と独り言のようなヴァレックの呟きに、エリアリスが遠慮がちに同意する。
 実利一辺倒のようなヴァレックであったが、釣りに関しては甚だ不器用であった。
 以前、大きな鱒を釣り上げたのは、どちらかというと偶然とか、幸運の賜物であったらしい。
 しかし、その釣果のない今の状況が、それ程不本意ではないらしく、先の言葉にも苛立ちや不満は含まれていなかった。

 言っている内に、釣り糸がぴん、と張り詰める。
 それに、当人よりもエリアリスのほうが強く反応した。

「あっ、引いていますよ」

 しかし、ヴァレックはいやに落ち着いている。
 二、三度、竿を振り、手応えを確かめた。

「引っ掛かったな、川底に」

 無味乾燥な言い方をして、手元を引く。
 ぷつん、と音がした。

「あ」

 小さく、エリアリスが声を上げる。
 張り詰めていた糸が、今は、力なく垂れ下がっていた。
 何のことは無い、針が、川底の石か流木にでも引っ掛かったのだ。
 それを無理に引いたので、糸が切れてしまったのである。

「むう」

 ほんの少し、感情らしいものを込めて、ヴァレックが切れた糸を見た。
 大分短くなったそれが、小さく揺れている。

「仕様がねえ、取りに行くか」

 呟くと、ヴァレックは立ち上がった。
 それに合わせるように、エリアリスも腰を上げる。

「あの、わたしが行きます」

 取りに行く、とは切れてしまった糸や、針の予備のことである。
 それを崖下の、風が防げそうな窪みに置いてあるのであった。
 今夜の宿が、そこである。
 窪みの上に、毛布や枝を組み合わせて、テントのようなものを作って寝るのであった。

「そうか」

 そう言って、ヴァレックは地面に置いてあった棍を拾い上げる。
 ヴァレックの得物であった。
 長さは、長身であるヴァレックの背丈以上あり、そして、重い。
 一度これを振るえば、板金鎧を着込んだ人間をも、ヴァレックは貫くことが出来るのだ。

「一緒に行くぜ。色々、物騒だからな」

 当然のようにヴァレックはエリアリスと並んだ。
 勿論、それはエリアリスが『ギルド』に狙われるのを警戒してのことであった。

 とは言え、もし不穏な連中が近付いてきたなら真っ先に塵が気付くはずである。
 獣人の知覚を誤魔化せる刺客、などと言うのは大陸中を探しても滅多にいるものではないし、塵のように戦場を往来してきた人狼となれば尚更であった。

 それを踏まえた上で、『ギルド』の追っ手を誘き寄せることも、ヴァレックは考えていたのである。
 釣りの為に、火を焚いているのもその一環ではあった。
 しかし、だからと言って、エリアリスを一人で行かせる訳にはいかない。

「は、はい」

 自分の隣に立った傭兵の胸中を知る術もないエリアリスは、何処か嬉しそうな色を浮かべ、歩き出す。
 棍を手にしたヴァレックが先を行き、半歩ほど下がって、エリアリスが後に続く。

 灯りはどちらも手にしていなかった。
 エルフであるエリアリスは、暗闇でも物を見ることが出来る。
 対して、只の人間であるヴァレックはそうではない筈なのだが、この男は星も月もない夜闇の内を昼間と同じ様に歩いていた。
 訓練の結果だ、とはヴァレックの言である。

 ざく、ざく、と腐葉土の上を歩く音が、夜の空気を震わせた。
 不意に、それ以外の音がエリアリスの長い耳に届く。
 最初は空耳かとも思えたのだが、微かなそれは、確かに自分の前方から聞こえて来た。
 前を歩くヴァレックは、まだそれに気付いてはいないらしい。
 奇妙な予感めいたものを感じて、エリアリスはその音のするほうへ、無意識に足を向けていた。
 背の低い潅木の葉を避けて、脇道を進む。

 ふ、ん、ふ……

 鼻に掛かった声が、急速に鮮明さを増してエリアリスの耳を打った。
 そして、それに遅れて、彼女の目の前に信じられない光景が現れる。

 暗い森の内でさえ浮かび上がってくる金色の輝きが、真っ先に眼に入った。
 それは驚くほど立派な鬣を持っていて、背中が岩で出来ているかのように盛り上がっている。
 背中だけでなく、全身が見事な筋肉の束で構成されていた。
 強く、しなやかな質感が夜目からでも分かる。
 頭部は、狼のそれだ。
 そして、宝石の如く煌く緑の瞳を持っている。
 長い顎から、白い牙が覗いていた。
 塵である。
 太く、立派な尾がうねうねと動いていた。

 その塵が、柔らかい曲線を持ったものに覆い被さっている。
 曲線は明らかに、女のものだった。
 長い銀色の髪も見える。
 褐色の肌に、数本の銀髪が張り付いているのが扇情的だった。
 その肌にも、銀髪にもエリアリスは見覚えがある。
 自分の姉だ。
 アルアリーゼであった。

 跪くようにして、塵の脚の間に顔を埋めている。
 丁度、真横からそれを見る形になった。

 ふ、ふ、ん、

 また、鼻に掛かった声が響く。
 長い髪をかき上げて、アルアリーゼは頭を上下させていた。
 ずるり、とその赤く色付いた唇から、黒々としたものが吐き出される。

 それは、塵のそそり立った陽根であった。
 アルアリーゼは、塵のそれに口で奉仕をしていたのである。
 唾液とそれ以外の粘液でてらてらと光る舌が、塵の陽根に絡みついた。
 人のものとは違う、尖った先端がびくびくと震える。

 それを見た遭うアルアリーゼの瞳が、蕩けたような光を宿した。
 人狼のえらの張った傘を舌先でなぞっていく。

「気持ち良いかしら?」

 ぴちゃぴちゃと、音を立てながらアルアリーゼが訊くと、低い雷鳴のような声が塵の牙から漏れた。
 それに肯定の意味を汲み取ってか、厚めの唇を笑みの形にして、アルアリーゼは舌による奉仕を続ける。
 逞しい肉茎を、舌全体を使って何度も舐め上げた。
 横から唇で陽根を二、三度啄むと、再びアルアリーゼは人狼のそれを根元まで呑み込んでいく。

 横から見ていると、塵の雄の器官を、咽喉まで使って咥えているのが分かった。
 苦しそうな、それでいて、何処か恍惚とした表情がアルアリーゼに浮かぶ。
 咽喉の内で、塵の亀頭が膨れ上がった。
 吸い上げると、堪らず、塵が美しいエルフの口内に、精汁を盛大にぶちまける。

 どろどろとした、熱い粘液が自分の口一杯に広がっていくのに、アルアリーゼは嫌がる素振りも見せなかった。
 目を閉じて、獣臭のする精液を嚥下していく。
 それに合わせて、アルアリーゼの咽喉が動いた。

 大量の精液を一滴も零さずに呑み干すと、そろそろと自分の口から塵の肉茎を引き抜く。
 粘ついた体液が、アルアリーゼの唇と塵の陽根の間に糸を引いた。
 それを、ぬめりを放つ舌で絡め取ると、口の両端を笑みの形に引き上げる。

「凄いにおいね」

 ぞくりと、背筋が痺れるような、笑みであった。
 それに刺激されたのか、塵がアルアリーゼの手を掴んで、引き寄せる。
 倒れこむように、塵の分厚い胸に抱かれる体勢になった。
 赤い、長い舌で、アルアリーゼの細い首を塵が舐める。
 尖った牙で、女の柔肌を甘く噛んだ。

 ん、と吐息が漏れる。
 人狼が、牙と舌を使って、肌を味わった。
 自然な動きで、アルアリーゼの細い指が塵の陽根に絡まる。

「ね、ヴァレックもここに呼びましょうか」

 淫靡な色合いが濃い口調で、アルアリーゼが言うと、目に見えてエリアリスの顔色が変わった。
 無意識に一歩下がると、とん、と何かに自分の背中がぶつかる。
 驚いて振り向けば、そこに、ヴァレックの長身があった。
 どうやら、エリアリスが脇道に逸れたのに気付いて、後をつけてきたらしい。

「どうも、間の悪いときにかち合ったみてえだな」

 自分の相棒と、依頼人の一人との情事を見ても、ヴァレックは落ち着いたものであった。
 元々、そう言う契約なのだから、騒ぐこともなかろうと考えているらしい。

 その、ヴァレックから頭一つ分下がった所に、エリアリスの綺麗な銀髪が見えた。
 エリアリスが、ヴァレックを見上げる。

 熱っぽい瞳であった。
 いやに真剣な眼差しで、こちらを見ている。
 視線が、その熱を持ったまま、下がった。

「ヴァレックさん!」

 急に、エリアリスがヴァレックに抱きついた。
 いや、抱きつく、と言うよりは押し倒す、と言ったほうが近い。
 バランスを崩して、ヴァレックが後ろに倒れた。
 何とか受身を取ったものの、衝撃を完全に殺すことは出来ずにヴァレックが顔を顰める。

「何だよ」

 美しい少女に圧し掛かられて、無愛想に、ヴァレックは言った。
 しかし、その言葉には答えずに、エリアリスは無言で、ヴァレックのズボンに手を伸ばした。
 革製のベルトを解き、ズボンをずらす。

「おい、何をやって……」

 抗議の声も聞かず、エリアリスがヴァレックの股間に指を伸ばした。
 細い、たおやかな指が、ヴァレックの陰茎を引き摺り出す。
 女と少女の間のラインを持った指に包まれたそれは、一種、グロテスクでさえあった。

「わ、わたしだって出来ます」
「何が」
「出来るんですっ」

 答えになっていない答えを返し、エリアリスはヴァレックの亀頭の先端に小さな口を寄せる。
 赤黒いそれに躊躇しながらも、一瞬の後に、エリアリスの唇が陽根を包んだ。
 雄のにおいが、エリアリスの口腔に広がる。
 その独特のにおいに負けず、ヴァレックの陽根を喉の奥に呑み込んでいった。

 苦しそうな表情で、もごもごと口を動かす。
 小さな口の内で、ヴァレックのものは、まだ反応を見せていない。
 それが不服なのか、一生懸命に舌を動かして、ヴァレックの性器に刺激を与えようとする。

 えらの張った笠の部分や、血管の浮いた裏筋に、柔らかな舌先がぬめぬめと纏わりついた。
 ん、ん、と声が漏れる。
 舌の先が、尿道の小さな穴をつついた。

 びくり、とヴァレックのそれが動く。
 その反応が嬉しかったのか、重点的にその部分をエリアリスが責め出す。
 ぐちぐちと濡れた音が漏れて、薄く色付いた唇の端から、粘ついた唾液が零れた。
 段々と、エリアリスの口内でヴァレックの陽根に熱い血が集まっていく。

 当然、ヴァレックの陽根がその容積を増せば、エリアリスの口の内には収まらなくなってくる。
 膨れたそれが咽喉を塞ぎ、エリアリスがえづく。
 その拍子に、小さな歯の先端が、ヴァレックの陽根を刺した。

「……っ」

 ヴァレックが小さく呻いた。
 そして、エリアリスの頭に両手を添え、そろそろと自分の肉茎を引き抜く。

「無理するんじゃねえよ」

 顔を顰めて、言った。
 涙が、エリアリスの眼の端に浮かんでいる。

「す、すみません」

 俯いて謝るが、その直ぐ後に咳き込む。
 けほ、と息を吐いた。

「あ、あの、大丈夫ですか」

 心配そうに、ヴァレックを覗き込むエリアリスであった。
 砂色をした瞳にその姿が映り、ヴァレックの表情が揺れる。

「ちょっと歯が立ったぐらいなら、構わねえよ。それより、いきなり咽喉を使うほうが無茶だろうが。どうかしたのか」
「う……」

 言葉に詰まり、エリアリスが黙った。
 倒されていた体勢からヴァレックが起き上がると、エリアリスの肩の向こうにアルアリーゼの姿が見える。

「何をしているの」

 棘はないものの、柔らかさもない声で、アルアリーゼがヴァレックに問う。
 背後には塵が立っており、その口の端が吊り上っていた。
 明らかに、面白がっている。

「俺は何もしてねえよ。こっちが訊きたいね」

 その言い方に、アルアリーゼよりもエリアリスが反応して動いた。
 貫頭衣の裾を上げ、下着をずらして自分の幼い性器を露出させる。
 硬くなりつつあったヴァレックの男根を、秘裂にあてがった。
 そのまま腰を下ろして、陽根を自分の胎内に導こうとする。

 先ほどの口淫が原因か、エリアリスのそこは、多少湿っていた。
 しかし、ヴァレックの太いものを迎えるほどではない。

「んっ」

 案の定、エリアリスが苦しそうな声を出す。

「おい、無理はすんな」
「エ、エリアリス!?」

 二人が、ほぼ同時に声を上げた。
 その声にではなく、無理な挿入による痛みの所為でもなく、少女が動きを止めて傭兵を見詰める。

「十日、過ぎました……」

 涙を浮かべて、そんな言葉をエリアリスが吐いた。
 言葉の意味と、エリアリスの意図が分からず、ヴァレックが「はあ?」と訊き返す。

「わ、わたしとヴァレックさんが、その、とりひきをして、十日です。一回だけして、それから、一度もないです」

 そう言えばそうだな、と他人事のようにヴァレックは思い当たった。
 当人としては、エルフの少女に身体的な負担を掛けたくなかっただけだが、エリアリスとしては思う所があるのだろうか。

「や、やっぱり、大人の女のひとが良いですか」
「何が」
「で、ですから、姉さまみたいな、その……」

 途中で、エリアリスの言葉が小さくなっていく。
 不審そうな表情が、ヴァレックの顔に浮かんだ。

「だって、ヴァレックさん、姉さまとばかり話しているじゃないですか。この間も、仲良さそうでしたし、さっきだって、姉さまがヴァレックさんの名前を呼んでいました。わたし、邪魔、ですか? わたしじゃ、ダメですか? 確かに胸は小さいですし、姉さまみたいにうまくは出来ないけど、でも、でも……」

 喋るうちに、感情が先走ったようで、途中から涙声になっていく。
 少女の手でずらされたズボンを上げながら、ヴァレックは言葉にならない愚痴を吐いた。 
 それから、泣き声混じりの主張を何とか自分の脳内で纏めようと努める。
 どうやら、エリアリスはあることについて誤解をしているようであった。それの解消が優先だろう、とヴァレックは判断する。

「あのな、エリアリス」
「はい……」
「言っとくが、お前とやってから、俺は誰とも寝てねえぞ。お前ともそうだが、アルアリーゼともだ」
「ほんとですか」
「本当だよ。何で嘘を吐く必要があるんだ」
「だって、いつも姉さまと話をしてるじゃないですか。わたしとは、全然話さない日もあるのに」
「ありゃ、これからの道筋を話してるんだよ。安全快適な物見遊山じゃねえんだ。色々物騒なこともあるんで、お前には言わなかっただけだよ」
「……」
「まあ、何も説明しなかったのはこっちの落ち度だ。謝るよ」

 そう言って、意外なほど実直にヴァレックは頭を下げた。
 普段の言動からは想像しにくいその行動に、多少ながら、エリアリスに落ち着きが戻って来る。

「さっき……」
「うん?」
「姉さまが、ヴァレックさんの名前を口にしたのはどうしてですか」
「さあな、俺は知らん」

 取り繕う訳でもなく、ヴァレックは答えた。
 しかし、エリアリスは納得がいかないようで、じっとヴァレックを見続ける。
 まるで、そうすればヴァレックの顔に、答えが浮かび上がるとでも思っているようであった。

 溜め息をついて、ヴァレックがエリアリスの肩越しにアルアリーゼを見遣る。
 あんたが原因なんだから、あんたが釈明してくれ、と言った風情であった。

「塵を通せば、ヴァレックの相手もわたしが出来ると思ったのだけれど……。彼が、貴女に手を出していないとは考えていなかったのよ」
「だ、そうだ。納得したか」

 言われて、エリアリスは困ったような顔をして、ヴァレックを見返す。
 後ろめたいところがある訳でなし、ヴァレックはその視線を平然と受け止めた。
 言葉よりも、ヴァレックのその態度を信頼したのか、エリアリスは、こくん、と小さく頷いた。

 そんなエリアリスに、ヴァレックは少なからず危惧を覚えてしまう。
 危惧、と言うのが大袈裟なら、似合わない気遣いとでも称すべきだろうか。
 兎も角、そのような心理作用の結果、ヴァレックは口を開いた。

「こいつは忠告だがな、エリアリス」
「は、はい」
「勝手な思い込みで行動するな」
「思い込み、ですか」
「そうだ。お前、俺が初めての相手なもんだから、変に理想化してねえか」

 冷静な口調で、ヴァレックが言う。
 その指摘に、エリアリスは何か言おうとして、しかし、結局黙った。

「俺はな、傭兵だよ。報酬を貰って、やることをやる。それだけのもんだ。信用とか、信頼とか、いれ込み過ぎるな。俺を利用することを考えろ。でないと、寝首を掛かれるぞ」

 言ってから、ヴァレックは顔を顰めた。
 アルアリーゼの向こう側に立った塵が、にやにやとした笑みを浮かべているのが見えたからである。
 ついでにアルアリーゼまで意外そうな顔をしていた。
 ち、とヴァレックは舌打ちをする。
 そして、驚くほど澄んだ空色の瞳が、そんなヴァレックを真っ直ぐに見詰めていた。

「ヴァレックさんは、わたしの初めてのひとです」
「知ってるよ」

 敢えて、つっけんどんに言うとエリアリスが泣き笑いのような表情を見せる。
 その表情のまま言葉を続けた。

「森の外で捕まって、海を渡って、ここまで連れて来られました。多分、二年ぐらい経っていると思います」

 ヴァレックは黙って聞いている。
 エリアリスの瞳は相変わらず美しかった。

「その二年間で、わたしが目線を合わせて話した男のひとは、ヴァレックさんが初めてです」

 そう言ってから、エリアリスは順番に、自分にとっての『初めて』を列挙していった。

 対等の取引をしたのは、ヴァレックが初めてである。
 料理を異性の為に作ったのは、ヴァレックが初めてである。
 それを、おいしい、と言ったのも、ヴァレックが初めてである。
 キスも、ヴァレックが初めてである。
 抱かれて、あたたかいと思ったのも、ヴァレックが初めてである。
 抱かれた、その先のことも、ヴァレックが初めてである。
 一言話すだけでどきどきとしてしまうのも、ヴァレックが初めてである。
 一言も交わさずに一日が終わって、ものすごく落ち込むのも、ヴァレックが初めてである。
 そう言う寂しい夜に、されたことを思い出して、胸が苦しくなるのもヴァレックが初めてである。

 その様なことを、次々と上げていく。

 溢れ出てくる言葉に、ヴァレックはどう答えるべきか分からなかった。
 或いは、戸惑っていると言っても良いだろう。
 悪意や恫喝には慣れているが、心の奥底からの真情というものにヴァレックは余りお目に掛かったことが無かったのだ。

「全部、全部、ヴァレックさんが初めてなんですよ」

 そう言った少女の表情は、ヴァレックが知り得る中でも殊に透明で美しかった。
 思わず見蕩れてしまうほどだ。

「そんな特別なひとのことを、特別に思ってはいけませんか?」

 真摯な言葉に、ヴァレックは矢張り沈黙している。
 自分が、柄にもない忠告を口にして、墓穴を掘ってしまったことをヴァレックは悟った。
 その穴の深さと広さは、丁度、自分と小柄なエルフの少女が入るぐらいの大きさである。

「お前なあ」

 呻くような口調で、ヴァレックが言った。
 手振りで、傍に来るようにエリアリスを招く。
 少し、訝しげな貌をしながらも手と膝を使って少女がにじり寄った。

 目の前まで来たエリアリスに、後ろを向くよう、無言で指示する。
 それにも素直に従って、背を向けた少女の背中をヴァレックは後ろからいきなり抱きすくめた。
 きゃ、とエリアリスが驚いた声を上げる。

「そう言うことを、俺みたいな傭兵に面と向かって言うな、阿呆」

 抱きしめたまま、ヴァレックはエリアリスの細い首に口付けをした。
 その感触に身体を熱くしながら、エリアリスはヴァレックの表情を想像した。
 多分、困っているような、怒っているような、そんな貌をしているのだろう。

「本気にするだろうが」
「本気ですよ」

 間髪入れずに返答されて、ヴァレックはまたもや呻いた。
 ぶつぶつ言いながら、貫頭衣の裾から手を差し入れる。
 指先で、少し肋が浮いた滑らかなわき腹をなぞった。

 ぴくり、とエリアリスの背中に緊張が疾る。
 それに気付かぬように、ヴァレックの両手がエリアリスの胸に辿り着いた。
 本人が言うように、エリアリスの胸は小さい。
 しかし、無論、それは少女特有の柔らかさをきっちりと備えており、僅かながらふくらみもある。

 その控えめなふくらみを、指で円を描くようにして刺激した。
 先ずは右のふくらみの頂点を、指で摘む。
 ん、とエリアリスが声を漏らした。
 親指と人差し指で、くにくにと念入りに弄る。
 その度に、少女の口から息が吐き出された。

 薄く、ピンクに色付いたそれが徐々に立ち上がっていく。
 しかし、左側の胸は、ヴァレックの掌が穏やかに撫でているだけであった。
 その分を補うかのように、右手の責めが強くなっていく。

「あ、あ……」

 エリアリスの上げる声が、切なさを増した。
 眉を顰め、下唇を噛んで声を出さないようにしているのだが、どうしても出てしまうようであった。
 快楽が、ゆっくりと、確実に大きくなっているのだろう。
 杯に、そろそろと美酒を注いでいるような感覚である。
 エリアリスが杯で、注いでいるのはヴァレックだ。

 だが、その注ぎ方が均等ではないのである。
 片方ばかりが、熱くなっていく。
 右胸の乳首が、明らかな固さを持ってその存在を主張しているのに、左胸は微熱を持っている程度だ。

 無意識にエリアリスが身体をよじり、ヴァレックの指先を胸の頂点に触れさせる。
 それだけで少女の身体が、ぴくん、と反応した。

「こっちにも欲しいのか?」
「そ、そんなこと……、うんっ」

 返答の途中で、ヴァレックが左の胸を抓み上げる。
 不意に与えられた刺激に、エリアリスが背中を反らせた。
 華奢な肩が、震えている。
 殆ど呼吸困難のような呼気と吸気を繰り返していた。
 それが治まるのを待って、ヴァレックが口を開く。

「わり、強すぎたか」
「うう、もうちょっと優しくして下さい」
「分かった」

 言った通りに、ヴァレックは、両の手で穏やかな愛撫を施した。
 指先が踊るように、少女の胸やその先端を叩く。

「ね、エリアリス気持ち良い?」

 急に、目の前にアルアリーゼの顔が見えた。
 何時の間にか、ヴァレックに抱かれたエリアリスの目の前に居たのだ。

「ね、気持ち良い?」

 同じことを、同じ口調で問う。
 その間にも、エリアリスの小さな胸は無骨な指でこね回され、練られていた。

「きもち、いいです、姉さま……」

 陶然とした、泣きそうな声でエリアリスが答える。
 それを聞いているアルアリーゼの顔にも、熱に浮かされたような色が浮かんでいた。
 彼女の背後には巨大な人狼が立っていて、アルアリーゼの首筋にちろちろと長い舌を這わせている。

 深い海の色を吸い込んだかのような青い瞳には、自分の妹が嬌声を上げる姿が映っていた。
 奇妙な感覚が胸中に湧く。
 まだ子供であるはずの自分の妹が、女の貌をして、女の声を出しているのである。
 もし、そこに嫌悪や恐怖があったのなら、彼女は当然耐えられなかっただろう。

 しかし、エリアリスの貌に浮かんでいるのは羞恥と、安堵と、快楽であった。
 そして、それを与えているのは、その背後にいるヴァレックなのだろう。
  
 塵が、アルアリーゼの思考を遮るように、貫頭衣の裾を上げ、彼女の豊かな双丘を剥き出しにした。
 夜目にも、その量感が分かるほどである。
 長い、尖った爪が、滑らかな肌を僅かに引っ掻いた。
 く、とアルアリーゼが啼く。

 巨躯を揺らして、塵が低く唸った。
 妖艶な褐色の肌の上で、獣の爪が踊る。
 節くれ立った指に揉まれ、アルアリーゼの乳房がその形を自在に変えた。

 る、る、る、と塵が唸る。
 その低い轟きに、ヴァレックが視線を向けた。
 また、る、る、と塵が唸る。

「うるせえよ」

 何やら、塵がヴァレックの気に障ることを言ったようである。
 しかし、アルアリーゼもエリアリスも、自分の胸に与えられる刺激に酔いつつあり、反応することが出来なかった。

 く、る、る。

 再度、塵が唸るとヴァレックの眼に明らかな険が現れる。
 自分の相棒である人狼を、睨み付けた。

「うるせえな。ちいせえ胸でも感度はいいんだよ」

 つい、口をついて言ってしまった。
 当然、その言葉を聞いて、エリアリスの頬が更に朱色を増す。

「すいません……」

 申し訳無さそうに呟くエリアリスである。
 ばつの悪そうな顔をして、ヴァレックが、ち、と舌打ちをした。
 それから、水晶のような輝きの銀髪に軽く口付けし、ほっそりとした首筋を数度、啄ばむ。

「気にすんな。その内、大きくなる」
「そうでしょうか……」
「そうだよ」

 言っては見たものの、エリアリスの表情は暗い。
 姉と言う比較対象が至近にあるせいで、自分の体形に自信が持ちにくいのだろう。

「まあ、あれだ。きっちり俺が大きくしてやるから、安心しな」
「は、はい! よろしくお願いします」

 えらく意気込んで、エリアリスが言った。
 発言した傭兵としては、余り上品とは言い難い冗談だったのだが、言われた少女は額面通りに受け取ったようである。

 し、し、し、と空気が隙間から漏れる音が聞こえた。
 牙と牙の間から、塵が呼気を吐き出しているのである。
 笑っているのであった。
 それで、ヴァレックは塵が自分とエリアリスをからかっていたのだ、と気が付いた。

「てめえ、嵌めやがったな」

 仏頂面で言ってはみたものの、迫力に欠けているのは如何ともし難い。
 その表情がまたおかしいらしく、塵が笑った。

 くそ、とヴァレックは毒づいたが、これ以上この人狼を相手にするのは不利と考えてか、それきり黙る。
 代わりに、エリアリスへの約束を果たすかのように、その慎ましい胸への愛撫を続けた。

 確かに、ヴァレックのこれまでの経験から言えば、女はふくよかな方が好みである。
 しかし、こうやって、肉の薄い、手の平で簡単に隠れてしまうような胸を弄るというのも、悪くはない。
 ささやかな隆起の控えめな柔らかさも良いし、胸が小さい分、心臓の鼓動が直接自分の指に伝わってくる気がするのも良い。
 それ程差があるわけでもないだろうが、そう思えるのならそれで良いのだ、とヴァレックは考えた。

 ヴァレックの右手が、するするとエリアリスの足の付け根に伸びて行く。
 傭兵稼業の中で、傷だらけになったその指先が、少女の秘所に触れた。
 簡素な下着の上から、秘肉の縁をなぞる。

 布の上からでも分かるぐらい、エリアリスのそこははっきりと濡れていた。
 何度か上下に擦り上げると、荒い息が少女の口から漏れる。
 粘性の高い液体が、ヴァレックの指先に絡みついた。

 布地をずらして、直接、少女の秘裂に指を潜らせる。
 つぷ、と艶かしい音がした。
 人差し指の第一関節までを、鮮やかなピンク色をした裂け目に刺し込むと、肉襞が別の生き物のように指を締め付ける。
 腹を空かした動物のようであり、実際、彼女は飢えているのだ。

 それに関しては、ヴァレックの前に居るアルアリーゼも同様だった。
 人狼の、強い獣毛で覆われた指が、エルフの秘所をぱっくりと開ける。
 とろとろと、白濁した液が零れた。
 そこへ、塵は無遠慮に自分の隆々とした陽根をあてがう。

 一気に、塵の男根がアルアリーゼの陰唇を割って彼女の体内へ進んだ。
 巨大なそれを受け入れて、アルアリーゼが背を反らす。
 銛で突かれた魚のようであった。
 びくん、びくん、と震えながら、身体の奥まで雄の器官を呑み込んでいく。

 仰け反ったアルアリーゼの咽喉の曲線が、淫猥で、美しい。
 腰が動いた。
 女の身体の一番奥で、獣の陽根の先端が容赦なくそこを突き上げる。

 その度に、結合した部分から卑猥な音が聞こえてきた。
 悲鳴のような随喜の声を、アルアリーゼが繰り返し発する。
 こつ、こつ、と肉どうしが当たった。

 ああ、とエリアリスが吐息を漏らす。
 その小さい秘裂の内を、ヴァレックの指がぐるぐるとかき回していた。

「あ、の、ヴァレックさん……、もう……」

 切羽詰った声であった。
 おう、と小さく囁いて、ヴァレックが指をエリアリスの肉壺から引き抜く。
 ぬるりとした感触が、指先に残った。

 細く、肉付きの薄い脚を広げて、自分の陽根をエリアリスの秘所に添える。
 しかし、その体勢にエリアリスが頭を振った。
 身体を捻って、ヴァレックのほうを向く。

「ヴァレックさんの、顔を見たいです」

 その言葉が、歴戦の傭兵に与えた効果は絶大で、ヴァレックは、ぬ、と唸った。
 尤も、その表情はエリアリスからははっきりとは見えなかったのだが。
 その表情を素早く仏頂面に切り替えたヴァレックは、エリアリスの脇の下に手を入れて、身体を持ち上げた。
 大した苦労もなく、自分の方を向かせる。
 エルフの少女の軽さに、美しいが壊れやすい飾り細工を連想し、ヴァレックは自嘲を覚えた。何とまあ、似合わないことを。

 そんな思考の僅かな惑いを無視し、ヴァレックはエリアリスの小さな肉の裂け目に自分のものをあてがう。
 少女のそこは矢張り未成熟で、血の色をした筋が遠慮がちに開いて、粘ついた液を零していた。

「力は抜けよ。後、痛かったら、そう言え」

 ゆっくりと、エリアリスの内へ自分の陽根を進めながら、ヴァレックが言う。
 みち、みち、と生々しい音と感触が二人の腰に伝わった。
 小さな身体相応に、エリアリスの内は狭く、きつい。

 苦しそうな表情が、エリアリスの顔に浮かんでいた。
 当然だろう、まだ、男を受け入れるのは二度目なのだ。
 そして、一度目も自分であると思うと、ヴァレックの胸中に何とも言えない感覚が湧いた。

 自分の目の前で、快楽よりは苦痛を多分に感じているのであろう少女の唇を奪う。
 完全に不意を突かれて、エリアリスが目を見開いた。
 直ぐに、ヴァレックの舌がエリアリスの口腔に侵入する。

 舌先が、エリアリスの歯の上を舐め取った。
 つるつるとした歯の表面に、ヴァレックの唾液が擦り込まれていく。
 最初は驚いていたエリアリスも、自分の舌先をヴァレックのものに絡ませた。
 粘膜と粘膜が触れ合う。
 男の唾液と少女の唾液が混ざり合った。

 その混ざり合ったものを、互いに啜る。
 少女の香りを持ったものが、ヴァレックの咽喉を降りていった。
 男の香りを持ったものが、エリアリスの咽喉を降りていく。

 うねうねと舌が蠢きながら、相手の体液と自分のそれとを掻き混ぜた。
 溶けていく、とエリアリスは思う。
 ヴァレックの言葉で、ヴァレックの指で、ヴァレックの舌で、自分は溶かされるのだ。
 そして、ヴァレックの陽根がどろどろになった自分をかき回す。

 狭い膣道が、締め付けを増した。
 決して離すまいとするように、ヴァレックの性器に吸い付く。
 ぴったりとした肉の隙間を、陽根が進んでいった。
 少女の頼りなげな腰が、ヴァレックのものを納めていく。

「おい、無理はするな。奥まで行っちまうぞ」

 心配になったヴァレックが言うが、エリアリスは黙ったままであった。
 辛そうな表情に、精一杯の笑みを浮かべる。

「だい、じょうぶです。んっ」

 こつん、とヴァレックの陽根の先端が、エリアリスの子宮口に当たった。
 その感触が、傭兵と少女の双方に伝わる。
 連続して、エリアリスが浅く息を吐いた。
 暫くそのままにして、ヴァレックはエリアリスの呼吸が収まるのを待つ。

「動くぞ」

 宣言して、ヴァレックは少し腰を動かした。
 ほんの僅かな動きであったが、エリアリスの未熟な子宮には充分な刺激であったようで、びくびくと身体全体が痙攣する。
 眼を閉じて、エリアリスがうわごとのようにヴァレックの名を呼んだ。

 応えて、ヴァレックが唇を重ね合わせる。
 動きを激しくしたのは、ヴァレックの方か、それともエリアリスなのか。
 兎も角、二人の繋がった部分からの音が大きくなっていった。

 少女の肉の襞は熱く、きつく、切ないほどに男のものを締め付けてくる。
 男の肉は、熱く、硬く、苦しいほどに少女の奥を突き上げていく。

 繰り返し、繰り返し、ヴァレックとエリアリスは互いのものをぶつけ合った。
 その度に生じる快楽を貪るようにして、また、動きが激しくなっていく。
 こりこりとした感触が、ヴァレックの亀頭に伝わった。
 繋がった部分から、白濁した愛液が溢れて、互いの腿を汚す。

 陽根の先端がその強張りを増した。
 陰茎の中を、粘液質の精汁が上がって行く。
 限界を感じ、ヴァレックは陽根を引き抜こうとエリアリスの腰に手を掛けた。
 しかし、エリアリスは却って自分の脚をヴァレックの脚に絡める。

「おい」

 そう声を出したが、声を掛けられた少女は傭兵の身体を放そうとしない。
 何と言っても、エリアリスは男の身体を知って経験が浅い。
 だから肉体的にも精神的にも余裕がないのだろう、とヴァレックは幾分冷静に今の状況を判じた。

 兎に角、自分のものを引き抜かないことには、この少女の膣内で、派手にぶちまけることになる。
 そう考え、腰を引こうとするのだが、エリアリスは力を込めてしがみ付いてきた。
 吸い上げるように、肉襞が蠕動する。

「おい、やばいから放せ」

 再度、言ってみたがエリアリスは自分の身体を密着させて来る。
 体格を考えれば、大した重さもないエリアリスを跳ね除けるなど容易そうであったが、行為の最中で、ここまでくっつかれるとそれも難しかった。

「放せって。お前の内に出しちまうだろうが」

 その言葉に、エリアリスは何と、首を横に振って応えた。
 泣きそうな、蕩けそうな貌の所為か、それとも、膣の襞の締め付けの所為か、ヴァレックの陰茎の先端から、精液が激しく撃ち出される。
 どくん、どくん、とエリアリスの小さな子宮にヴァレックの精汁が注がれていった。

 濃い、ほとんど固形物のような精液が、子宮に溜まっていく。
 身体の芯を、熱さと得体の知れない触感に満たされて、エリアリスは全身を痙攣させた。
 自分の奥にヴァレックが精液を吐き出している――
 その事実が、少女の精神を高揚させた。

 子宮の奥から、ヴァレックのそれが染み込んでいって、自分が別の生き物になるような感覚に襲われる。
 口からは、ヴァレックの唾液を呑まされ、子宮からは精液を呑まされているのだ。
 ぞくぞくとしたものが自分の腰から伝わって、腸を掻き回し、胸を蕩かし、咽喉を震わせ、頭の中を真っ白にしていく。

 引き攣ったように顔を天に向けて、エリアリスは初めての絶頂を迎えていた。
 ぴったりとヴァレックに密着し、その子種で、少女は自分の子袋を余すところなく満たしたのであった。

 そして、ヴァレックとエリアリスの事が済んで、一時間ほどが経った頃。

 気怠い空気が、周囲を支配している。
 今夜の寝床と決めた崖の窪みで、ヴァレックは溜め息混じりに、エリアリスに説教を開始しようとしているのであった。
 木の枝を組んで、窪みに立て掛けて風除けとしたり、地面の石を取ったりと言った雑事は粗方済んでいる。
 今は、毛布の上に座して、ヴァレックとエリアリスは向かい合っていた。

「何を考えてやがる」

 先ず、その様に言った。
 声に、怒りよりも呆れている色が濃い。

「ガキを孕んだらどうする気だったんだ」

 その問いに、エリアリスは答えない。
 尤も、エルフと人との間に子が出来ることはそうは無い。
 だからと言って、ハーフエルフが希少というわけでもないが、これは回数の問題だろうとヴァレックは見做していた。

 例えば、一人のエルフが居るとする。
 もし、そのエルフが奴隷であれば、大抵の場合、浮かれ宿で春をひさぐことになるだろう。実際、エリアリスとアルアリーゼもそうなりかけた。
 そして、大金で取引されることの多いエルフであるから、元手を取るために、多くの客と寝る羽目になる。その結果、子を孕んでしまうのである。

 或いは、余り無いことだが、エルフが普通の人間と、対等な関係を築いた上で結ばれたとする。
 当人たちにとっては、幸福なのだろうが、周囲はそうは見ない。地域によっては亜人を家畜扱いしている所もあるのだ。
 その様な状況下であるから、却って二人の結び付きは強くなる。その結果が、受胎率の低い筈のハーフエルフの誕生という訳である。

 しかし、今はそう言うことが問題なのではない。
 行為の最中の、エリアリスの意図が重要なのだ。

「ヴァレックさんは、子どもは、欲しくないですか」

 逆に、エリアリスが訊いてきた。
 それに対するヴァレックの応答は実に簡潔である。

「要らん」
「どうしてですか」
「簡単だ。お前を故郷に帰すのに邪魔だからだ。大体、でかい腹を抱えた女を連れ歩けるか」
「……」

 傭兵の、贅肉を削ぎ落としたように明快な答えに、エリアリスは口を噤んだ。
 何やら、黙考を始めている。
 その姿に、妙に嫌な予感を覚えるヴァレックであった。

「じゃ、じゃあ、故郷の森に戻ったら、ヴァレックさんの子どもを産んでも良いですか」
「は?」
「だって、森に帰ればもう旅をする必要はないですよね。そうしたら、わたしのお腹が大きくなっても、小さな赤ちゃんがいても困らないですよね」
「いや、ちょっと待て」
「きっと、森に帰る頃には、その、わたしの胸も、お、大きくなっていますから、赤ちゃんに、お乳をあげることもできます。姉さまや、叔母さまもいますから、困ったら相談することも出来ます。それに住む所もちゃんとありますし、父さま、母さまへの紹介も……」
「いや、だから、ちょっと待てって」

 両親への挨拶まで思慮に入れているエリアリスの発言を、ヴァレックが遮った。
 制止に素直に応じて、エリアリスがヴァレックを見る。

「落ち着いて考えろ。お前、俺の子だぞ。ハーフエルフだぞ」
「はい」
「嫌じゃねえのか」
「え? いえ、全然」
「何で?」
「それは、その……」

 続きを発することなく、エリアリスが黙って俯いてしまった。
 上目遣いで、ちらちらとヴァレックを見るのだが、その頬が赤い。
 その表情に、自分が途轍もない間抜けになったような感覚を、ヴァレックは覚えた。
 実際、もし自分以外の男が、女にこんな問い掛けをしたと聞いたならば、そいつの頭蓋の中身は犬の糞と同等だと評するところだ。

「分かった、言わなくていい。言われたら、俺が完璧に阿呆になる」

 既に阿呆なんだろうな、と薄々感じながらもヴァレックは言った。
 溜め息と深呼吸を同時に済まして、立ち上がる。

「外に出てる。あいつらも呼ばねえとな」

 あいつら、とは塵とアルアリーゼのことであった。
 実は、ヴァレックとエリアリスが済んだ後も、あの人狼とエルフは交わっていたのである。
 相棒の性交渉を眺める趣味を持たないヴァレックは早々に引き上げてきた訳だが、放置も出来まい。

 壁の役目を務める枝の脇を抜けて、窪みの外に出た。
 外、などと言っても、枝と葉で区切られた程度だが、それなりに気温の差は感じる。
 肌寒い。

 ぬ。

 空気に、寒さ以外のものを感じてヴァレックが歩みを止めた。
 はっきりしたものではない。
 気のせいと言えば、言えてしまうような些細な感覚だ。
 風に飛ばされた羽毛が軽く肌に触れ、また飛ばされて行った――。

 その程度の僅かな感触であった。
 何者かの気配だとか、視線と言えるものではない。
 しかし、ヴァレックは立ち止まったまま、周囲に気を巡らす。

 得物である棍は、エリアリスの隣に置いてきた。
 無手である。
 身に付けているのは、バンデッドメイルと、グリーブであった。
 籠手はない。

 背後は、今夜の宿と決めた崖下の窪みがある。
 前方には、暗い森が広がっているのだが、森と崖の間には背の低い羊歯が生えていた。
 その群生した羊歯の内に、ヴァレックは立っている。
 右手には大きな岩がごろりと転がっていた。

「ほう、気付いたか」

 唐突に、自分以外の者の言葉が、空気を振るわせた。
 何時の間にか、岩の横に影が立っている。
 ヴァレックの身体に緊張が疾る。

 自分の知らぬ間に、それが現れたからだ。
 側にある、岩に隠れてでもいたのだろうか。
 しかし、人一人が潜めるほどの大きさではない。
 気配を全く感じなかったというのも驚愕である。

 そして、影の持つ輪郭が歪であった。
 横に、いやに広い。
 驚くほど夜目の利くヴァレックにも、どういう容姿なのか見えなかった。
 ただ、右手に杖のようなものを握っているようではある。

「何者だ」

 殆ど唇を動かさないやり方で、ヴァレックが問う。
 影が、微かに動いた。
 どうやら、笑ったらしい。

「泥顔」

 その名乗りと同時に、雲が割れた。
 青白い月光が、雲間から降る。
 む、とヴァレックが唸った。

 月光に照らされた男の姿が露わになる。
 それは、人の姿をしていなかった。

 毛髪の一本もない頭と、ぎょろりとした楕円形の目玉。
 鼻らしい突起は見えず、無遠慮に鼻の穴だけが横向きに開いている。
 口が大きい。

 首が無かった。
 直接、胴体に頭部が乗っているのである。
 緩んだ粘土を、子供が積み上げたような体格であった。
 湿地帯に住む両生類を、人間大にして、無理矢理立たせたように見える。

 しかし、その眼光には明らかな知性が宿っており、値踏みするかのようにヴァレックを射抜いていた。
 右手に、先端が瘤になった太い枝を握っている。
 杖代わりであろう。
 上半身には何も身に付けておらず、下半身はブラッカエと呼ばれる縫い合わせたズボンを着用していた。
 肌が、乾いた石のように白く、質感もそれに近い。

「デイガン、か」
「おう」

 奇妙な響きを持つその名を反芻すると、泥顔が短く肯定する。
 異様な外観に反して、低い、深みのある声であった。
 その声にも態度にも、殺意や敵意といったものは感じられない。
 それが、却って不気味であった。

「『ギルド』か」
「然り」
「人か」
「蠱術師よ」
「ぬ」

 簡潔な泥顔の返答に、ヴァレックが言葉を詰まらせる。
 蠱術師、と言う不気味な術者のことは聞いたことはあるが、実際に目にしたことは無い。
 当然、闘ったことは無く、その対抗策はこれから建てねばならないのだ。

「殺しに来たのか、俺らをよ」

 自明のことであったが、敢えて訊く。
 上手く時間を稼ぐことが出来れば、森から塵とアルアリーゼが戻って来るだろう。
 そうすれば、この異様な蠱術師を挟み撃ちに出来る。
 その為の、問いである。
 勿論、それに泥顔が答えるという保証は無い。
 『ギルド』の息が掛かっているのなら、ヴァレック達を暗殺しに来たのは確実であり、この瞬間に仕掛けてきても不思議ではなかった。

「ふふん」

 しかし、泥顔の反応はヴァレックが予想していたものとは違った。
 口の両端を吊り上げ、泥顔は笑ったのである。

「確かに、始末せよとは言われておるがの。今日は、様子見よ」
「へえ」
「『ギルド』の上前を跳ねた傭兵がどれ程のものかと思うてな、見物に来たのさ」

 そこまで言って、泥顔は、泥が煮立つような音を立てた。
 愉快そうな表情から察するに、それが泥顔の笑い方らしい。

「それが、見ておれば何やら痴話喧嘩をやらかした挙句、甘ったるい睦言まで交わしておるではないか。面白うて、つい、出て来てしまったのよ」

 また、水よりも重い液体が沸くような音で、泥顔が笑った。
 ぎょろりとした目玉が、糸のように細くなる。

「何時から見てたんだ」
「追い付いたのは、つい先刻よ」
「それで、覗いてた訳か。悪趣味だな」
「暇つぶしよ。悪く思うな」
「で、どうする」
「何をじゃ」
「やり合うのかってことさ」

 くく、と泥顔が笑った。

「今宵は、様子見よ。言ったであろうが」
「そいつはあんたの都合だ。こっちは違うね」

 ヴァレックの言葉と同時に、泥顔に注いでいた月光が翳った。
 雲が、月を覆ったのではない。
 その証拠に、ヴァレックは未だ月明かりの中に立っていた。

 月の光を、雲以外の何かが遮ったのである。
 泥顔が、天を見上げた。

 欠けた月を背に、巨大な獣が虚空にいた。
 黄金の砕片を纏ったかのように、その輪郭が輝いている。
 塵であった。
 両手の爪が、鋭く、長く、伸びている。

 びょう、と風を切って塵の右腕が振り下ろされた。
 その剣の如き鋭利な斬撃が触れる寸前に、泥顔の身体が跳ねる。
 ヴァレックから見て右手にある岩を跳び越え、その影に着地した。

 獣毛に覆われた塵の巨躯が、それに遅れて、降り立つ。
 その圧倒的な筋肉の質量からは想像できないほど、軽やかな動きであった。
 しかし、塵と泥顔の間には一抱えほどの岩があるため、塵の次の攻撃が繋がらない。

 少なくとも、泥顔はそのように考えて今の位置に動いたのだろう。
 だが、塵の行動はその予測を超えていた。

 太い脚の爪が、地面を抉る。
 蹴りの為の予備動作であった。
 ごつい筋肉の束が動いて、右脚が直線的な軌道で放たれる。

 泥顔に向けてではなく、その前にある岩目掛けての蹴りであった。
 轟、と何かが爆発するような音が響く。
 岩が、砕けていた。
 その破片が、泥顔に向けて飛び散っていく。

「ぬうっ」

 初めて、余裕の無い声を泥顔が上げた。
 右手の杖で、子供の拳ほどもある石の欠片を叩き落す。
 そして、その間に、塵が距離を一気に詰めた。

「ちいっ」

 更に、泥顔が下がろうとする。
 そこへ、ヴァレックが走り込んだ。
 無論、武器らしいものは手にしていない。
 だが、泥顔の視界の隅に、小さな塊を握った右手が入った。

 抜け目無く、砕けた石を拾っておいたのだろう。
 しかし、今更一つや二つの飛礫を受けても問題ではない。
 そんな泥顔の胸中を無視して、ヴァレックの右腕が撓った。

 引き絞られた矢のように、飛礫が空を切る。
 その軌跡が、恐ろしく低い。

「ぬおっ」

 完全に意表をつかれた声を、泥顔が発する。
 ヴァレックは、泥顔に向けて飛礫を放ったのではなかった。
 丁度、距離を取ろうとした泥顔の足元の地面を狙ったのである。
 着地点に石を打ち込まれ、足を下ろすタイミングが微妙にずれた。

 ほんの僅かな、呼吸一つか二つ分のずれである。
 しかし、驚異的な身体能力を持つ人狼にはそれで充分であった。
 逃げようのない距離まで、間合いを縮める。
 完全に、捉えていた。

 しゅう、と塵が息を吐く。
 両肩の筋肉が、小山のように盛り上がり、波のようにうねった。
 右腕の爪が、長剣の刃ほどにも伸びる。

 水平にその右腕を振り抜く。
 ぞぶり、と何かが裂ける音がした。

「ぬ」

 ヴァレックが、眼を見張る。
 く、る、る、と塵も低く唸った。

 傭兵と獣人の視線が集中する先に、両断された筈の蠱術師の姿は無かった。
 その代わりに、一枚の白い紙切れが宙を舞っていた。
 人型をした紙である。
 腹に当たる箇所に、綺麗な裂け目が入っていた。
 ふわふわと月光の中を漂って、力なく羊歯の葉の上に落ちる。

「中々の手練よな」

 何処とも知れぬ方向から、声が流れた。
 間違いなく、泥顔の声である。

「ここらが頃合いかの」

 くつくつと、また、泥が煮立つような笑い声が響く。
 獣人である塵にも、それが何処からの声なのか、判別できないようであった。

「次もあるのか」
「無論」
「いつだ? 歓迎の準備をしなきゃならん」
「それはまた愉しみなことよ」

 ざわざわと、森の樹々が揺れる。
 風が、出て来たようであった。

「近々よ」

 風に煽られて、人型の紙切れが再び、宙に舞い上がる。
 それ切り、泥顔の声はしなかった。

「面倒そうな奴が出て来たな、おい」

 心の底から面倒くさそうに、ヴァレックが言う。
 振り向くと、エリアリスが崖下から出て、こちらを見ていた。
 戻らないのと、物音が気になって出て来たのだろう。

 それに気を取られていると、塵が森の方へ歩みを進めていた。
 樹々の間に隠れていたらしい、アルアリーゼを抱え上げている。

 まあ、あっちはあっちで勝手にやるだろうよ。

 そう考えて、ヴァレックは今夜の仮の宿へ向かう。
 エルフの少女は、不安げな表情のままで立っていた。
 そこまで歩くと、不意にヴァレックはエリアリスを抱きしめる。

 少女の頬が上気した。
 何故だか、それだけでヴァレックは何もかもやり切れる気になった。

 こりゃ、重症だな。

 傭兵は一人、胸中で溜め息をついたのだった。


                                       了

 


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-モドル-