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SS:ヴーク

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登場する人間、亜人、その他の種族の一覧

 黒旺:東夷に派兵されたリザードマンの長。
 牙蟲:黒旺の右腕。蠱術と呼ばれる怪しい術を使う。
 雷角:黒旺配下のリザードマン。冷静。
 氷甲:黒旺配下のリザードマン。粗暴だが陽気な戦闘狂。
 屠流:黒旺配下のリザードマン。寡黙。
 イスティナ・ヴェリクレスト:黒旺が仕える幼い姫。
 セタ:牙蟲の弟子で、亜人の少女。
 ノヤ:牙蟲の愛人の一人。亜人。
 フラピェーニエ:タブロタの領域君主の一人。大変な肥満体。黒旺に敗れ、捕虜となる。
 フリューゲル:タブロタの領域君主の一人。若いが有能な騎士。黒旺に敗れ、捕虜となる。
 スピナー:タブロタの領域君主。敗死。
 カマール:タブロタの領域君主。敗死。



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 大陸に於ける情報伝達の手段は、伝聞が基本であり、それは中央でも辺境でも変わらない。
 担い手は吟遊詩人や遍歴の芸人たちである。

 都市部であれ、村落であれ、殆どの人間は生まれ落ちた場所から離れることなく生涯を終えるものであり、何処か遠方へ赴くなどと言うことは滅多にあるものではない。
 それ故、漂泊の民への眼差しは、奇異なるものへの猜疑心と、未知なるものへの憧憬が入り混じっていた。

 彼らのもたらす『見たことも聞いたこともないような』奇譚は、真偽はどうあれ、誰もが耳を傾けざるを得ない魅力を放つ。
 また、情報の拡散も以外に早く、国王や君主に届く前に、貧しい村落の住民が外交や国策に関する情報を聞き知っていることもままあった。

 ここでの戦いも、その一つとなるか――。

 荒野の岩に座して、異形異類の姿をした巨漢は独りごちる。
 それは、人間では有り得ない輪郭の持ち主であった。

 まずはその体躯が巨大である。
 常人と比べて、頭三つ分は高い所に頭があった。
 頭部は大型の爬虫類に酷似した形態をしており、額や首から、骨質の角や棘がぞろりと伸びている。

 身体の何処を見ても、鋼で出来た巨木の根っこのような筋肉が隆々とうねっていた。
 黒々とした鱗が全身を覆い、まるで深い闇が滴ってその全身を染めたかのようである。

 リザードマンであった。
 上半身には何も身に付けておらず、下半身に穿いているのは単純な造りの脚衣である。

 手には、途轍もなく巨大なハルバードを握っていた。
 ハルバードは槍、斧、鉤の部分を持つが、そのどれもが重厚で長大なのである。
 桁外れの怪力で知られるリザードマンでさえ、二体掛かりで持ち運ばねばならないほどの、代物である。
 しかし、この破壊が具現化したような得物を、このリザードマンは片手で軽々と扱う。

 名を、黒旺と言った。
 この魁偉なリザードマンが眺めているのは、大きめの岩がごろりごろりと転がっている、白っぽい荒野である。
 北側には傾斜地が続いていた。

 地表や岩の表面には、茶色く変色した苔が、しぶとくへばり付いている。
 ひょろりとした松が、突き立てられたまま放置されている剣のように立ち並んでいた。

 首落としの野と、如何にも物騒な名で呼称されている荒野である。
 眼前では、八百のリザードマンと四百の亜人が声を上げ、物を運び、撤収の準備を始めていた。

 太陽は既に傾いていて、蒸し暑かった大気から徐々に熱が抜けている。
 雲の量も少なく、明日も嫌みなほどの晴天に恵まれそうであった。

 この首落としの野で、リザードマンと亜人の混合軍が領域君主率いる四千八百人の軍と戦い、見事に打ち破ったのである。
 それを主導したのが、黒旺であった。
 
 東夷と呼ばれるこの辺境には七つの国家が存在するのだが、黒旺が潰走させたのはタブロタの軍である。
 大陸自体は、後ろ肢のない海亀のような形をしており、その右鰭の部分が東夷であった。

 東夷の北部にはタブロタ、神聖ヴェーラ、スニエークと言った国が西から並んでいる。
 スニエークは沃野に恵まれており、王の権力が強い、豊かな国である。
 タブロタは山が多く、領域君主の独自性が発揮されており、統一性に難がある国だ。
 神聖ヴェーラは聖三位教の大司教が国政を担っている宗教国家であり、先の二国の中間にあるため、交易の中継点となっている。

 タブロタが内部でごたごたとした争いを続け、スニエークが食糧を他国に売り、間に入った神聖ヴェーラが関料や税で利益を吸い上げる、と言うのが基本的な三国の常勢であった。
 そのタブロタと黒旺が戦うことになったのは、漆黒の鱗を持つこのリザードマンが、神聖ヴェーラを介さない交易路を開発したからである。

 三国の北部には狭隘な山岳域が続いていたが、そこは実質、黒旺の支配下にあった。
 そのルートを利用すれば、交易商人は中継点の神聖ヴェーラを通らずに済み、神聖ヴェーラで幾重にも掛けられる関料や通行税を回避することが可能になる。

 流通している物量こそ多くはなかったが、自国を必要としない経済圏が成立することを危惧した神聖ヴェーラは、タブロタをけしかけて、リザードマンの討伐に向かわせたのだ。
 その結果が、今回の野戦である。

 リザードマンと亜人で構成された僅か千二百の混合軍が、領域君主に率いられた五千人に迫る軍勢を潰走させたことは、東夷の全ての国々に衝撃を与えるだろう。
 四倍以上の数的な不利を覆したのもさることながら、その中に亜人が含まれていたのが重要である。
 東夷に限ったことではないが、亜人は被差別階層であり、下手をすれば人語を解す家畜程度に認識されているのだ。
 その亜人が、君主の軍を破ったのである。

 とは言え、当面、注目されるのはリザードマンであろうと黒旺は踏んでいた。
 兵数にして四倍以上の領域君主軍が敗れたのは、リザードマンのずば抜けた戦闘力の所為であるとする方が、人間たちには受け入れやすいからだ。
 非力で無力と自らが見做している亜人のことなど、人間の眼には映りはすまい。
 亜人とリザードマンに負けたのではなく、リザードマンに敗北したのだとの認識が暫くは続くだろう。

 それはそれで都合が良かった。
 これからの戦いで、リザードマンへの過度な警戒心や恐怖心を人間が持ち続ければ、それだけ亜人が動きやすくなる。

 戦いが終り、この地から撤収する準備が着々と進んでいった。
 尤も、今暫くは時間が掛かるはずである。
 軍を動かすことは簡単ではなく、兵士に武具、食糧に水、それらを運搬する馬や荷車を遅滞なく運用しなければならないのである。
 進退は風の如くとは理想だが、なかなか難しい。

「牙蟲、いるか」

 黒旺が男の名を呼んだ。
 薄暗い森から霧が滲み出すように、ゆらりと男が現れる。
 漆黒色の巨躯を前に臆した様子は微塵もなく、悠然と立っていた。

 人間にしては長身の男であった。
 硬そうな質感の蓬髪が、好き勝手な方向に尖っている。
 右眼は固く閉じられていた。
 傷は見当たらないが、閉じた瞼の下で何かが蠢いている気配がある。
 何か、眼球とは異なったものがそこにあるらしい。

 開いている左眼は、灰色の瞳をしていた。
 眼光は剣呑で、鞘から抜かれた曰く付きの刀剣のようである。

 口元に、無意識のものであろう、微かな笑みが浮かんでいた。
 獲物を狩ることより弄ぶことを考えている、肉食獣の笑みである。
 眉目自体は悪くないものの、余人の評価は分かれるところだろう。

 身に付けているのは、教会の司祭が纏うコープに似たものである。
 形式としては外套の一種だが、その輪郭が奇妙であった。
 右腕を覆っている部分が不自然に盛り上がっており、何やら、その下に大蛇か蛟の眷属が身を潜めていそうな雰囲気である。
 しかし、黒旺や他のリザードマン、それに周囲の亜人も、この男の右腕を気にした様子は見えなかった。

 コープの所々に、真新しい血の染みらしき赤黒い跡が見える。
 左の手には薬草や、止血帯代わりの布切れを持っていた。

 牙蟲は蠱術師であり、蠱術師とは蠱毒を能くする者のことである。
 蠱毒とは、以下の手順で行われる呪法であり、呪物だ。

 まず、壺かそれに準じる器と、多数の生物を用意する。
 揃える生物に決まりは特にないが、多くの場合、毒虫や凶暴な性質のものが選ばれる。

 次に、準備した器に生物を閉じ込めて土に埋め、中で共食いを行わせる。
 生き残りが最後の一匹になるまで器は放置され、これによって、生物の生命力や精を凝縮するのである。
 その様な個体を使役し、呪法の源とするのが蠱毒であった。

 また、無為のままに蠱毒が生じてしまうこともある。
 このようなものを蟲と呼称する。

 蠱毒や蟲を操ったり、祓ったりするための技術、知識を持ったものが蠱術師であった。
 加えて、牙蟲の場合は必要に迫られてか、単なる性分か、呪術や魔道以外の領域にも造詣が深い。
 病や負傷への応急処置も牙蟲が知る領域の一つであり、気付いた黒旺が尋ねた。

「怪我人を見ていたのか?」
「そんなところだ」

 含みを持たせた返答を、牙蟲がする。
 それを追及しても韜晦するのは分かっているので、黒旺はそのままにすることにした。

「で、何の用だ」

 牙蟲が闇色のリザードマンに用件を問う。

「オレの兵をタブロタに向かわせる」

 端的に黒旺が告げた。
 牙蟲が僅かに眉を顰めるが、非難や否定をするつもりではないらしい。

「リザードマンを遣るのか? 亜人はどうする」
「村に帰らせる。刈入れの時期でもあるし、仲間が何人も死んでいる。遠征を強いるわけにも行くまい」
「ふむ」

 牙蟲は首肯した。
 この戦いでリザードマンには死者どころか負傷した者さえ僅かだったが、亜人は複数の戦死者を出している。
 そんな状態で更なる行軍を命じることは得策ではなかった。

「だが、タブロタも広いぞ。何処を目指す?」
「スピナー、カマール、フラピェーニエの自領だ」

 今回の戦に参加した軍を率いていたのは、四人の領域君主であり、その内の三人の名を黒旺は上げた。
 スピナーとカマールは、突撃するリザードマンの一団を見て逃走を図ったところを討ち取られている。
 フラピェーニエは降伏し、身柄を拘束された。

「フリューゲルはどうする」

 今一人の君主の名を、牙蟲が口にする。
 フリューゲルは黒旺と直接戦い、降伏した若い君主であった。

「オレに向かって来た唯一の君主だからな、使えるかもしれん」
「部下にでもする積もりか」
「まあ、そんなところだ」

 黒旺が先刻の口調を真似て言い、牙蟲の肩を竦めさせる。
 直ぐに牙蟲は真顔になり、口を開いた。

「悪くないかもしれんな」
「ほう」
「他の三人と比べて、フリューゲルが保持する領地は貧弱だ。自領が確保され、加増されると考えれば、喜んでおまえの配下になるかもしれん」

 牙蟲の言葉に黒旺が口の端を吊り上げる。

「タブロタの負傷兵を治療する傍ら、情報を集めていた訳か。抜け目のない男だ」
「本来なら事が起きる前に内情を探っておきたかったが、そこまでの組織力はこちらにない。機会があれば、利用するさ」
「間者をやらせるには、オレの部下は目立つからな」

 黒旺の言葉通り、諜報や工作にリザードマンが向いているとは言い難かった。
 他国の情勢を知るのに、遍歴職人や旅の楽師、吟遊詩人を頼っているのが、現状である。

 続けて、フリューゲル以外の君主の背景や、領地ごとの事情についても、牙蟲は黒旺に伝えた。
 既知の事柄も多かったが、それらは保持している情報の確度を高めることとなったし、無論、タブロタの国勢に関して初見となる事柄も多い。
 座していた岩から、黒旺は立ち上がった。

「生き残った領域君主と、氷甲と雷角、屠流を呼んでくれ」
「承知」

 牙蟲が答えてその場から去り、言われた通りの人間とリザードマンを連れて来たのは、数分後のことであった。
 二人の人間と、三体のリザードマンである。

 人間は、異常なまでに肥満した男と、獅子鼻が目立つ実直そうな男の二人であった。
 でっぷりと太った男は、袖に無数の切り込みが入ったチュニックを着ており、目が覚めるように赤いサーコートを羽織っている。
 鎧は身に付けておらず、その代わりか、えらく派手な帽子を被っていた。
 南方特産の鳥から採った極彩色の羽が、幾重にも天辺から突き出ており、それがゆらゆらと揺れているという代物である。

 この男がフラピェーニエである。
 五千人近いタブロタ軍の殆どを動員した財力の持ち主であったが、今は虜囚の身だ。

 獅子鼻の男は、全身鎧に身を包んでいる。
 眉が太く、その下の眼は小さく、貴族的な容貌とは懸け離れていたが、四人の領域君主の中では最も実戦経験があった。
 この男がフリューゲルであり、黒旺と一騎打ちの際に馬上槍をへし折られたため、無手である。

 二人の表情は一様に疲労の色が濃く、フラピェーニエは露骨に不安そうな顔をしていた。
 フリューゲルは何とか平静を保っていたが、リザードマンに敗北し、捕らえられたことの衝撃は抜けきっていないようである。

 一方のリザードマンには、己の将を前にした節度と、勝利による心身の充実振りが見て取れた。
 必要であれば、もう一戦ぐらいは軽くこなせそうである。
 鱗を持った戦士は、それぞれが特徴的な外観をしていた。

 青白い、永久凍土に似た色合いの鱗に覆われたリザードマンが、氷甲である。
 頭頂から背中に並ぶ、三列の角が氷柱のようであった。
 巨漢揃いのリザードマンの中でも、更に大きな体躯の持ち主である。

 もう一体のリザードマンは、陰鬱な空のような灰色の鱗をしており、両肩に稲光のような金色の紋様が走っていた。
 雷角というのが、その名である。
 一本の角が、天を衝くようにして額から伸びていた。

 最後の一体は濃い緑の鱗に包まれ、額には緩やかに湾曲した二本の角があった。
 黒色の脚衣を革帯で留めているのだが、そこに石が一つ、嵌っている。
 屠流と呼ばれるリザードマンで、スピナーとカマールを討ち取っていた。

 氷甲は巨大な両手剣、雷角はシミターにラウンドシールド、屠流はジャマダハルを二刀流で身に帯びている。
 最初に口を開いたのは、曇天の鱗を持つ雷角であった。

「お呼びにより、御前に」

 生真面目な口調である。
 どうやら、雷角がこの三体の内ではリーダー格であるらしい。

「タブロタを攻める」

 黒旺の言い様は簡潔であったが、二人の人間に、大きな心理的打撃を与えた。
 フラピェーニエは緩んだ頬肉から滴るように汗を流し、フリューゲルの顔は無表情に固まっている。
 リザードマンの中で、真っ先に反応したのは矢張り、雷角であった。

「タブロタの何処へ?」
「まずは、スピナー、カマールの領地だ」
「鏖殺でありましょうか」

 事も無く問う雷角に、黒旺が鋭く息を吐く。
 苦笑したらしい。

「無駄に殺す必要は無い。その辺りの加減は、お前たちで判断しろ」
「我等で……?」

 返された言葉に、雷角が怪訝な表情を見せる。
 鱗と棘で覆われたリザードマンの顔から、その表情を読み取るのは難しいが、今の雷角の心情を察するのは簡単なことであった。
 戸惑っている。

「今回のタブロタ征き、オレは同行せん。お前たちが攻め、お前たちが支配しろ」

 黒旺が語った内容は、リザードマンにとっても、二人の領域君主にとっても驚きであった。
 しかし、雷角は即座に冷静さを取り戻し、確認する。

「スピナーとカマールの領地を我等で治めよ、と?」
「そうだ」

 頷いた黒旺の口調は落ち着いたままであり、その中に、どこか面白がっているような響きもあった。
 口の端に鋭い牙を見せながら、言葉を続ける。

「君主を失い、直属の騎士団も壊滅した土地だぞ。放置すれば、野盗騎士や山賊共に食い散らかされるのが落ちだ。そこに治安と平和をもたらしに行くだけのことさ」

 黒旺の言い分は、内容だけなら如何にも有徳の騎士が口にしそうであったが、それが本心でないことは、獰猛な笑みを見ればはっきりと分かった。
 そもそも、戦術と兵法には長けていても、政治や統治とは縁遠いのが一般的なリザードマンである。

 ここ最近は牙蟲が大陸の情勢を解説したり、施政の初歩を指南したりしていたため、リザードマンも治国や治世の基礎知識を学びつつあったが、理解度には個体差があった。
 例えば、雷角は牙蟲から見ても優秀な生徒であり、一方の氷甲は政治的判断や行動というものを理解はしても共感は出来ていないようである。

 そして、リザードマンの中にあっては氷甲のような感覚が一般的であり、詰まるところ、彼らは純粋なまでに戦士であって君や公ではなかった。
 だからこそ、黒旺は今回のタブロタ侵攻を決定したのかも知れない。
 平静を取り戻した雷角は、胸中でその様に考え、言葉を紡いだ。

「その後は如何に?」

 雷角の問いに、黒旺は腕を組んで二人の君主の顔を見比べた。
 沈毅な面持ちを努めて崩そうとしないフリューゲルと、動揺と悄愴を露わにしているフラピェーニエであったが、どちらの命運も黒旺の掌に乗っているのには変わりない。

「フリューゲルとフラピェーニエの領地には、君主を掲げて堂々と入れ。後は城市に駐留しろ。期間は二ヵ月と言った所だ」

 その言葉に反応したのは、先程から汗をかき続けているフラピェーニエであった。
 絞り出すようにして、声を上げる。

「ま、待て」
「何だ」
「お前は、我々に国を侵攻する先棒を振れと言うのか? 領地、領民を害する輩に与するほど、我らは無恥ではないぞ!」

 堂々たる態度ではないものの、フラピェーニエは最後まで言い切った。
 ほんの少し瞳を尖らせて、黒旺は肥満した君主を見遣り、それからフリューゲルにも一瞥をくれる。

 暫し、沈黙が降りる。
 二人の君主の傍らで、牙蟲は僅かな笑みを浮かべていた。
 事の推移を楽しんでいるらしい。
 呼吸三つ分ほどの間の後に、地味な容貌をした若い領域君主が口を開いた。

「今回の戦いで、我々は全ての兵士を失いました。彼らを止める術はなく、自領を護る力も最早ありません。実質、リザードマンの将たる黒旺殿に従うほか、手立てはないのです」
「フリューゲル公……」

 冷静な指摘に、フラピェーニエが情け無い声色で、自分より年下の貴族の名を呼んだ。

「ただ気になる点があります。黒旺殿がこの場に我らを呼んだ理由です」

 言って、フリューゲルは黒旺を見た。
 爬虫類独特の無表情な相貌は、フリューゲルの視線を全く意に介していないようである。

「我々に、タブロタ征きの目論見を教える必要は無いはずです。意図が見えません」
「むう……」

 フリューゲルの言葉に、フラピェーニエが唸る。
 実際の所、今のフリューゲルとフラピェーニエに望めるのは、対価としての身代金ぐらいのものであった。

 そんな相手に侵攻計画を知らせる理由を、フリューゲルは量りかねたのである
 答は、当のリザードマンの首魁から発せられた。

「確かに、タブロタを攻めるのに貴様らの同意は要らん。だが、貴様らには別の役目を果たして貰いたい」
「それは?」
「オレの配下に、領地経営や政治的駆け引きやらをご教授願いたいのさ。実地でな」

 あっさりと放たれた黒旺の言葉は、領域君主の虚を衝くのに充分な意外さを持っていた。
 黒旺の表情に大きな変化は見られなかったが、人間で言えばしたり顔をしていたかも知れない。

「敗軍の将である我々に、リザードマンの育成をせよと……」
「そう言うことだ」

 どうにか言葉を発したフリューゲルとは異なり、フラピェーニエは口をぽっかりと開いたままである。
 小さな池にいる、間の抜けた顔の魚に似た面になっていた。
 黒旺が言葉を続ける。

「これは、双方に利がある取引だ。貴様らは壊滅した兵力を補い、失地を回復できる。オレとしては配下を本物の政治劇の渦中に放り込める。学ぶことは多いだろうよ」

 胸中の打算を、明け透けに語る黒旺にフリューゲルはどう反応すべきか迷っているようであった。
 代わりに口を開いたのは、漸く立ち直ったフラピェーニエである。

「わしは領地をなくしてなどおらん。確かに兵は失ったが、領民は健在だ。タブロタに戻れば、捲土重来を期するのは難しくないのだぞ」

 フラピェーニエは反論するが、黒旺に怯んだ様子はない。
 ただ、物分りの悪い生徒を前にした講師のような気分にはなったらしい。

「牙蟲、説明してやれ」

 隣に立っていた牙蟲が、やれやれといった風情で二人の領域君主を見遣る。
 顔付きから判断するに、フリューゲルは事の次第にある程度納得しているようだったが、フラピェーニエは承諾しがたいようであった。
 それで、牙蟲は逐一説明することにした。

「まあ、有り体に言えば、タブロタの国内に聖人なんぞいねえ、ってことだな」
「ど、どういうことだ?」
「最初から説明するなら、今回の戦でおまえらが期待していたものからになる」
「む?」

 問われて、フラピェーニエが怪訝な顔をする。
 牙蟲が補足して、言葉を重ねた。

「態々、タブロタが亜人の村を攻めようとした理由だよ。勝てたとしても、手に入るのは鄙びた寒村だぞ。それもタブロタからは遠く離れているんだ。旨味は少なかろう」

 亜人の村は平均と比べて人口は多く、発展が見込めるものの、数千人規模の兵力動員と釣り合うかと言えば、そうではない。
 牙蟲はそのことを指摘したのであった。

「この戦は、神聖ヴェーラがタブロタをせっついた結果だ。その時に神聖ヴェーラが示したのは、領地の保証だろう、違うか」

 牙蟲が語ったのはこういうことである。
 タブロタは、国王の元に各地の領域君主が仕える形で成り立っているが、その関係は絶対的なものではない。
 理由はタブロタの地勢にあった。

 東夷の地形は起伏に富んでいるが、タブロタは殊に山勝ちの地形なため、国内の人や物の交流には難がある。
 結果、各地の領域君主は自衛と自立を余儀なくされているのであった。
 そのため、個々の領域君主には自領が国の一部であるという意識は薄く、国王に対しても同盟者か協力者のような認識しか持っていない。

 はっきり言ってしまえば、彼らの関心事は自領の維持と拡大のみであった。
 領地の境界線上では、それぞれの君主が領有権を勝手に主張し、大なり小なりの衝突が頻発しているのである。
 そこで問題になってくるのは、奪い合っている土地の正当性の担保であった。

 神聖ヴェーラが目をつけたのはその点である。
 この国は、今回の戦の報奨に領地の安堵を約束したのだ。
 具体的には、所有権を争っている最中の土地を神聖ヴェーラへの寄進地として認定し、その管理を君主に任せるという措置を提案したのである。

 寄進された土地からは、一定額の金なり物資なりが、喜捨の名目で神聖ヴェーラへと送られることになる。
 神聖ヴェーラにのみ利があるように思えるが、寄進地となった領地は、二度と他の君主や放浪騎士に攻められることがないという大きなメリットがあった。
 騎士の徳目である敬虔が、神聖ヴェーラの土地となった場所に侵攻することを許さないのである。

 無論、騎士道に則った行動を当時の騎士が取っていたとは言い難く、寧ろ真逆であり、だからこそ、敬虔や礼儀と言った御題目が殊更に強調されていたのだ。
 その様な状況下であるからこそ、逆に、大っぴらに騎士道に反することは大変な不名誉であり、強く批判される行為なのである。

 領域君主にとって、自分の領地が決して奪われない寄進地となるのは計り知れない特典をもたらすのだ。
 この特典を餌に神聖ヴェーラはタブロタの領域君主を動かしたのである。

「ぬ……」

 牙蟲の指摘に、フラピェーニエが呻くような声を上げた。
 それが事実であったからだ。
 タブロタの内情を牙蟲が知り得たのは、先刻の負傷兵の治療をしながらのことである。
 威しや強請だけでは敵兵から情報を聞き出すことなど不可能だが、何時の間にか他人を誑かしてしまう才とも器量とも付かないものを、牙蟲は持っていた。

「しかし、目論見は完全に外れたな。兵は失い、神聖ヴェーラからの援助はない。これを知った他の領域君主が、おまえたちの領地を捨て置くと思うのか?」
「……」

 容赦の無い牙蟲の言葉に、フラピェーニエが沈黙する。
 更に蠱術師は畳み掛けた。

「だからこそ、リザードマンの力がおまえたちには必要なのだ。急ぎ自領に戻り戦わなければ、全てを失うぞ」

 言われて、フラピェーニエの顔に明らかな動揺と不安が広がり、視線が定まらなくなる。
 牙蟲の言葉を理解できないほど、愚昧ではないらしかった。

「貴様らの土地を巡っては、正邪を問わぬ駆け引きがあるだろう。領地経営の手法も含めて、オレの配下が学ぶ良い機会だ」

 結論付けるように黒旺が言うと、リザードマンの一団と二人の領域君主がタブロタに向かうことが、はっきりと確定したように思われた。
 粘っこい汗を流しながら、フラピェーニエも頷く。

 その場にいた全員が、各自なりの遣り方で覚悟を決めたのを確認すると、牙蟲は懐から小箱を取りした。
 氷甲に向かって放り投げると、咄嗟に、巨体のリザードマンがその木製の箱を受け取る。

「こいつは?」
「基本的な指針を書いた羊皮紙が入っている。迷ったら開けて読め」
「おお、そんな良いものがあるのか! 先に言ってくれよ」
「大まかにしか書いていないから、最終的な判断は雷角に仰げ。それから、状況ごとに指示は異なる。時勢に合ってなかったら、きっちり無視しろよ」

 分かった、と言いながら氷甲は小箱を自分の口元に持っていき、あっさりとそれを呑み込んだ。

「丸呑みかよ……」
「無くさねえし、落とさねえ。悪くない保管場所だろ」
「消化するなよ、頼むから」
「大丈夫だ、多分」

 些か不安になる答を返し、氷甲が細長い舌で口から覗く牙を舐めた。
 その遣り取りを見終わった黒旺が、三体のリザードマンと二人の領域君主に向かって、命じる。

「雷角! 氷甲! 屠流!」
「はっ」
「これよりリザードマン七百を率いて、タブロタへ向かえ!」
「御意!」
「フリューゲルとフラピェーニエの両名はそれに同行せよ。現地では雷角の指示に従え、良いな」
「は」
「う、うむ」

 本来なら黒旺の臣下でも何でもないはずのフリューゲルとフラピェーニエが、思わずその指示に服する。
 誰であろうと、対峙した者が頭を垂れずにはいられない風格のようなものを、漆黒のリザードマンは纏っているのであった。

 こうして、首落としの野でタブロタ軍を撃破したリザードマンは、更にタブロタ本国へと向かうこととなったのである。
 また、亜人の村に帰還する際の護衛として、百体のリザードマンが残ることとなった。
 珍しいことに、予想される戦闘に参加できない彼らから不満の声は無い。

 傭兵として数百年の時を過ごしてきたリザードマンにすれば、戦争こそが日常であり、殺戮は喜びであるのだが、護衛役は殆どの者が自ら志願した。
 どうやら、村に残してきた亜人と生還を約束していたらしく、その事実は、亜人とリザードマンの間にそれなりの絆が出来ていることを感じさせた。

 結果として、リザードマンと亜人の帰還は、平穏無事に終わることとなる。
 その途上、闇のような鱗を持ったリザードマンの将と、刃の光を眼に宿らせた蠱術師の間で交わされた会話は、他愛のない遣り取りから始まった。

「流石の蠱術師殿も、初陣を向かえる教え子を無手で放り出すほど冷徹ではないか」
「初陣という柄か、あいつらが」

 突き放すように言う牙蟲の横顔を、黒旺が、瞳を細めて皮肉っぽく眇め見る。
 しかし、直ぐにその表情を消して前を向くと、小さいがはっきりした声で言った。

「感謝する」
「む……」

 直截な物言いに、牙蟲があらぬ方向に顔を逸らして鼻を鳴らす。
 暫し沈黙してから、口を開いたのは牙蟲であった。

「兎も角、タブロタには隙がある」
「確かにな」

 余り上手い話題の転換とは言えなかったが、黒旺は相槌を打った。
 そのまま、牙蟲が言葉を続ける。

「君主が自領の安堵に外部を頼るほど、タブロタ王の権威は低い。国が攻め込まれても、国王の元に結束して即応するとはいくまいよ。元より、国外の勢力に依存して是とする連中だ。利がちらつけば、こちらに付くことも充分あり得る」
「そうだな。だが、厄介なのは神聖ヴェーラの影響力だ。ここまで他国を侵食しているとはな」
「世俗化した宗教屋は面倒だが、ま、何とでもなろうさ。時間は掛かるだろうが」

 軽い口調で言う牙蟲の表情には、確かな余裕が感じられた。
 どうやら、牙蟲の頭の中にはまだまだ謀が詰まっているらしい。

「最低限必要になるのは、フラピェーニエの地だ。今回の出兵の規模から考えて、かなり豊かな土地だろう。橋頭堡として確保できれば、スピナーとカマールの地は捨てても良いぐらいだ」
「うむ」
「特に雷角は防衛、籠城に関して右に出る者がない。オレがタブロタに出向くまでは充分持つだろうし、その間に人間どもの抜け目無さや悪辣さを学べるだろう。純朴なリザードマンの成長に期待だな」
「純朴、ねえ」

 牙蟲の言い様に、黒旺が苦笑じみた息を漏らす。
 漆黒の巨躯を持つリザードマンの将は、時に、酷く人間臭い仕種をすることがあった。

「実戦に勝る訓練はない。タブロタは良い練兵場と成るだろうよ」
「向こうにしたら堪ったもんじゃないだろうが、ま、自業自得か」

 当事者が聞けば抗議すること間違い無しの言葉を黒旺が吐き、牙蟲が酷薄な相槌を打つ。
 こうして、黒旺と牙蟲は亜人とリザードマンを引き連れて村に帰ったのだが、待ち受けていたのは驚くほどの歓待であった。

 村人たちだけで無く、村を利用する機会の多い遍歴職人や自由商人たちが、大量の酒や多彩な料理を用意していたのである。
 どうやら、タブロタ軍を敗走せしめたという報は、亜人やリザードマンが歩むよりずっと速く、東夷の地を駆け巡ったようであった。

 宴は、数日に渡って続いた。
 吟遊詩人や楽師の一団が、首落としの野で繰り広げられた戦の様を、時に勇壮に、時に面白可笑しく、歌い、語り、踊る。
 噂が伝播する間に、色々と尾鰭が付いていたらしく、一人の亜人がタブロタの兵を何十人も打ち倒していたり、リザードマンが咆哮の一撃で騎馬を吹き飛ばしたりする内容であったが、概ね好評であった。

 商人が、なみなみとエール酒が注がれた陶製のマグを振り回し、塩漬けされた子豚の脚を頬張っている。
 鍛冶職人は酒の勢いで周囲のリザードマンに話し掛け、痛んだ武具の修理を提案して、商機を掴もうとしていた。

 彼らの気分が高揚し、陽気になっているのは、何も亜人やリザードマンに厚意や同情を寄せているからだけではない。
 無論、定まった故郷を持たない階層の人間として、吟遊詩人や遍歴職人が亜人に共感を覚えていることは確かであった。
 しかし、それと同時に、黒旺が開発しつつある新たな交易路が守られたことが、旅と商いを生涯とする人々を歓喜させたのである。
 既存の勢力や基盤に依らない経済圏が創られつつあると言うことが、新しい時代と好機の到来を予感させたのだ。

 亜人も、リザードマンも、人間も、宴を楽しんでいた。
 互いに杯を交わし、肉に齧り付き、肩を組んで歌う。

 そして、地平線の向う側が白々と明ける頃、大通りの片隅で、コープを纏った男と漆黒の巨躯が、静かに杯を傾けていた。
 牙蟲と黒旺である。

 周囲には酔い潰れた商人や、歌い疲れて突っ伏している吟遊詩人、前後不覚になった亜人が累々としていた。
 その中にあって、牙蟲と黒旺が酒を口に含む様子に、平時と変わった点は些かもない。

「知っているか?」
「何がだ」

 唐突に黒旺が尋ね、牙蟲が聞き返す。

「亜人が、この村に名を付けたそうだぞ」
「ほう」

 意外そうに牙蟲が声を上げた。
 差別的な境遇から、自主性や積極性に欠けがちな亜人が、その様な行為に出るとは珍しい。

 しかし、よくよく考えてみれば、何時までも名無しの村では不便なのであろう。
 人口は順当に増加しており、中継点としてこの村を利用する人間も結構な数になっているのだ。

「何と名付けたのだ」
「ドームだ」
「……そのままだな」

 大陸の言葉で、ドームとは家を指す単語である。
 牙蟲の感想は尤もではあった。

「奇を衒えば良い訳ではない。分かりやすいのが一番だろう」
「確かにな」

 頷いて、牙蟲は杯に半分ほどになったエールを呑んだ。
 同じように黒旺が、杯を一気に煽って中身を空にする。

「その家に、帰れなかった者もいる、か」

 黒いリザードマンが、独り言のように呟いた。
 視線を遣るわけでも無く、先を催促するわけでも無く、ただ、牙蟲は黙している。
 少しの間の後に、黒旺が言葉を続けた。

「オレの率いた部隊で、死者が出るなど久しくなかった」
「だろうな」

 牙蟲は更に杯を傾け、中身を全て胃の淵に流し込んだ。
 黒旺の言う通り、部下がリザードマンだけなら滅多なことでは戦死などするまい。
 しかし、これからの戦いは亜人も麾下におかねばならないのだ。

 死は、もっと身近なものとなるだろう。
 エールで満たされた甕から牙蟲が手酌で酒を注ぎ、黒旺の杯も満たした。
 牙蟲が口を開く。

「おまえが言った通りだ。亜人は自分の故郷を守るために戦い、死んだのだ。おまえは、そのことを背負わねばならん」
「分かっているさ」
「なら、良い」

 言って、自分の前にある杯を、蠱術師とリザードマンはほぼ同時に乾した。
 村の彼方の山際から、朝日がゆるゆると昇ってくる。
 宴は終りを告げるようであった。

 黒旺と牙蟲が村を離れることとなったのは、その数日後のことである。
 付き従うのは、十数体のリザードマンと一人の亜人であった。

 コープを纏った牙蟲の隣に、小柄な亜人の少女が寄り添うように立っている。
 少し伸びてきている菫色の髪に、やや癖があった。
 その髪の間から、柔らかい毛に覆われた垂れ耳が見えて、柔順な気質のとある犬種を連想させる。

 晴天の空を映したかのような、澄んだ瞳の持ち主であった。
 一度主人と決めたら、決して離れようとしない仔犬のような印象を余人に持たせる少女である。
 農村では一般的な筒型衣を着ていたが、本人の体型のためか袖が余っており、肩の部分も少しずれていた。

 セタ、と言うのがこの亜人の名である。
 生乾きの血のにおいが残る戦場跡で、剣や鎧を漁っていた所を牙蟲に拾われた少女だ。

 その後は牙蟲から蠱術を教授されており、言わば、弟子である。
 とは言え、村の住人やリザードマンは、セタと牙蟲の関係をもっと密なものと考えていて、一番目の愛人か妾だろうというのが一般的な見解であった。

 牙蟲と黒旺の一行が村を発つのは、山岳域の北東に存する城を目指してのことである。
 黒旺の居城であり、クロカジール城と呼ばれている。
 鰐の城、とでも言うような意味合いであろうか。

 その一行の見送りの中に、際立って美麗な亜人の女が交じっていた。
 肩よりも伸びた栗色の髪に、透明感がある。
 猫に似た尖った耳がぴんと立っていて、それが人目を惹いた。

 すらりとした体躯の持ち主でありながら、胸元は女性であることを主張するかのように、張りのある曲線を保持している。
 切れ長の眼は涼しげであり、瞳は宝石と見紛うような、琥珀色の輝きを秘めていた。
 簡潔に形容するならば、美人と言えよう。

 身に付けているのは飾り気のないカートルで、そのことが逆に容姿の秀麗さを印象付けていた。
 風の気紛れで荒野に咲いた、大輪の薔薇のようである。

「本当はわたくしもご一緒したいのですが……」

 未だ諦め切れていないことが滲む口調で女が言うと、牙蟲が珍しく気遣うような表情を見せる。

「仕方あるまい、ノヤがいないと村が立ち行かん。それに、おまえにはやって貰わねばならんことがある」

 言って、牙蟲が慰めるようにノヤの頭を軽く撫でてやった。
 傍から見れば子供扱いであったが、ノヤは抵抗もせずにじっとしており、頬が微かに染まっている。

 ノヤは、この村を目指す途中で倒れていたところを、牙蟲に救われた亜人であった。
 そのことで強い恩義を、ノヤは牙蟲に対して抱いており、柔順なまでに仕えている。

 彼女も牙蟲の愛人と目されていたが、セタとの仲は決して悪くない。
 どちらかと言えば姉妹のような関係を、二人の亜人は築いているのであった。

 そして、牙蟲が言った村が立ち行かないというのも、事実である。
 亜人の村であるドームには、大雑把に分けて四つの集団が存在している。
 先住の亜人と、新たに移住してきた亜人、商売のために訪れる人間、そして、リザードマンの一団である。

 ノヤは、彼らの意見を調整し、間に立って緩衝役を果たし、時には指導者の役割まで求められたのであった。
 元々、その様な立場を求めてのことではなく、気付いたら村の中枢に祭り上げられていたのである。

 以前には、村に纏め役が居なかったかと言えばそうではなく、トゥナと言う名の老爺が長を務めており、現在もそれは変わっていなかった。
 ただ、トゥナが影響力を持っているのは、村に昔から居た亜人だけであったし、それも強制力を有するようなものではない。

 新参の亜人と来訪者たる人間、異質なリザードマンといった三者の折衝は、トゥナにはやや荷が勝っていた。
 そもそもの価値観が違いすぎるのだ。

 例えば、この村にエール酒を売りに来ていた商人とリザードマンの間で起きた事例がそうであった。
 その商人は、リザードマンが自力では酒を醸造できないことをどこからか聞きつけ、水で薄めたものを平気で売りつけてきたのである。
 偶々、酒を扱う行商人が他にいない時期であったため、態度は傲慢であった。
 石視という名のリザードマンが問い糾すと、その商人はこう返したのである。

「酒を造る手間、人足の費用を考えますと、多少は嵩を増やしませんと元が取れませんので。酒の一滴は血の一滴と言うではありませんか」

 それを聞いた石視は、成程、と頷くと商人の頭と肩をごつい手で鷲掴みにし、捻った。
 大して力を込めたとも思えぬのに、商人の頭が半回転して、呆気なく真後ろを向く。
 悲鳴を上げる間もない。

 こめかみの辺りをがっちりと掴んだまま、石視が右手を引き上げると、脊髄ごと商人の頭がずるりと抜けた。
 がくがくと痙攣しながら倒れる商人の胴体を無視し、リザードマンの石視は、エールが満たされた甕の上に頭部を運ぶ。
 無造作に掌中の頭を握り潰し、脳漿と血をエールに注いだ。
 そして、甕を抱え上げるとその中身をごくごくと呑み乾したのである。

「血を混ぜても、濃さは変わらんな。不味い」

 吐き捨てるように、石視は言ったのであった。
 このことが他の遍歴職人や旅の楽師を通して知れると、リザードマンに粗悪な安酒を売り込む輩はなくなったのだが、要点はそこではない。
 石視の行動を、リザードマンが全く問題視しなかったことが重要なのであった。

 リザードマンにとって、石視の行為は意外でもなければ、極端でもないということである。
 騙す相手、不利益をもたらす相手を排除するのに、ごく当たり前の手段を採ったと見做されたのだ。

 このようなリザードマンに加え、被差別的な境遇から卑屈な思考に陥りがちな亜人や、海千山千の人間の商人たちと渡り合うというのは、かなりの難事である。
 ノヤをしてそれを可能にしているのは、その背後に牙蟲が居るから、というだけではない。
 彼女自身の資質も、大いに発揮されてのことなのである。

 判断力や包容力、決断力と言った、調停役に必要な資質をノヤはふんだんに保有しているのであった。 
 だからこそ、牙蟲と共に出立するのではなく、村に留まることを懇願されたのである。

 そもそも、黒旺が己の城に戻るのは、自分が仕えているイスティナ・ヴェリクレストに戦果を報告するためであった。
 イスティナ・ヴェリクレストは、大陸中央に位置する聖殿国王室の血を引く姫君である。
 正統ではなく庶子ではあるものの、先王最晩年の娘であり、最も寵愛を受けていたことが彼女の不幸の始まりであった。
 代替わりした現王は、自分の父親が愛情を寄せていたという理由で十代の姫を毛嫌いし、有形無形の嫌がらせを行ったのである。
 その最たるものは、降嫁先を決めずに婚姻を命じたことであった。

 大陸最大の版図を誇る王国の、最高権力者から疎まれている少女を受け入れる家門など有るはずもなく、何とか嫁いだところで、それからの日々が苦痛に満ちたものになることは想像に難くない。
 子供染みているばかりか、陰険で悪辣な処置であったが、か弱い姫君が選んだ嫁ぎ先は、予想外のものであった。
 イスティナは黒旺の元へ降嫁すると宣言し、実行したのである。

 自暴自棄の領域に属する選択であったものの、その決断力を面白がった黒旺以下のリザードマンは、彼女を喜んで受け入れたのであった。
 結果、リザードマンの傭兵団は王の勘気を被り、辺境警備の名目で東夷に飛ばされたというわけである。

 黒旺の立場は、実状はどうあれ、イスティナ・ヴェリクレストの臣下という扱いであった。
 だから、直近の野戦の結果を報告する義務があるわけである。
 戦果と言うには、新たな封土も、捕らえた貴族の身代金もなかったが、タブロタ領内に進軍するリザードマンの動向も含めて、今後の指針を奏上せねばならない。

 この機会に、黒旺は牙蟲をイスティナに拝謁させる心積もりであった。
 そこで臣従の礼を牙蟲が取ることで、自軍の指揮系統に蠱術師を明確に組み込むのだ。
 このことは牙蟲自身も了承している。
 直弟子であるセタは兎も角、ノヤを牙蟲に同行させないのはそういう事情も関係していた。

「では行くぞ」

 黒旺が宣言し、リザードマンと蠱術師に亜人の少女を加えた一団が、村を後にする。
 その姿が道の彼方に消えても、暫くの間、ノヤはじっと立ったままで、同じ方向を見詰め続けていた。

 クロカジール城を目指す道程は、亜人の村であるドームからなだらかな丘陵地帯を東に進み、その後、北部山岳域に入ってまた東進を続ける、といったものである。
 山岳域からは完全に黒旺が実効支配している上に、新たな交易路として街道が急速に整備されつつあった。

 従って、丘陵を進んでいるときが最も危険な道行である。
 所が、現実には拍子抜けするほど呆気なく、黒旺と牙蟲の一行は山岳域へと進むことが出来た。
 護衛として十体以上のリザードマンが付き従っていたことも要因ではあろうが、何より、黒旺の威が北部の山岳を越えるほどに高まっていたのである。

 途中、何度も擦れ違った遍歴の職人や旅の楽師、隊商を組む商人の表情からもそれが見て取れた。
 長旅の疲労はあるものの、それよりもこれからの出会いへの期待や、既に終えた奇遇への満足が色濃い。
 それだけ、道中が安全であり、交易に利があるということであった。

 山岳域に入ってみれば、山間にへばり付いている村のすぐ側で、亜人が集落を作り、開拓を進める光景を見ることが出来る。
 狭隘な谷間に道を通し、その幅を広げ、表面を石で舗装するのは大変な労力を必要とするが、それが着々と進んでいるのが一目で分かった。
 意外なことに、村の住人と亜人との関係は悪くない。

 緩衝材として大きな存在感を発揮しているのが、亜人の入植に随伴してきたリザードマンであった。
 山岳地域一帯に根城を構えていた山賊や野盗騎士を、この鱗を持った巨漢たちが尽く放逐したため、村人は信頼に近い感情をリザードマンに対して抱いていたのである。

 角や牙で武装した異形の戦士でさえ、治安と平穏をもたらしてくれたのだから、獣の耳と尾を持っただけの隣人を怖れる必要はあるまい――。
 その様に、山岳域の住人は考えているようであった。

 元来、北部の山岳地帯では亜人の姿は稀なものであり、それが、村人に余計な先入観を生じさせない一助となったのである。
 単純に、山を越えてまで北部に向かえるほど、経済的、体力的余裕を持った亜人が存在しなかっただけではあったが。

 しかし、現在、北部山岳域は多くの人間と亜人とリザードマンが往来する場となっている。
 その様な場所を、黒旺たちは進んだ。

 山岳地帯は、日が落ちるのも早い。
 太陽が山際に掛かったかと思うと、あっという間にオレンジ色の光が薄くなり、夜闇が空の向こうから滲み出した。
 最初は紫掛かっていた大気が、瞬く間に漆黒に染まっていく。

 丁度、街道に点在する村の一つに差し掛かっていたため、黒旺たちはそこで宿を取ることとした。
 とは言え、十数体のリザードマンが宿泊可能な施設など山間の村にはない。
 そこで、村の近隣にある開けた場所を探し、幕舎を準備することとした。

 夜営に慣れたリザードマンによって、見る間に、布と木材を組み合わせた兵舎が形作られていく。
 日が完全に落ちても、買い入れた薪を燃やして篝火を焚いているため、周辺は明るかった。
 当たり前のように、酒盛りが行われる。

 そこへ、隊商の人間や村の住民も加わって、ちょっとした宴が始まった。
 黒旺がタブロタ軍を打ち破ったことは此処まで広まっており、実戦の話を聞きに人々は集まってきたらしい。
 北部を通る、未完成の街道が与える人と物の交流は、最早、彼らにとってなくてはならないものであり、それが守られたことで、祭りのような昂揚感が村を覆っていた。
 恐らく、それは此処に限ったことではなく、北部山岳域全体の空気であったのだろう。

 頭上の夜空には、ひしめくように無数の星が輝いており、何かの拍子に零れ落ちそうであった。
 温い風が、狗尾草の穂を揺らして渡っていく。
 その風に巻かれて、篝火から立ち昇る白い煙が、闇に溶けた。

 十体以上のリザードマンに、その数倍の人間と亜人までもが加わって、酒宴が繰り広げられる。
 村で醸造したエールや、自由商人が持ち込んだ蒸留酒が気前よく振る舞われ、辺鄙な村では祝祭でしかありつけないような、羊や牛の肉料理が並べられた。
 タブロタとの戦いの話を村人が乞い、リザードマンが杯を片手に大いに語る。

 牙蟲も篝火の傍に座って、エール酒を腹に流し込んでいた。
 宴の主役は巨躯を鱗で覆った戦士に任せており、喧騒とは程の良い距離がある。
 その隣には当然のようにセタが寄り添って、酌をしていた。

 肴は、魚醤と油で焼いた羊の肉である。
 ハーブをたっぷり使ったソースが掛かっており、臭みもなく、幾らでも胃に入った。

「おう、蠱術師殿、蠱術師殿」

 一体のリザードマンが、上機嫌な足取りで牙蟲の元へやって来る。
 濃緑色の鱗を持っており、典型的なリザードマンといった外見をしていた。
 頭部からは三本の角が伸び、小さく開いた口元からは鋭い牙が見え、背中には突起の付いたヒレが並んでいる。
 無造作に穿いた布製の脚衣の裾からは、太い鉤爪が覗いていた。

「どうした」

 酒を一口、味わってから牙蟲が尋ねる。
 楽しげな様子から、妙な厄介事が起きたわけではあるまいと判断し、牙蟲の口調ものんびりとしたものであった。

「亜人と村の人間どもの、仲がよい理由が分かったぞ」
「ほう」

 興味をそそられた表情を見せた牙蟲に、リザードマンが満足げに頷く。

「知りたいか?」
「勿体ぶるな、早く言え」

 言われたリザードマンの口の端が吊り上がり、ぞろりと伸びている牙が露出した。
 どうやら、笑いを怺えているようで、牙蟲とセタの顔を交互に見比べる。

「それがな、あいつら、亜人が成長すると、リザードマンになると思っているんだと」
「はあ?」

 思い掛けない言葉に、牙蟲が間の抜けた声を上げた。
 しゅう、とリザードマンが空気を吐き出す。
 その音が、短く、連続して繰り返され、最後にははっきりとした笑い声となった。
 か、か、か、と聞きようによっては不気味な声を発し、リザードマンが大きく口を開いて笑う。

「お、面白いだろ。亜人が、俺らのように、鱗が生えて、尻尾が抜けて、は、生え替わるんだとさ」

 耐え切れず、再び、空気を盛大に吐き出してそのリザードマンは大笑した。
 笑いの急所に突き刺さったらしく、容易には収まりそうにない。

 心底、愉快そうに笑い続けるリザードマンから詳しく事情を聞き出すと、この村の住人は、本気で亜人をリザードマンの幼生か何かと捉えていたらしい。
 根拠のない妄想というばかりではなく、リザードマンと亜人の間に、それ程隔意が見られなかったことを訝しんだ挙げ句の結論とのことである。
 リザードマンが気軽に亜人の手伝いをしたり、亜人がリザードマンと談笑したり出来るのは、彼らが一つの種族だからだと考えてのことであった。

「すげえ発想だな」

 半ば呆れて牙蟲が呟くと、それがまた可笑しかったようで、リザードマンがしゅうしゅうと音を立てて笑う。
 獰猛な牙の隙間から、途切れること無く空気が漏れ続けていた。

 然も、この珍説を面白がったのは他のリザードマンも同様であったらしい。
 クロカジール城を目指す途上、事あるごとに、多くのリザードマンがこの話を繰り返したのである。

 話を聞かされた相手は、夜営した場所近くの村人に入植者の亜人、街道を往来する職人や商人、旅の芸人たちと多岐に渡った。
 兎に角、視界に入った相手を捕まえては『亜人が成長したら何になるか』と問い掛け、答えに窮した相手の顔を見て悦に入り、その後『リザードマンになるんだ』と告げて呵呵大笑する、というのが定型として成り立ってしまったのである。
 話し掛けられた人間の中には、亜人がリザードマンの幼生だと思っている者も偶にいて、そんな相手に出会ったリザードマンは太い尾を地面に叩き付けて笑い転げた。

 この奇妙だが深刻さには欠ける珍説の存在を除けば、クロカジール城を目指す黒旺一行の旅は平穏そのものである。
 約一カ月の後、険阻なことこの上ない山路を登った先に、高峰に埋め込まれるかのようにして建っている山城の姿が現れた。

 城の前面には、薄笑いをする巨獣の顎のような峡谷が続き、その手前に石造りの楼門が建てられている。
 外観は塔に近い形状で、矩形ではなく円筒形をしていた。
 上部には矢狭間が設置されており、何体かのリザードマンが、人間の手では到底引けそうにもないごつい弓を肩に担いでいるのが見える。
 城を攻めようとする無謀な侵入者は、真っ先に彼らの強弓の洗礼を受けることになるのだろう。

 楼門を越えると、巻き揚げ式の跳ね橋が、絶壁の峡谷の間に渡っていた。
 有事の際には、滑車で橋を引っ張り上げて、そのまま門を塞ぐ仕様となっている。

 そこから崖を掘り抜いたような造りの通路が続き、途中には落とし格子の仕掛けや、重そうな門が控えていた。
 黒旺たちから確認できるのは、その閉じられた門までである。

 天守には高々と旗幟が掲げられており、そこには長々とした胴の竜が、雲を貫通して聳える霊峰を己の身体で取り巻いている様が描かれていた。
 鋭い爪を持った指が三本あり、背中には蝙蝠のものに似た翼が広げられている。
 黒旺の紋章であった。

「崖の一部を刳り抜いて、そのまま城として使っているのか。堅牢なことこの上ないな」
「色々と手を加えたからな。まあ、性分だ」

 感心したように言った牙蟲に、黒旺が答える。
 実際、この城は異民族討伐を名目に建設された後、早々に廃棄されており、防御施設としての機能はそれほどでもなかった。
 それを、黒旺以下のリザードマンが趣味的な熱意を込めて修復し、改修していったのである。
 結果がこの威容というわけであった。

 こうして、黒旺と牙蟲にセタ、そして配下のリザードマンは、ぎらぎらとした陽光を危峰が反射するクロカジール城に辿り着いたのである。
 牙蟲とセタには、黒旺自らが案内を買って出た。

 石造りの城内を通る中、リザードマン以外に目に付いたのは、忙しそうに動き回る人間の姿である。
 東夷の一般的な人種とは異なり、黒髪が多く、肌の色は赤みがかっていた。
 牙蟲が、先導する黒旺に問い掛ける。

「あれは?」
「夷狄の連中だ。城の管理を主に任せてある」

 役割も含めて、黒旺が簡潔に答える。
 この場合、夷狄とは東方先住の山岳民のことであり、リザードマンがこの地に遣わされた理由は、彼らの平定であった。
 尤も、それは口実以上のものではなく、異民族討伐の具体的な指示が、中央から下されたことは一度も無い。

「いつの間に取り込んだ?」
「山賊どもを制圧していたら、自然とな。夷狄にとっても奴らは敵で、そいつらを潰して回るオレたちが味方に見えたらしい」
「黒旺将軍のカリスマが、異民族の頑なな警戒心を融解せしめたという訳か。納得だな」
「何処から、そんな結論になるんだ」

 冗談めかして言う牙蟲に、黒旺が呆れる。
 しかし、牙蟲の指摘は、実態からそれ程懸け離れているというわけではなかった。
 山岳民も平地の民もリザードマンには区別が付かず、そのことが却って、彼らへの扱いを平等なものにしたからである。
 そのこともあって、東夷の山岳民とリザードマンの関係は、良好なものであった。

 牙蟲とセタが通されたのは、山城の天守に設けられた客室の一つである。
 床には乾燥させた各種のハーブが敷かれており、大きめの寝台が部屋の隅に、古いが丈夫そうな書案がその横に置いてあった。
 明り窓も暖炉もあり、木製の鎧戸を上げると、曲がりくねった山道が延々と続いているのを一望できる。
 真っ青な空を背景に、鋭い峰が海竜の背鰭のように並んでいて、頂上付近には薄い雲が棚引いていた。
 山裾には奥深い森が広がっている。

「絶景、絶景」

 窓の向う側に広がる展望に、上機嫌な口調で牙蟲が言う。
 常と比べて、牙蟲が浮ついているのは天守からの眺めの雄大さばかりが理由ではない。
 黒旺が仕える姫君との謁見が、今夜だからであった。

 あの威風堂々たるリザードマンが忠誠を誓うほどの人間とは、如何なるものか――。
 知らず、好奇心を刺激されているのであった。
 そして日が暮れる頃、牙蟲とセタは、黒旺が頂く小さな姫、イスティナ・ヴェリクレストに目通りすることとなったのである。

 面謁の場として選ばれたのは、此の手の城としては当然ながら、大広間であった。
 石を積み上げて造られたドーム状の屋根を持ち、それを太い柱が支えている。
 上部には細長い窓が見え、壁面にはランプが並んでいた。

 装飾らしいものは殆ど無い。
 山城自体が質実な造りであったが、この謁見の間は一際簡素であった。

 しかし、その質素さも計算された演出のように、余人には思えたであろう。
 何故なら、余りにも可憐で、清麗婉美な宝石細工の如き存在が、この広間の中央奥に座していたからだ。

 少女である。
 掛け値なく、美しい。

 柔らかそうな癖のない髪は清流の如き涼やかさで腰まで伸び、その色は、紺碧の海を彩る珊瑚のように艶やかな赤だ。
 紅玉にも劣らないその髪を、真珠をあしらった髪飾りが彩っている。

 瞳は澄んだ緑で、霊泉の穏やかな水面に映る若葉の色を、掬い上げて玉に封じたかのようであった。
 桜色の小さな唇は、触れれば消えゆく処女雪の一片のようであり、見るだけで奇妙な罪悪感を抱かせる。
 驚くほど繊細な容には、天の女神も妖精の女王も、称賛するしかあるまい。
 嫉妬などと言う醜い感情を抱くことさえ恥じらわせるような、美しさであった。

 イスティナ・ヴェリクレスト、その人である。
 一段高くなった玉座から、黒旺以下の面々に視線を向けていた。

 純白の外衣を、幅広のベルトで留めている。
 袖口とスカートにはプリーツがたっぷりと付いており、優美なシルエットを成していた。

 イスティナの玉座の傍らには黒旺と、もう一体のリザードマンが控えている。
 大きく背中がねじ曲がっており、半分に折り畳まれたような体躯であった。
 全身を覆う鱗は、土に還りつつある枯れ葉に似た色合いをしている。
 右手には杖を手にしているのだが、その上部には竜の頭部を模した飾りがあり、口の部分に複数の環が掛かっていた。

 よくよく見れば、そのリザードマンの鱗は所々剥がれ落ちており、身体のそこかしこに古い傷の跡がうっすらと浮かんでいる。
 どうやら、かなりの高齢であるらしい。
 双眸には確かな知性と意志が宿っており、象牙の塔に住む老碩学の風格があった。

 イスティナの眼前には、牙蟲とセタが頭を垂れて跪いている。
 牙蟲は普段通りの、コープに似た外套を纏っていた。
 相変わらず右眼は固く閉じられていて、左眼の灰色の瞳には、何処か他者を見透かすような光を湛えている。
 下げられたその顔に浮かぶのは、何時もと変わらぬ飄然とした表情であった。

 一方のセタは、殆ど額を床に擦り付けんばかりにしていて、固く眼を閉じている。
 亜人であるセタにとって、王族の血を引く姫君の前に出るなどということは、想像の範囲外のことであった。
 極度の緊張のため、歯の根も合わないようである。

「両名、顔を上げよ」

 年老いたリザードマンが、静かに言った。
 黒旺から、この老齢のリザードマンが留守居役であることを牙蟲とセタは聞いている。
 硫伯という名で、黒旺にとっても親代わりの存在であるらしい。
 牙蟲とセタの名は、この硫伯によってイスティナに伝えられていた。

 ゆっくりと、牙蟲が顔を上げる。
 奇妙なことに、隣の気配に変化がなく、さり気なくそちらに視線を遣った。
 セタは伏したままの姿勢で、身動ぎもしていない。

「セタ、顔を上げろ」
「で、ですが、恐れ多くて……」
「じっとしたままの方が、余程礼を失しているぞ。そら」

 小さな声でぼそぼそと遣り取りをするが、明らかに周囲に漏れ聞こえている。
 尤も、牙蟲としてはそんなことは意に介しておらず、セタはそこまで気を回せていない。
 結果的に、随分と後れてセタはイスティナの顔を見ることとなった。

 ほう、と思わずセタが溜息を漏らす。
 イスティナの容姿に、呼吸をするのも忘れて見入っていた。

「あの、どうかなさいましたか」

 幼げな美姫が僅かに首を傾げて、セタに問うが、その声が白銀の鈴の音のように心地好い。
 どうやら、短くない時間、セタはイスティナの玉容に見蕩れていたようである。

「も、申し訳ありません」

 恐縮して、セタが再び平伏する。
 やれやれと言った表情で、牙蟲は微かに肩を竦めた。
 イスティナに対して、再び頭を下げ、そのままの姿勢で口上を述べる。

「我が弟子のご無礼、平にご容赦頂きたく存じます、殿下。この者、天稟は我を越えておりまするが、未だ道の途上にございますゆえ」

 恭しい口調でセタを庇う牙蟲に、イスティナが柔らかな笑みで応える。
 英雄に不死の林檎を差し出す女神のような、優しげな表情であった。

「お顔を上げて下さいませ、牙蟲様。天の差配の気紛れか、わたくしはここに座していますが、元々市井の娘に過ぎません。黒旺将軍の信任厚い蠱術師様とその愛弟子のご両名に心苦しい思いをさせては、わたくしが叱られてしまいますわ」

 牙蟲が僅かに視線を上げる。
 玉座におわす姫君は儚いまでに美しく、そこに悪意や邪心は微塵も感じられない。

 得体の知れない蠱術師である牙蟲や、下層民である亜人のセタに向ける視線は、驚くほど清かった。
 人の上に立つものとして、その様な度量を有しているのだろう。

 成程、と牙蟲は胸中で独り納得していた。
 あの黒旺が担ぎ上げた少女は、只の傀儡というわけではないらしい。

「寛仁大度の御言葉、恐悦至極にございます」

 牙蟲はそう言って、深々と頭を下げた。
 その後の遣り取りは不測の事態もなく、順当に進んだ。
 この様にして、イスティナ・ヴェリクレストとの謁見は終わったのであった。

 その夜のことである。

 セタは、宛がわれた客室の寝台の上に座り、肩を落としていた。
 その隣には牙蟲が腰を下ろしている。

「うう、申し訳ありません、牙蟲さま……」
「気にするな、要は慣れの問題だ」

 日暮れの謁見での不手際をセタが謝罪し、それを牙蟲が宥めているようであった。
 そもそも、貴人を前にした振る舞いを、最初から完璧にこなせというのも酷である。

「今後、王侯だの貴族だのを相手取る機会も増えるだろうからな、その予行と思えば良い」

 牙蟲の言い様は、飽くまで気楽なものであった。
 しかし、その言説には聞き逃せない内容を含んでいる。

「こ、これからも今日のような事があるのですか……?」
「おう。おまえには俺の名代も務めて貰う積もりだ」
「みょ、名代……!」

 殆ど崇拝に近い敬意を抱いている相手の代わりを、当人から任せられて、セタは困惑する。
 忽ち俯いて、頭を振った。

「む、む、無理です。わたしに牙蟲さまの代わりなんて絶対無理です。作法なんて全然知りませんし、言葉遣いも礼儀もてんで駄目です。第一、わたしは亜人ですから、牙蟲さまのお名前に傷を付けてしまいます」

 必死に言い募る。
 そのセタの額をこつん、と牙蟲が軽く小突いた。

「阿呆。おまえは俺の一番弟子だぞ。毛氈の椅子に座っているだけのバカ共に引けを取るものか」
「で、ですが……」

 珍しく牙蟲が他人を励ますような物言いをするが、セタの表情は暗いままである。
 口籠もるセタを、牙蟲の左眼が見詰める。
 灰色の瞳に宿る光に促されてか、セタが小さな声で言葉を続ける。

「姫様は、お綺麗でしたね……」
「ん、まあな」

 事実に即した発言であったので、牙蟲は率直に同意した。
 実際の所、イスティナの容姿から否定的な要素を導くことはかなり困難であろう。
 美しく、可憐で、王族の姫と言われて連想する美徳を全て具えている容貌であった。

「王族の方々は、皆、あの様にお美しいのでしょうか……」
「はあ?」

 鋭敏さから懸け離れた声を上げて、牙蟲が問い返す。
 唐突な発言に意表を突かれた所為であったが、セタは溜息のような弱々しい声で続けた。

「天から愛されたように美しい方の御前は、わたしにはそぐわない場所ではないかと思うのです」

 生真面目な口調と表情から察するに、セタは本気でその様に考えているようであった。
 セタとは違う種類の溜息を一つ吐き出し、牙蟲が口を開く。

「いや、あのイスティナ姫は、かなりの例外だと思うぞ。俺が見た領域君主は、豚の油を混ぜた泥みたいな体型だったしな」
「そ、そうなのですか」

 フラピェーニエのだらしのない肥満体を思い出しながら牙蟲が言うと、セタが絶句する。
 当人の体型を知る者からすれば牙蟲の形容は決して大袈裟ではないが、見識を持たないセタには、その様な人物を想像するのは難しかった。

「まあ、あの姫君が美麗なのは確かだが、おまえも負けてはいないさ。髪の毛は柔らかいし、耳はふかふかしているし、肌は滑らかだしなあ」

 言いながら、牙蟲がセタの髪の毛を撫で、犬に似た耳に鼻先を押し付ける。

「そ、そんなことはないですよ……」

 小さな声で否定するが、頬は赤く染まり、チュニックの下では尻尾がぱたぱたと左右に動いている。
 説得力のないことこの上なかった。

「何で甘いにおいがするんだろうな、亜人の特性か……?」
「ど、どうでしょうか、良く分かりません……」

 セタの耳を弄びながら、牙蟲が答えにくい問いを発する。
 ついつい、遊び相手の仔犬と戯れる狼のように、セタの髪の毛を指に絡めたり、耳を甘噛みしたりもした。

 楽しくなってきたのか、牙蟲はセタを膝上に抱きかかえて本格的にじゃれ始める。
 セタ自身も満更ではないのが、上気した頬やチュニックから覗く肩口から見て取れた。
 結局、一晩中、こんなことをしていたお陰で、牙蟲の代役をセタが務める話は有耶無耶になってしまったのである。

 同時刻――。
 山城の施設としては空間的な余裕を持っているが、それでも簡素と言って良い一室に、少女と異形が寛いだ風情で話をしていた。
 イスティナと黒旺である。

 この部屋はイスティナのために設えられた私室であった。
 天井は高く、書き物をするための机と、寝台が置いてある。

 造り自体は客室と殆ど変わりは無く、異なる点は、床にシルクの覆いが敷かれていることぐらいであった。
 元々、山城は居住性を犠牲にして防御力を高めた施設であり、絹のタペストリーはせめてもの快適さを演出する装飾なのであろう。
 とは言え、柔らかな微笑を浮かべ、その上に座しているイスティナは天使を題材とした宗教画のようで、この姫君以外に華やかさなどは不必要であった。
 黒旺も、その巨体を無造作に投げ出すようにして、イスティナの正面に座っている。

 イスティナは、謁見の間とは異なり、長い袖が付いたチュニックを纏っていた。
 派手さはないが、そのことが却って、持ち主の清楚な美しさを強調している。

 リザードマンと小さな姫君が話している内容は、政治や軍事のことではなく、他愛のない世間話の類であった。
 黒旺が城を留守にしていた間の出来事を、イスティナが嬉しそうに報告しているのである。
 その中で、以前に黒旺がイスティナに送った詩に話題が及んだ。

「とても素敵な詩でしたから、本当は皆様の前でお聞かせしたかったのですけれど」
「そ、そうか」

 にこやかに、黒旺の胃の辺りが引き攣れるようなことを言う。
 戦場で平静を失ったことなど一度も無い黒旺であったが、衆目の前で自作の詩を朗読されるのは、流石に回避したい事態であった。

「ですが、硫伯様に諭されたのです。この詩は黒旺様がわたくしに宛てて作られたもの。胸の裡に仕舞ってこそ、豊潤な響きを持つと。ですので、この詩はわたくしと黒旺様だけのものですね」
「うむ」

 己の老臣が、自分の居ない場所で的確な働きをしてくれていたことに安堵しつつ、黒旺は頷く。
 しかし、その平穏は長続きしなかった。
 それなりの厚さを持った紙の束を黒旺に差し出し、イスティナが言葉を続ける。

「では、詩の朗誦をお願い致します」
「……何?」

 思わず聞き返してしまう、黒旺である。
 対照的に、言った側は落ち着いたものであった。

「はい、是非、お願いしますわ」

 にこやかで、邪気のない眼差しは、地獄の名士でさえ陥落できそうである。

「いや、しかしな……」

 言葉に詰まり、視線を逸らす。
 しかし、イスティナの翡翠の如き瞳は、期待に満ちて黒旺を見詰めており、この窮地から逃れることは困難極まりなかった。

「我が姫君には敵わんな……」

 しゅう、と深く息を吐いて、黒旺は諦めと共に小さ姫の要望を受け入れることにしたのである。
 捧げた当人の前で自作の詩を誦読するという、黒旺にとってはどうにもこそばゆい作業中、耳を傾けているイスティナは多幸感に包まれていた。
 うっとりとして、黒旺の鋭い舌先が紡ぎ出す言葉に酔っている。

 胡座をかいたリザードマンの巨躯に、可憐な姫は当然のように寄り添っていたが、徐々に身体全体を預けていった。
 遂には、黒旺の膝の上に寝そべって、そこから顔を見上げる体勢を取る。
 敢えて視線を合わせないようにして、最後の一節を黒い鱗のリザードマンが謳い上げた。

 たとうれば、我らが恋は、
 山査子の枝にも似て、
 木にうちふるえ、
 夜雨にうたれ、霧にぬれて、
 緑の葉、小枝の繁みに、
 朝の陽のひろがるがまで。

「黒旺様……」

 感に堪えかねたようにリザードマンの名を口にして、イスティナが上半身を起こした。
 潤んだ瞳で見詰めながら、熱の籠もった仕種で黒旺の顎先を両の手の平で包む。

 僅かに開いた唇の向こうに、少女の赤い舌が覗いた。
 黒旺が、詩を記した紙の束を脇に置く。

 ぞろりと黒旺の舌が口腔から伸びて、イスティナの桜色の唇に割って入った。
 二股に分かれた真っ赤な舌を進んで受け入れ、イスティナはそれを呑み込む。
 口の中で、互いの舌を絡め合う。

 弾力を持った舌の感触と、粘ついた唾液の味が広がっていった。
 息をする度に、とろとろとした唾がイスティナのほっそりとした咽喉に流れ込んでいく。
 暫くの間、リザードマンと少女は一匹の生き物のように、自分と相手の体液を交換した。

 どろりと音を立てて、黒旺の舌先がイスティナの口中から引き抜かれる。
 その感触に、イスティナの背筋に甘い震えが走った。
 頬だけでなく、全身が薄い桃色に上気している。
 繰り返される浅い呼吸が、熱っぽい。

 黒旺の、ごつく、節くれ立った指先が器用にイスティナのチュニックをずり下げた。
 少女のまろやかな肩と、慎ましい曲線を描く胸が露わになる。
 火照った肌は雪の上に赤い花びらを散らしたようで、その中で、胸の先端に小さな突起が自己主張をしていた。

 包み込むようにして、黒旺がイスティナの胸に指を這わせる。
 最初はゆっくりと、幼い乳房を手の中で捏ねた。
 ん、と鼻に掛かった声をイスティナが上げる。

 ぴんと立ち上がった胸のしこりを、黒旺が親指で圧迫した。
 ぐりぐりと、指の腹で押し込んでいく。
 強めに力を込めて、黒旺が掌中の柔らかな膨らみを刺激した。

 小さな声が、イスティナの微かに空いた唇の隙間から漏れる。
 黒旺が身を屈めて大きく口を開け、イスティナの胸にむしゃぶりついた。
 ぞろりぞろりと、赤い舌で少女の胸を舐め上げていく。
 長い舌が、とぐろを巻く蛇のようにイスティナの乳房を絞り上げ、薄桃色の乳首にその先端を浅く潜らせた。

 腕を首に回して、イスティナは黒旺にしがみつく。
 自分の乳腺に与えられる快楽に耐えかねてか、イスティナが黒旺の首筋に歯を立てた。
 強靱な鱗に覆われた黒旺にしてみれば、非力な人間の娘に噛まれたとて、何の痛みもない。
 久々のむず痒いような感触が、却って心地好いぐらいであった。

 尖った歯で、イスティナの大理石のように滑らかな肌を傷付けぬよう注意しながら、甘噛みを繰り返す。
 可憐な少女の吐息が艶めいて、白皙の顔に女の表情が浮かんだ。
 快楽が心を染めて行っているのが見て取れる。

 耐え切れずに、イスティナが身体全体を細かく震わせた。
 一際強く、黒旺の肩を噛み締める。
 イスティナの身体の中で余韻が鎮まるのを暫く待ってから、黒旺が口を離した。
 蕩けた眼差しで、イスティナが黒旺を見詰めた。

「噛んでしまいました……」
「構わん。良かったのだろう?」
「……はい」

 あからさまに問われて、赤面しながらもイスティナは素直に答える。
 快楽に満たされて蕩けた瞳のままで、言葉を紡いだ。

「次は、わたくしが致しますね」

 言って、イスティナが黒旺の脚衣に手を掛ける。
 ずらすと、しっかりとそそり立った二本の男根がイスティナの視界に映った。
 ある種の爬虫類と同じく、リザードマンの生殖器は二本具わっているのである。

 その内の一本、腹側に近い方をイスティナがそっと握った。
 ガラス細工のように繊細な指先が、グロテスクなリザードマンの男根を包む。
 赤黒く、太さも長さも人のそれを大きく上回る陽根を、なよやかな少女がそろそろと愛撫した。
 ゆっくりと手を上下に動かして、黒旺の男根をしごく。

 握る力に強弱を加えると、黒旺のものが更に硬さと角度を増した。
 我慢しきれずに、イスティナが黒旺の肉の槍に舌を這わせる。
 鼻で息をすると、雄のにおいが鼻腔から脳天にまで届いていった。

 身体の中心に、鈍い痛みのような、痒みのような感覚が湧く。
 それを感じながら、イスティナは舌と唇を使った黒旺への奉仕を続けた。

 口を窄めて竿を啜り上げ、舌で亀頭の先端を愛撫する。
 何度も何度も舌で黒旺の陽根の先端から根本までを往復し、存分に味とにおいを楽しんでから、もう一度口全体を使って、いきり立ったものを呑み込んだ。
 自分の口の中が、黒旺のもので満たされているのがイスティナには嬉しい。

 奥歯で軽く噛むと、びくびくと反応が返ってくるのも、嬉しかった。
 咽喉の奥まで黒旺の陽根を押し込んで、その形を堪能する。
 舌を巻き付けるようにしてしごいていると、黒旺がイスティナの頭を手で抑え付けた。

 一層奥に、黒旺の男根の先端が押し付けられる。
 亀頭の形に咽喉の深奥を歪ませてから、ずるりと陰茎が引き抜かれた。

 大きな衝程でその行為を繰り返す。
 咽喉全体を使って、粘膜同士が激しく摺り合わされた。
 陽根が口腔を出し入れされる度に唾液が溢れ、イスティナの形の良い顎を伝って落ちる。

 下方にあるもう一本の陰茎には、イスティナの胸が密着していた。
 小さいが張りのある膨らみや、固く尖った乳頭で、醜怪な陽根が愛撫されている。

 どくん、と脈打って、陽根の太さがイスティナの頬の中で増した。
 只でさえ大きなそれが、幼げな姫君の小さな口を押し広げる。
 その一瞬後に、少女の口の中に、熱く、どろりとしたものが勢いよく噴き出された。

 立て続けに青臭い粘液がイスティナの口内に発射され、中を一杯にする。
 リザードマンの精液だ。
 咽喉を鳴らして、イスティナがその精汁を呑み込むが、桁外れに量が多い。
 忽ち、イスティナの色めいた唇から、それが零れた。

 呼吸が苦しくなって、イスティナが口を離しても射精は止まらない。
 粘ついた音を立て、リザードマンの白く濁った精が、滑らかな頬や艶やかな髪に飛び散った。
 陽物の根本を握っていたほっそりとした指にも、同じように白濁液が降りかかる。

 その手を口元まで持っていって、唇から舌を伸ばし、イスティナがこびり付いた精液を舐め取った。
 少女の肉の中心が、酷く熱い。
 はしたないほど、子宮が疼いているのが自覚できた。
 お預けを命じられている仔犬のように余裕のない呼吸を繰り返し、イスティナが黒旺の顔を凝視する。
 そろそろと、黒旺に向かって身体を傾けた。

「お情けを下さいませ、黒旺様……」

 美しく、清楚な顔立ちはそのままであるのに、頬は欲情して赤く染まり、瞳は淫魔のように快楽を求めている。
 心得たように、黒旺が尋ねた。

「どちらに欲しい?」

 問われて、イスティナは震える指で黒旺の陽物を二本とも掴み、答えた。

「両方、両方です……、下さいませ」

 怒張の持ち主である黒旺の返事を待たずに、イスティナが自分の小さな割れ目に亀頭の先端を宛がう。
 もう片方の手を後ろに回し、残りの陽根を自分の尻臀に導いた。

「二本とも欲しいのか?」
「はい……、準備は、出来ておりますから……」

 途切れ途切れに言葉を発しながらも、イスティナが腰を下ろしていく。
 みちみちと、狭い場所を無理矢理こじ開けていく感触が、イスティナの下腹部を埋めていった。
 黒旺の、反り返った陽根がイスティナの未成熟な秘裂に潜り込み、膣道を進む。

 同時に、尻臀に添えられた二本目の陽根も、後ろの穴を抉っていった。
 細まった蕾を押し広げて、赤黒い剛直が突き進む。
 ぬるぬるとした粘液が纏わり付いて、リザードマンの生殖器を締め付けていた。

 
[※ピストン差分]

イスティナの白く滑らかな腹は歪に膨らんでいて、陽物の先端が胎内の一番奥に達しているのが見て取れる。
 少女の中では、密集した肉の襞が、侵入してきた黒旺の陽物にぴったりと吸い付いていた。
 肉棒を隙間なく銜え込んで、ぎちぎちになった陰唇から、濁った愛液が溢れている。
 更には膣壁の向う側に、肉の道を埋めているのと同じものが収まっているのが分かった。

 リザードマンの二本ある男根が、玻璃のように透き徹った肢体の姫君を貫いているのである。
 呼吸のためにイスティナが口を開こうとするが、半分ほどしか開かなかった。
 吐き出す息と共に、数滴の唾液が零れる。

「動いても……、動いても宜しいでしょうか、黒旺様……」

 熱に浮かされたような口調でイスティナは懇願し、黒旺が僅かに頷く。
 喜色を浮かべて、イスティナがか細い腰をゆっくりと上下させ始めた。
 粘膜と粘膜が湿った音を立てて擦過する。

 忽ち、その音が大きくなっていく。
 腰を左右に捻り、緩急を付けるようになって、動きが貪欲になっていった。

 ごりごりと肉壁が削られている。
 膣道の襞が捲れ上がり、腸壁が激しく形を変えて抉られていた。
 それが、全て快楽になってイスティナの意識を灼く。

 何処に当たっても気持ちが良かった。
 膣の上側に陽物の先端を押し付けられるのも、入口近くをえらの張った亀頭で引っ掛けられるのも堪らなく気持ちが良い。
 後ろに突き刺さった陰茎が、直腸に容赦なく突き立てられるのも、快感だった。

 腰を上げる度に、潜り込んでいた陽物が粘液に塗れて抜かれ、はらわたが一緒に引き摺り出されそうになる。
 腰を下ろすと、肉が押し込められて、自分の胎内に侵入した異物の形がはっきりと分かった。

「黒旺様、しっぽを、しっぽを下さいませ……」

 イスティナが、聞きようによっては奇異な願いを発する。
 しかし、黒旺は慣れた仕種で自分の長くしなやかな尾を持ち上げて、イスティナの口元に差し出した。
 待ち侘びたように口を開き、姫君が鱗に覆われた先端に舌を伸ばす。
 滑った舌触りと共に、黒旺の尾がイスティナの口腔に入り込んだ。

 生殖器にしていたときと同じように、イスティナは強靱な尾を舌で愛撫し、奥の歯で噛む。
 リザードマンが幼い姫君を抱くようになってからの、これは慣習のようなものであった。

 挿入されたときに見せる、イスティナの痛みに耐える表情から、少しでもそれが紛れればと、黒旺が自分の尾を咥えさせたのが始まりである。
 今では、嫋やかな少女の身体は黒旺の陽根に完全に慣れて、イスティナが受け取るのは快楽ばかりであったが、この行為は続いていた。
 イスティナの中で、性的な愉悦とリザードマンの尾が結び付いてしまったらしい。

 偶に、イスティナが強く黒旺の尾を噛んでしまうことがあったが、大した問題ではなかった。
 しなやかで強力な鱗は、人間の少女の力でどうにか出来る代物ではなく、少々くすぐったいぐらいだからだ。
 寧ろ、イスティナと感覚を共有している心持ちがして、黒旺は悪い気はしなかった。

 自分の子宮と、直腸と、口の中が異形のもので満たされているのを、イスティナは強く意識する。
 穴という穴が、抉られて、掘られて、蹂躙されて、満たされていた。
 湧き上がるのは、狂おしいまでの悦びだ。

 口から涎を垂らしながら、イスティナが黒旺の尾をしゃぶる。
 腰を深く下ろして、子宮口に陽根の先端を押し付けた。
 後ろの穴は、もう一本の陰茎で完全に塞がれている。

 何と言う幸福だろう。
 自分の全てを、愛しい男に捧げることが出来るのだ。
 そんな恵まれた女は、大陸広しと雖も滅多にはいないだろう。

 イスティナの膣壁と腸壁が同時に黒旺の陽物を締め上げた。
 無意識に、咽喉を責める尾を強めに噛む。

 びくり、と身体の中で異形の生殖器が跳ねて、内側からイスティナを叩いた。
 亀頭が膨れ上がり、精汁が奔流となって子宮と腸の奥に注ぎ込まれる。



 がくがくと、イスティナの膝が震えて、自分を支えきれなくなった。
 前に倒れ込んで、それを黒い鱗のリザードマンが受け止める。
 黒旺の陽根は未だに精を吐き出し続け、その度にイスティナの身体に甘い痺れが走った。

 尾の先端を口から吐き出して、イスティナは陶然とした瞳で黒旺を見詰める。
 筋肉で盛り上がった黒旺の肩に両腕を回し、イスティナが熱烈な口付けをした。

「大好きです……、黒旺様」

 直截な言葉と共に、イスティナは鋼造りの彫像を思わせる黒旺の身体に抱き付く。
 玻璃の泉から生まれた、瑠璃の化身のような少女の身体を受け止めて、黒旺はその耳元に囁いた。

「オレもさ、我が姫よ」

 世界の秘密を明かす、守護の竜のような口調で呟いたのである。
 夜は続く。
 そして、魁偉なリザードマンと優美な少女の睦み合いも、夜の間続いたのであった。

 タブロタに七百余のリザードマンが侵寇したこの年、黒旺の勢力圏は大きく拡充し、北方山岳域を中心とする経済圏は飛躍的に発展した。
 それを支えたのは、黒旺の勢力下で積極的に取り込まれた亜人である。
 また、傭兵を専らとする獣人や南方系のリザードマンも、黒旺領を目指し始めていた。
 大きく、消しがたいうねりが生じている。

 亜人が店を開き、人間が買い付け、リザードマンが雇われ、獣人が大通りを歩くような国。
 己の器量で、何をやっても許される国。
 才覚一つあれば、何者にも成れる国。

 嘗て、黒鱗のリザードマンが異形の蠱術師に語った夢幻の如き国が、徐々に形を成しつつあった。
 堅固な山城の寝所において、天女のような姫を抱くリザードマンの胸にある国を、東夷の民が知る日は、近い。


                                                 了


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-モドル-